第六話 彩芽くん、指輪を着けてデートする
期末テストの日程と範囲が決まった。今回赤点を取ったら補習なのはもちろん、前回との点数の合計が百点未満だった教科も補習になるため、下手に気を抜けない。そのためテスト勉強を本格的に始める前に、かえちゃんとデートすることに決めた。デート当日、朝食の席で夏用の半袖ケープとニーソックスに身を包んだかえちゃんに目的地を尋ねられた。
「今日の行き先はどちらですか?」
「画材店と靴下店だね。かえちゃん、アヤメとカエデ、あと写真立てを荷物に入れてくれない?」
「わかりました」
前回訪問した際忙しそうにしていたため、笹野さんに木彫りを見せに行くのに二の足を踏んでいたのだけど、あまり先延ばしには出来ないと思い今回訪問を決めた。ついでに例の靴下店がリニューアルオープンしたので、そちらにも顔を出すつもりだ。両親からの言伝も預かってるし。
「やること考えるとデートっぽくないね」
「あやくんと一緒ならどこでもデートですよ。指輪、していっていいですか?」
「もちろんだよ。あっ、でも手を繋ぐと外から見えなくなっちゃうね」
「でしたら、わたしの左手とあやくんの右手で、恋人繋ぎしましょう。わたしとしてはあやくんの指輪を見せたいですから」
いつもは僕が右側に立って左手を繋いでいるので、逆になる形だ。試しに出る前にちょっとやってみたら落ち着かなかった。だけど次第に慣れてくると思う。そうして、婚約者になって初めてのデートが始まった。
「ねえかえちゃん、ご近所さんにはカップルだってわからないように歩こうか」
「どうしてですか?」
「僕が男装した女子ってネタ、まだ信じられてるっぽいんだ。男ってバレてあることないこと流されたら面倒だからね」
「考えすぎではないでしょうか?」
「だといいけど、一応警戒はしておこう」
念のため最初の信号までは隣り合って歩き、それを越えたところで手を繋いだ。考えすぎと言っていたかえちゃんも、何だかんだでノリノリで隠していた。
「堂々と関係を明かすのもいいですけど、こうやって秘密にするのもわくわくしますね」
「そうだね」
以前はかえちゃんと歩いていてさえナンパしてくる相手がいたけど、今回は画材店の前まで誰一人声をかけて来なかった。これも指輪効果だろうかと、やくたいもないことを考えつつカウンターにいる笹野さんに挨拶した。
「こんにちは。作品を見せに来ました」
「こんにちは」
「今日はそこまで忙しくないから大丈夫だよ。それと頼まれてた丸刀二種と三角刀、装飾まで出来てるから渡しとくね」
「えっ!?」
頼んだ覚えもない彫刻刀を渡され、僕は困惑した。かえちゃんに目線で尋ねるも首をかしげていた。
「頼んだ覚えないですよ?」
「あれっ!? 一咲さんと紅葉さんに頼まれてその場で代金も支払われたんだけど」
「一咲さん達が?」
「......前にお母さんにプレゼントの件を話したことありましたけど、それで思い付いたのでしょうか?」
紅葉さん、サプライズならせめて娘には話しておきましょうよ。まあプレゼント自体は嬉しいし欲しかったから、素直に貰っておくけど。
「まあ、出所がハッキリしてるなら受け取ろうか。あとでお礼言わないとね」
「そうですね。あっ、これらがあやくんの作品です」
「どれどれ......ふーん、なるほど」
まずアヤメを手に取り、まじまじと見つめる笹野さん。何だか照れ臭いし緊張する。そしてばっさりと酷評した。
「うん。前に見せられたうさぎと比べてもすごく雑だね。問題点を挙げればキリがないくらいだ。だけど、それでもこっちの方が私は好きだね。痛みや苦しみ、そしてその奥にある希望、そういった強い感情が伝わってくる」
「雑と言った割には意外と高評価ですね」
「小手先の技術なんてあとから付いてくるものだよ。それよりも大事なのは、自らの作品にどれだけの情念を込められるかだと私は思うんだ。画材店の人間が偉そうに言うことじゃないけどさ」
「そうですか。確かにそういった意味ではコイツ以上の作品はないですね。ですが、もう一つだけ強い想いを込めた作品があります」
今度はカエデを見せたのだけど、アヤメを見せたときと違い赤面したり苦虫をかみつぶしたような表情になったりと、何だか落ち着かない様子だった。
「こっちのうさぎは丁寧に作ってるし、込められた感情もしっかりわかるね。もうわかりやす過ぎて、若い頃の甘酸っぱい想い出まで蘇ってきそうだよ」
「あの、どういう感情をあやくんはカエデちゃんに込めたんでしょうか?」
「彩芽さん、言っていい?」
「......いいですよ。僕の口から言うよりは恥ずかしくないですから」
葛藤したものの結局許可した。好きだと告白して、婚約者になったとしても言えないことはあるのだ。
「あのね楓ちゃん、彩芽さんが込めたのは、楓ちゃんに対する、見返りを求めない無償の愛だよ」
「......はぅぅ」
僕がカエデに込めた、かえちゃんへの想い。それを笹野さんは正確に読み取り言葉にし、それを聞いたかえちゃんはオーバーヒートして、僕に寄りかかるようにして気絶したのだった。
「私に責任はないからね!?」
「わかってますって。とりあえず、気が付くまで椅子に座らせますよ?」
「いいけど、その間薬指にしてる指輪のこと聞かせてよ」
笹野さんから質問攻めにあっている途中、かえちゃんが起きたため逃げるように画材店から立ち去った。笹野さんは尊敬できる人だと思うけど、こういうところはちょっと苦手かもしれない。
「なんかどっと疲れたよ」
「あの、あっちのお店でもそうなるかと」
「そうだよねやっぱり。でも行かないといけないんだよね」
靴下店を訪れると、店長である蓮沼さんはもちろんのこと、店員さん達にも散々指輪のことをいじられた。皆さん彼氏か伴侶のいる人達だったから、嫉妬されなかったのが救いだった。
「なるほど。つまり将来メイプルシロップが出来るのね。楓ちゃんが佐藤楓になるから」
「はぅぅ///」
「......まだ気が早いですよ。あ、蓮沼さん、うちの両親というか母親からの言伝です『暇が出来たら遊びに行くから、彩芽から連絡先聞いてちょうだい』だそうです」
「本当!? 彩芽ちゃん、教えてくれる?」
「もちろんですよ」
蓮沼さんに両親の番号を教え、かえちゃんに靴下を買ってあげて店を出た。昼食のあと、かえちゃんが一緒に行きたい場所があるというので、ついていくことにした。
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