第九十九話 彩芽くん、指輪を持ち帰る
この話は難産でした。
かえちゃんがチョコレート菓子で酔ってしまった翌日、例の指輪が完成したという連絡が来た。すぐに出ようと思ったが、一咲さんと紅葉さんが出かけていることを思い出したので、かえちゃんに一声かけておく。
「ちょっと出かけてくるよ。なるべく早く戻るから、留守番よろしくね」
「はい。いってらっしゃいです」
家から自転車を十分ほど走らせ、アーケード街近くの駐輪場に停めたあと、アクセサリー店に入店した。対応してくれた店員は前回と同じ人だった。
「あの、ペアリングを注文した佐藤です。完成したと連絡を受けたのですが」
「はい。こちらで間違いないか、ご確認お願い致します」
受け取った二つの小箱の中に収められた指輪を確かめる。無地のシルバーペアリングで間違いなく、内側に僕とかえちゃんのイニシャルが刻まれている。サイズも指定通り僕とかえちゃんの左手の薬指にちょうど合う。
「大丈夫ですよ。ありがとうございました」
「こちらこそ、ご購入ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
落とさないように指輪ケースを荷物の中に入れ帰宅する。庭に自転車を止めたところで、車庫から出て来た一咲さん達とバッタリ会った。向こうもちょうど帰宅したようだった。
「どこに行ってきたんだい?」
「ちょっと頼んだものが出来たので、取りに行ってただけです。あ、紅葉さん自転車借りました」
「いえいえ~、ちなみに何を取りに行ってたんですか~?」
可愛らしい笑顔で聞いてくる紅葉さんに、隙のない営業スマイルを向け僕は短くこう答えた。
「秘密です♪」
「残念です~」
「僕にもかい?」
「ええ。ついでにかえちゃんにも秘密です。ところでお二人はどちらに行っていたので?」
「秘密です~♪」
「秘密だよ♪」
僕が先にはぐらかしたからか、答えてくれなかった。ただ、二人とも楽しそうな表情をしていたので、悪いことではないだろう。
「まあそれはともかく、早く家に入ろうか。楓ちゃんが首を長くして待ってるよ」
「彩芽君が~、最初に入ってくださいね~」
「わかりました」
紅葉さんに促され玄関の扉を開けると、今日もかえちゃんが出迎えてくれていた。
「あの、お帰りなさい」
「ただいま」
慣れた手つきで頭を撫で、寂しい想いをさせたことと隠し事をしているお詫びも兼ね、おでこに優しくただいまのキスをした。
「はぅぅ///」
「ごめんね」
「あらあら~」
「額へのキスや頭を撫でるなどは慣れているみたいだね。それも、僕達が後ろにいるにも関わらず」
「楓ちゃん~、幸せそうです~」
そういえば居たんだった。というか明らかにかえちゃんとのラブラブを見たいから先に行かせましたよね?
「は、はぅぅぅ!!」
「かえちゃん落ち着いて!」
「なるほど、これなら......うん、ありかもね」
一咲さんと紅葉さんの存在に気付いて、激しく動揺するかえちゃんを僕はなだめるのに忙しくて、一咲さんの意味ありげに呟いた言葉を聞き取ることが出来なかった。
部屋に戻った僕は、指輪をしまう前に一度左手の薬指にはめてみた。飾り気がなくても銀の輝きは確かな存在感を示している。
(試しにしてみたけど意外と目立つねこれ。誰かに見られる前に外そう)
そう思い、外そうとしたところで部屋のドアをノックされた。
『楓です。入っていいでしょうか?』
「ごめんちょっとだけ待って!」
急いで指輪を抜き、ケースに入れ机の引き出しにしまい込んでかえちゃんを部屋に招き入れた。ふぅ、危なかった。
「あやくん、何かありました?」
「何でもないよ。それより、何か用かな? 別に何もなくても歓迎するけど」
「あの、いつものお勉強会、今日はどこでしましょうか? リビングはお父さん達がいますし、ダイニングはご飯の準備で使えませんし」
「だったら悪いけど、今日はかえちゃんの部屋でしようか」
このまま僕の部屋でやるとボロが出そうなので。かえちゃんは特に反論することなく、部屋に戻っていった。僕は勉強道具をまとめつつ、指輪の所在を再確認し、引き出しをしっかり閉めて勉強会に臨んだのだった。
「はぅぅ、終わりました~」
「お疲れ様。そろそろご飯の時間だから終わろうか。かえちゃん頑張ったね」
教える側の僕が気もそぞろになっていた勉強会を終え食卓に着くと、おもむろに一咲さんが切り出してきた。
「君達の生活を観察して感じたよ。子供っぽいところはあるけど、恋人同士としてしっかり振る舞っていると」
「キスしてなくても~、お互いを想い合い尊重しているのが~、すごくわかりました~」
「だから、明日学校から帰ったら、二人の時間を僕達にくれないかい?」
「えっと、いいですよ。元々明日はお父さん達と過ごすつもりでしたから」
「彩芽君はどうなんだい?」
沈黙している僕に話が振られる。二人の発言の真意はすぐにわかったけど、だからこそ確認したいことがあり聞き返した。
「......あの、意図は理解しましたけど、普通こういうのは僕から切り出すものじゃないですか?」
「電話口とはいえ、君の真摯な願いに対し一方的に条件を付けたのは僕だからね。それが満たされたなら教えてあげるのは当然だよ。明日、改めて僕達に面と向かって言ってくれ」
「......ありがとうございます」
「あの、何のお話でしょうか?」
「僕とかえちゃんの努力が認められたって話だよ。そうですよね?」
「はい~」
「はぅぅ?」
この一連のやり取りに、かえちゃんだけがついていけず終始疑問符を浮かべていた。いいんだよ、かえちゃんはそのままで。
お読みいただき、ありがとうございます。あと一話、今日中に投稿できたらと思います。