第八話 彩芽君、楓ちゃんにプレゼントとお仕置きをする
洗濯物を干し終わって、何故か靴下を履き替えた桜井さんを、自室へとエスコートする。
「桜井さん、ご期待に添えるかわからないけど、これが僕の作った木彫りの動物達だよ」
机の上に所狭しと並べられているのは、兎に亀に鼠、ライオンやカバ、さらにはパンダにマレーバクまで数十種の動物達だ。
特に兎は、最初に作ったアヤメの出来に不満があったため、意地になって作り続けた結果複数存在している。
「わぁ、木彫りの動物さん達です......まるで動物園みたいで可愛いですね!」
桜井さんはこれらをかなり気に入ったみたいで、一つ一つ手にとって楽しそうに眺めていた。
これだけ喜んで貰えると、僕もすごく嬉しい。
「あげるって約束もしてたけど、どの動物がいい?」
「でしたら、この兎さんをお願いします」
そう言って桜井さんは、迷わずアヤメを手に取り、慈しむように胸に抱いた。
えっ............どうして? 他にかわいい動物は居たよね?
兎が好きなら、それこそアヤメより出来がいいのしかいない。
わざわざアヤメを選ぶ理由が気になったので聞いてみた。
「何と言いますか、賑やかだけどこの子だけ寂しそうで、放っておくことが出来なかったんです。大丈夫、一人じゃないですよって抱きしめて教えてあげたいって思いまして」
答えた桜井さんの背後に、後光が差していた。
彼女の寂しそうという感想が、僕自身のことを指摘しているように思えた。
いや、アヤメはもう一人の僕みたいなものだから、実際に僕は寂しかったんだろう。
その感情を、ほとんど初対面の桜井さんに分かられたことが嬉しくて、でもちょっと悔しかった。
「いいけど、どうせ手に取るならそいつみたいに不格好な兎じゃ無くてもいいじゃない」
だから、僕の分身を貶すようなことを言った。
アヤメは僕の寂しさが形になったものだと、桜井さんに気付かされた。
なら、アヤメは軽々しくあげられない。
大切にしてくれないと、また傷付いてしまうから――。
「ええ~、可愛いですよ?」
「そんなにそいつ気に入った?」
「はい!」
でも桜井さんは意思を曲げること無く、アヤメに頬ずりまでし始めた。
ちょっ、気に入ったのはわかるけど、さすがに恥ずかしいから!
顔が赤くなるのを自覚しつつ、アヤメの処遇を考える。
といってももう決まったも同然だけど。
(参ったな。これでアヤメをあげなかったら僕が悪者になるじゃないか。まあ、癖を直すにはちょうどいいか)
アヤメに話しかけるのをやめるきっかけになると思い、手放すことを決意した。
「じゃあ、そいつのこと大切にして欲しい。名前はアヤメだから」
「はい。アヤメくん。よろしくお願いしますね」
そう返事をした桜井さんの、前髪のカーテンから覗く瞳はキラキラと輝いていた。
「アヤメは僕が不登校だったときに、すべてを込めて作った奴だから。大切にしてくれると嬉しいな」
「あ......佐藤さんの手作り、それも辛かった時に作られたアヤメくんに、ひどい扱いは絶対にしません! 毎日綺麗にします! わたしなんかよりもよっぽど大切です!」
桜井さん、すごく大切にしてくれそうなのはわかるよ。
でもね、わたしなんかとか言うんじゃありません。
「こら、自分をけなしたら駄目だよ」
「はい......」
ちょっと怒ると、途端にしゅんとなる桜井さん。
身体全体で感情を表すから、わかりやすくて可愛いんだよね。
落ち込んでいるところを見続けたくないので、フォローも忘れない。
「でも、アヤメをそこまで大切に思ってくれるのは嬉しいから、怒るのと褒めるの、どっちにするか悩んでる」
「あの、でしたら両方お願いします」
両方って......それなら怒るよりも、嫌がるようなお仕置きにしようかな。
褒めるのもご褒美にしてあげてから。
「桜井さん、お仕置きとご褒美にするから。ご褒美は内容を考えておいてね。今からお仕置きするからね」
「はぅぅ、わかりました......」
目を閉じて、じっと何かに耐えている桜井さん。
いや、お仕置きって別にビンタとかじゃないよ?
(どうしようかな? 傷付けたくはないけど、されたくないって思うようなもの、何かあったかな?)
頭を悩ませ色々考えた結果、ほっぺたを触り続けるというお仕置きに決めた。
うん、我ながらおかしいって思うけど、頭に浮かんでしまったのだから仕方ない。
「ほっぺたぷにぷにの刑だよ。これから桜井さんのほっぺたをぷにぷにと触り続けるからね」
「あの......それどちらかというと......」
「嫌でも受け入れて。自分を卑下する桜井さんが問題だからね」
多少強引だけど仕方ない。
心優しい桜井さんが自分を貶すのが、どうしても許せないので心を鬼にする。
この強い衝動の理由もわからないまま、僕は桜井さんを椅子に座らせ、真正面に立ちその小さな顔に優しく両手を添えた。
すっごく柔らかくてすべすべしている。
出来れば優しく撫でてあげたいけど、お仕置きなので我慢だ。
「あや......佐藤さんの手が///」
「触らないとほっぺたをぷにぷに出来ないから受け入れて。前髪はそのままにしてるんだから、我慢して。ただし、嫌だったら手をあげて。別のお仕置きに変えるから」
「はぅぅ///」
こうやって男が触り続けるだけでも、セクハラという名のお仕置きになると思う。
とりあえず手が上がらなかったので、ほっぺたぷにぷにの刑を執行する。
「ほら、ぷにぷに~♪」
「ひゃっ、ひゃぅぅ///」
桜井さんの頬を指でつついたり、摘まんだり、揉んだりする。
変な顔にしたい欲求もあるが、それをすると僕が笑ってしまいお仕置きにならないので断念。
されている桜井さんの顔がちょっと緩んでいるのが気になるけど、そのまま続行。
「嫌だったら今後わたしなんかとか言わないこと、わかった?」
「ひゃぃぃ///」
なんか、どんどん桜井さんの顔が幸せそうになってるような......気のせいだよね?
「もし言ったらまたほっぺたぷにぷにの刑だからね」
「ひゃぅぅ///」
「わかったら返事してね」
「ひゃぃぃぃ///」
桜井さんの柔らかいほっぺたの感触を堪能し、気付いたら三分ほどぷにぷにしていたので解放してあげた。
「はぅぅ......あやくんにずっと見つめられながらほっぺた触られちゃいました///」
桜井さんは何だかすごく緩んだ顔をしながらぼんやりしていた。
「桜井さん?」
「はぅぅ! 何でしょうか!?」
「大丈夫そうだね。お仕置きはこれで終わりだから」
「はぅ、そうですか」
あれっ、何か物足りなさそうに見えるよ?
もしかして、もっとされたかった?
まさかね。男に頬を弄ばれて喜ぶ女の子なんて、居るわけないよね。
「さてと、じゃあご褒美は何がいいかな?」
「何でもいいんですよね?」
「うん。もちろん」
「でしたら......わたしのお部屋に来てくださいませんか?」
そう告げた桜井さんは、とても真剣な顔をしていた。
お読みいただきありがとうございます。
こぼれ話
彩芽が大量に兎を作ったのは、アヤメの出来に不満があった以外に、無意識下で兎好きな楓のことを考えていたからだったりします。




