第百話 彩芽くん、楓ちゃんと婚約する
宣言通り、もう一話投稿です。
そして土曜日、帰宅した僕は制服のまま、自室の机の引き出しから指輪ケースを取り出し、左ポケットに自分の分、右ポケットにかえちゃんの分を入れダイニングに向かった。そこには下校したままの格好のかえちゃんと、スーツ姿の一咲さん、そして着物姿の紅葉さんが待っていた。
「遅かったじゃないか。じゃあ出かけようか」
「えっ、ここじゃないんですか?」
「それでもいいけど、雰囲気出ないだろう?」
「あの~、お二人とも~、楓ちゃんだけ準備出来てないのですけど~」
「そもそも、何をするのかわからないんですけど」
「じゃあ準備させてから来てよ。彩芽君、先に車に乗ろう。助手席に座ってくれ」
ポカンとしているかえちゃんに、紅葉さんが何か告げているのを眺めつつ、僕は車の助手席に乗り込んだ。少し経ち、後ろにかえちゃんと紅葉さんが乗り、車が出発した。かえちゃんの格好は制服のまま変わっていない。
「紅葉さん、かえちゃんの準備って何したんですか?」
「それは~、着いてからするんですよ~。楓ちゃんにとって~、今日は特別ですから~」
「はぅぅ///」
ニコニコしている紅葉さんと照れるかえちゃん。そのうちわかることなら今はいいか。目的地に到着し、車から降りると僕とかえちゃんは開いた口が塞がらなかった。何故ならここは、いわゆる料亭だったからだ。
「驚いて貰えてなによりだよ。じゃあ紅葉さん、楓ちゃんを頼むね」
「楓ちゃん~、行きますよ~」
「えっ、はぅぅ~!」
紅葉さんに連れられ、料亭へ入っていくかえちゃん。あの、一咲さん。これ婚約じゃなくてお見合いですることじゃないですか?
「細かいことはいいんだよ。それに君一人で入らせるのも忍びなかったからね。本当なら樹さん達も呼んでやりたかったけど、予定が合わなかったからね。あと、指輪がないのも残念だね」
「持ってますよ? そこまで高いものではないですし、かえちゃんの分は目測と手の感触でサイズを指定しましたが」
「いつの間に」
「昨日の外出の理由です。では行きましょう」
すでにグダグダになりつつあるけど、ある意味僕達らしいと考え、一咲さんと共に料亭の敷居をくぐり、一室に案内される。そこにはかえちゃんと紅葉さんが、正座で向き合っていた。
「お待ちしていました~、楓ちゃんも準備出来ましたよ~」
「準備って、何か変わった?」
「靴下ですよ~。ね~♪」
「はぅぅ///」
確かにかえちゃんの靴下がハイソックスから、ルーズソックスに変わっていたけど、それだけでよかったの?
「一番長いものですよ~。可愛いですよね~。さあ~、彩芽君は楓ちゃんの隣に座ってください~」
「さて、」
僕はかえちゃんの隣に座り、一咲さんと紅葉さんに向かい合った。
「あのときは電話でお伝えしましたが、今回このような場を設けていただいたため、改めてお願い申し上げます。一咲さん、紅葉さん、かえちゃん――いえ、楓さんを僕にください!」
頭を下げ頼み込むと、二人の間から忍び笑いが漏れていた。まあどう考えても茶番だし仕方ないか。
「もちろんですよ~、そうですよね~、一咲さん~?」
「ああ。いや、実は君達二人が生まれる前から樹さん達と約束しててね。子供同士を結婚させようって」
「「えっ、えぇぇぇぇぇっ!!」」
「こら、静かにしないと迷惑だよ?」
場所をわきまえず大きな声で驚いた僕達を、一咲さんが注意する。いや、えっ、それってつまり、僕とかえちゃんは――。
「許嫁ってやつだよ。もちろん、当人の意思を第一としてたから、本来なら破棄する予定だったけど」
「子供の頃から~、両想いでしたから~、そのまま有効活用しました~」
「君達は知らないけど、付き合った時点で自動的に婚約が結ばれることになってたんだよ」
驚愕の真実が暴露され、かえちゃんはショックで固まっていた。どうりで電話で婚約が認められたわけだよ。こうなることが既定路線だったのだから。
「あの、何でまたそんなことに?」
「親のエゴというやつだね。あとは子供の頃の君達の恋愛を見て、あまりに奥手すぎて関係性から先に固めないと進展しないだろうなって思ってさ」
「うぅ!!」
図星を突かれてうめき声を上げる。確かに付き合って一ヶ月、ずっと傍にいて唇どころか頬へのキスも出来てないため、全く反論出来なかった。
「さて、そろそろ料理をいただこうか。もう一つ、イベントもあることだしさ」
「イベントですか~? 一咲さん~、私聞いてませんよ~?」
「急に決めたからね。あとのお楽しみだよ。そうだよね、彩芽君?」
「......そうですね」
一咲さんにハードルを上げられながらの食事となった。もちろん、味なんて全くわからなかった。
「さて、当初の予定になかったイベントだよ。彩芽君、楓ちゃんに渡すものがあるんだよね?」
「はぅぅ?」
「ええまあ、ですがここからは口出しせず、見守っていてください。かえちゃん、体ごと僕の方を向いてくれないかな?」
「こう、ですか?」
正座のまま僕へと向き直るかえちゃん。その左手を取り、手の甲へと口づけした。
「はぅぅ///」
「順序もめちゃくちゃだけど、かえちゃん、高校を卒業したら僕と結婚してください。これは、その証だよ」
左手の薬指に、ポケットから取り出した指輪を通した。うん、サイズピッタリだ。
「えっ!? あの、これって!?」
「一応、婚約指輪のつもりで、お揃いで買ったんだ」
動揺するかえちゃんに、僕の左手薬指にはめた指輪を見せてあげる。すると今度は感極まったのか、大きな瞳から涙がこぼれ落ちた。
「あやくん、わたし、わたし――!!」
「かえちゃん、誓いのキス、しよっか? 唇がまだ恥ずかしいなら頬でいいから」
「――はい! あの、わたしからします」
ゆっくりと、かえちゃんの小さくて柔らかい唇が、僕の右頬にそっと触れる。酔ってされたときと同じ、一瞬だけの短いキスだった。
「ありがとう。お返しにしてあげるよ。んっ」
「はぅぅ///」
照れて真っ赤になるかえちゃんが可愛かったので、何度も頬にキスしたら、座ったまま気絶してしまった。
「あらあら~」
「我が娘ながら、先が思いやられるね」
「まあ、こういうところが可愛いんですけどね。そろそろ帰りましょう。紅葉さん、かえちゃんの靴を回収しておいてください。多分しばらく起きないでしょうから」
僕はかえちゃんをお姫様抱っこして、そのまま車まで連れ帰った。かえちゃんが目覚めたのは家に帰ってからで、僕の腕の中で申し訳なさそうに小さくなっていた。
「はぅぅ、すみません......」
「いいって。部屋まで送るから着替えてしまおうか」
「そうですね。ありがとうございます、旦那様♪」
ファーストキスもまだの僕達ではあるけれど、この日から恋人から婚約者へと関係性がステップアップした。
正式な婚姻前には、せめてファーストキスは済ませるように双方の両親から釘を刺されたけど。
お読みいただき、ありがとうございます。
これで恋人編が完結です。もちろんまだ続くと言いますか、二人ともヘタレすぎて続いてしまったと言うべきか。まあ個人的にも書きたいネタは残っているので、出来ればお付き合いいただけたらと思います。
今回も前回の幼馴染編の終了時と同じで、続きをほとんど書けていないので、しばらく時間をいただきたいと思いますのでご了承ください。