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第九十八話 楓ちゃん、紅葉さんと洗いっこする

楓視点です。

 お父さんとお母さんが帰ってきた日、わたしはお母さんとお風呂に入りました。服を脱いでもお母さんは、一児の母と思えないほど若々しかったです。


「大丈夫ですよ~、そのうち楓ちゃんも~、お母さんみたいになりますから~。といっても~、私は貧乳の部類に入りますけど~」

「はぅぅ......お母さんが貧乳でしたら、わたしは絶壁です」

「はぅぅ、楓ちゃん~!?」


 お母さんの、多分和ませるつもりの自虐ネタに巻き込まれ、わたしは大ダメージを受けました。綺麗なのは事実なので、お母さんみたいにはなりたいですけど。


「楓ちゃん~、ごめんなさい~」

「いいです。お胸なくてもあやくんは、わたしのこと好きって言ってくださいましたし」

「よかったですね~。それでは~、一緒に入りましょう~」

「はぅぅ、靴下がまだ――」


 下着を脱いだわたしは、お母さんに手を引かれてお風呂場に入りました。ルーズソックスさんを履いたままで。はぅぅ、濡れちゃいました。


「あらあら~、楓ちゃんのお着替えの癖を~、忘れていました~」

「脱いできます......」

「ごめんなさい~」


 わたしは昔からお着替えのとき、靴下を最後に脱ぐ癖があり、直せないまま高校生になりました。ですから、林間学校でもプールでもみなさんに指摘されました。水気を切った靴下を洗濯カゴに入れ、お母さんのもとに戻りました。


「楓ちゃん~、洗いっこしましょう~。私から洗いますね~」

「お願いします」


 お母さんは壊れ物を扱うように、優しくわたしの体を洗っていきました。ですが、たまに加減を間違えるみたいです。


「はぅぅ!」

「ごめんなさい~、強かったですね~」

「いえ......」

「次は~、髪を洗いますね~。シャンプーハットですが~、いりますか~?」


 普通、高校生の娘に聞くことではないと思うかもしれませんが、実はわたしはあやくんの誕生日まで愛用していました。濡れた前髪が顔に貼り付いたり、前髪からシャンプー液が目に入るからです。ですが、前髪を切ったことで、わたしは少し大人になろうと決意して、お別れを決めたのです。


「はぅぅ、今はもういりません」

「そうですか~」


 お母さんに優しく髪を洗ってくださり、体中の泡も流されました。


「お母さん、ありがとうございます♪」

「はい~、では今度は楓ちゃん~、お願いしますね~」

「わかりました」


 お母さんの細くて綺麗な体を、撫でるように洗います。


「いいですよ~。次は髪をお願いします~」

「お母さんの髪、長くて綺麗です」

「楓ちゃんと~、同じですよ~」


 十代のものと変わらないほどサラサラの髪のお手入れをして、流しました。


「ありがとうございます~。あとは一緒に浸かって、お話しましょう~。彩芽君のこととか~、何か悩みがあるなら聞きますよ~」

「でしたら、お願いします」


 お母さんと並んで湯船に浸かり、深く息を吸いゆっくり吐き出してから、悩みを打ち明けます。


「お母さん、わたし......あやくんにたくさんのことをしていただいています。ですからその分お返しをしたいのですが、何をお返ししたらいいでしょうか?」

「そうですね~、それは楓ちゃんが思うことでいいと思いますよ~。彩芽君ならきっと~、いえ絶対に喜んでくれますから~」


 わたしがあやくんにしたいと思うこと――ほっぺにちゅーをしてあげたいです。ですけど、しようとしたらどきどきしてしまい、どうしても最後の一歩が踏み出せないんです。


「もし勇気が足りないのであれば~、いい考えがあります~。ちょっと耳を貸してください~」

「わかりました」


 お母さんの提案を受け入れ、一緒にお風呂から上がります。そして、あやくんをお茶に誘いました。


「別にいいよ。そのくらい。お菓子は何がいいかな?」

「お茶菓子はお母さんが用意してくれるそうです。ほら、チョコレート菓子がいくつも置かれてますよ」

「本当だ。どれにしようか?」

「わたしはこれにします」


 ダイニングテーブルの上に置かれているうちの一つ、お酒の形をしたチョコを手に取りました。


「ウイスキーボンボンってやつだね。ちょっとお酒の風味があるみたいだけど、大丈夫?」

「一つくらいなら」


 そう、お母さんの案はお酒が入ったお菓子を食べて、少し酔った状態で行動するというものでした。お母さんはかなりお酒に弱く、これをいくつか食べただけで酔ってしまうらしいです。わたしもお母さんと同じかそれ以上に弱いと判明しているので、一つだけ食べて頑張ってみることにします。


「はぅぅ~」

「かえちゃん? かえちゃんしっかり!?」


 あれっ、なんだか意識が遠く――。そうして、わたしはテーブルを枕に、眠りに就いたのです。


 ふわふわする意識の中、わたしは夢を見ました。夢の中であやくんが心配そうにわたしをのぞき込んでいます。


「かえちゃん、大丈夫?」

「大丈夫ですよ♪ それよりも抱っこしてください♪」

「かえちゃん!?」


 夢の中ですから、いつもより素直になれます。積極的なわたしにあやくんは戸惑いながらも抱きしめて、さらに頭も撫でてくださいました。触れた感触や体温がリアルで、とても夢とは思えないほどでした。


(あやくん、大好きです♪)


 あやくんのお胸に顔を埋めてすりすりします。はぅぅ、あやくんの匂いまで感じます。


「かえちゃん、本当に様子おかしいけど、まさか酔ってたりしてない?」

「何のことでしょう? それよりも、隙ありです♪」

「わっ!」


 心配してわたしを抱く力を緩め、無防備なあやくんの胸元に飛び込み、背伸びしてほっぺたにちゅーしました。一瞬でしたが、確かにわたしの唇があやくんのほっぺたに触れ、その体温と柔らかさを感じ取りました。


「えへへ、ちゅーしちゃいまし――」

「かえちゃん!!」


 夢はここで終わり、次に目を覚ましたときわたしは見た夢の内容をまったく覚えていませんでした。


(幸せな夢を見た気がするのですけど)


 どういうわけか起きてから次の日まであやくんが余所余所しかったです。それと余談ですが、わたしはお酒入りのお菓子を食べるのを、あやくんに禁止されました。


「食べたいときは、僕の許可を得ること。いいね?」

「わかりました」


 そして何故かお仕置きが実行され、両親の目の前であやくんに靴下を履き替えさせられました。はぅぅ、恥ずかしいです。

お読みいただき、ありがとうございます。可愛い母娘って、書くの難しいですね。

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