第九話 彩芽くん、楓ちゃんを褒めていちゃつく
ある日、帰宅した僕はかえちゃんをリビングに呼び出した。夏仕様のかえちゃんの私服は、うさぎ柄の可愛らしいシャツとミニスカート、そして相変わらずの長すぎるルーズソックスだった。もう七月も十日を過ぎているので、気温も湿度も高く見ているだけで暑そうだ。
「それ、暑くないの?」
「元々足が冷えますから。それにあやくんだって基本的にいつも長ズボンですし、木彫りのときはサロペット姿ですよね?」
かえちゃんに指摘されて、そういえばそうだったと気付く。僕の好みもあって、持っているボトムスで丈が短いのは体操服の短パンくらいしかなかったりする。だって足を出すと男女関係なくジロジロ見てくるから。うぅ、思い出したら何だか恥ずかしくなってきた。
「わかった。お互いこのことには触れないようにしよう。でも暑いのは暑いから夏場どうしよう?」
「そこはエアコン使っていいですよ。今のところは扇風機で足りると思いますけど。必要なら出しますよ?」
「僕が出すから。どこにあるの?」
「ここの押し入れです」
押し入れに収納された扇風機を取り出し、埃や汚れを拭き取ってから組み立て、不具合が起きていないか確認も兼ねて動かしてみた。羽根が回り、弱い風が巻き起こる。うん、どうやら問題なさそうだね。
「これでちょっとは涼しくなるね」
「そうですね。ところで、お呼び出しはどういったご用件でしょうか?」
「ああ、そういえばそうだった。すっかり忘れてたけど、期末テストの件で話があったんだ」
「期末テストですか?」
今回の結果だけど、みんなそれなりに点数が伸びていて、誰も補習になった人はいなかった。特にかえちゃんの点数がかなり向上していたので、褒めてあげるつもりで呼んだのだ。蛇足だけど、今回も僕は紫宮さんと同点だった。別に勝負してるわけでもないから、どうでもいいんだけどね。そんなことよりもさっさとかえちゃんに総評を伝えようか。
「試験勉強も本番もよく頑張ったね。ちゃんと結果にも表れてるから問題ない。どの教科もよくなってるけど特に苦手科目の伸びがいいね。これからも気を抜かず頑張ろうか」
「はい」
「とりあえず、頑張ったご褒美をあげるよ。何か欲しいものはあるかな?」
「でしたらその、撫でていただきたいです」
「かえちゃん、もっと遠慮せず欲張っていいんだよ?」
個人的にはプレゼントのつもりで言ったのだけど、撫でるというご褒美のうちに入らない行為を所望された。
「欲張ってますよ? わたしの気が済むまであやくんはずっとなでなでしないといけませんから」
「まあ、かえちゃんが望むならいつまででも撫でるけど、今回は僕のやり方でさせてもらうよ?」
「えっと、わかりました」
言質を取ったので、早速かえちゃんを撫でることにした。まず、かえちゃんをすぐ傍まで呼んで、目を閉じるように促す。次に僕の膝の上にかえちゃんを乗せる。そして目を開けるように伝えて撫で始めた。当然かえちゃんの顔は赤くなっていた。
「はぅぅ、普通に撫でてください......恥ずかしいです///」
「いいじゃない。家の中だから誰も見てないわけだし」
「ですけど、こんなに密着して撫でられると、どきどきしすぎちゃいます///」
「まだまだ序の口だよ。本当なら抱きしめてから撫でたいくらいだから」
「抱きっ!?」
ただでさえ赤いかえちゃんの顔が、さらに赤くなり湯気まで出始めた。さすがにそういうのはまだちょっと早かったかな?
「刺激が強すぎるみたいだから、このまま撫でるね」
「はい......」
膝に乗せたかえちゃんの体を、片手で支えながらもう片方の手で頭を撫でた。夏場になってもベタ付かずサラサラの髪は、触れるだけで僕も心地よくなってくる。
「はぅぅ///」
「気持ちよさそうだね。もっと撫でてあげるよ」
いたわるように、優しく髪を撫でる。後ろから僅かに見えるかえちゃんの表情は、とても幸せそうに緩んでいた。抱きしめたい衝動に駆られるも、実行すると確実に気絶すると思われるので我慢だ。
(でももっと触れて、かえちゃんのいろんな反応を見たいんだよね。どうしようかな?)
とりあえず支えている手をゆっくりと動かしてみる。するとかえちゃんは椅子の背もたれにもたれかかるように自然と僕の胸の中に納まった。
「はぅぅ!! あ、あやくんの体温が背中に!?」
「抱きしめてはないからね? それにこのくらい、靴下履かせるときにいつもなってるんだから」
「そうですけど! 靴下のときはそっちに意識が行ってますから!」
「じゃあ、今回もそうしてあげる」
一旦撫でるのを止め、かえちゃんを膝に乗せたまま靴下の形を整えてあげた。ルーズソックスって、履かせたり整えたりするのに脱がす動作と履かせる動作の両方するから、ちょっと楽しいんだよね。
「はぅぅぅぅ!!」
「暴れないの。乱れたらその分直すのに時間かかるからね」
「ですけど......ひゃっ、はぅぅ!」
靴下を弛ませているだけなのに、その度に小さく反応するかえちゃん。その声も可愛くて、聞いてるこっちもどきどきしてくる。
「ほら、終わったよ」
「あ、ありがとう、ございます......」
終わったと同時に力が抜けたかえちゃんは、僕に完全に身を預けた。僕もぼーっとしていたため、うっかり無意識でかえちゃんを抱きしめた。抱きしめてしまった。
「はぅぅぅぅぅ!!」
今日一番の鳴き声を上げて、かえちゃんは気絶した。その後なでなでが中途半端で終わったことに不満を持ったかえちゃんをなだめるため、三十分間ずっと膝の上に乗せて撫で続けることになったのだった。重さは特に気にならなかったけど、それよりもかえちゃんを抱きしめたい衝動を抑えるのが辛かった。
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