第九十七話 彩芽くん、一咲さんとわかり合う
かえちゃんとのお昼寝を満喫し、すがすがしい気分で目を覚ましたのだけど、それはすぐにかき消された。ダイニングの方から物音が聞こえたからである。
(おかしい、戸締まりもしたはずなのに......かえちゃんはまだ寝てるみたいだし、起きる前に確かめないと)
かえちゃんから手を離し、眠気でだるい体を起こす。そして音の聞こえた方向へ忍び足で移動する。物音の正体は調理器具の音で、誰かが料理しているとわかり僕は混乱した。
(えっ、何で料理!?)
てっきり泥棒の類かと思い警戒していたが、どうやら違うようだった。しかし、だとすると目的がわからない。とにかく、侵入者はまだいることは確かだ。意を決して、僕はダイニングの扉を開いた。
「えっ、えぇぇぇっ!?」
その先に広がる光景は予想外のもので、僕は驚きの叫びを上げた。扉の先には料理をしている紅葉さんと、携帯でニュースを見ている一咲さんがいたからだ。二人とも僕の姿を確認するなり、優しい笑みを浮かべ挨拶してきた。
「あら~、彩芽君おはようございます~」
「おはよう彩芽君」
「な、な、なんでお二人がここにいるんですか~!?」
「まあ深呼吸でもして落ち着きなよ。ちゃんと話すからさ」
何とか心を落ち着けてから話を聞いてみると、ようやくまとまった休みが取れたので、僕達の様子を確認するつもりで一度こっちに戻って来たとのことだった。
「理由はわかりましたが、連絡がなかったのはどうしてですか?」
「最初はするつもりだったんだけど、今日は平日だから下手に君達に電話出来なくてね。そのままつい忘れててた。でもちょっと前に電話したんだよ?」
「あっ、確かに履歴ありますね。寝ていて気付きませんでした」
「仲良く寝ていましたね~。可愛かったですよ~」
「~~~~!!」
大切な人の両親に寝顔を見られていたという事実に、僕は恥ずかしさのあまり悶えていると、一咲さんが含みのある笑みを浮かべ、こんなことを聞いてきた。
「彩芽君、もしかして楓ちゃんとお楽しみだったりしたのかい?」
「違います! なんてこと聞くんですか!!」
一咲さんの年頃の娘がいる親としてちょっとどうかと思う質問を、僕は声を荒らげて否定した。
「照れずに否定したってことは、本当に手出ししてないんだね。真面目というかヘタレというか。まあその話はあとでいいか。それより楓ちゃんを起こしてきなよ」
「わかりました。ちょっと待っててください」
リビングではかえちゃんがすやすやと眠っていた。割と大声で会話していたのに気付かないあたり、あの二人の子供だなと思いつつ、かえちゃんの肩を揺らして起こした。
「はぅぅ、もう朝ですか? ご飯作りませんと......」
「うん。今は夕方だし作らなくていいよ。紅葉さんが用意してるから」
「お母さんが作って......お母さん!?」
寝ぼけていたかえちゃんだったけど、紅葉さんの名前を聞いて一気に意識が覚醒したようで勢いよくダイニングに駆けていった。
「お母さん!? それにお父さんも!?」
「サプライズ大成功だね」
「そうですね~。楓ちゃん~、お久しぶりです~」
「はぅぅぅぅ!?」
「あー、僕が説明してあげるから」
混乱するかえちゃんに二人から聞いた内容を説明する。もちろん寝顔を見られたことは伏せたけど。それを聞いたかえちゃんは驚きながらも納得してくれた。
「わかりました。その、よろしくお願いします」
「こちらこそ~」
「よろしく。そうそう、僕達の休みは日曜日までだからね」
「わかりました。それまでゆっくり羽根を伸ばしてください。僕に出来ることがあれば何でも言ってくださいね」
「わたしも、お父さんとお母さんのお世話します」
そうして二人が暮らすための諸々を整えた。滞在は数日なので自分達の部屋じゃなくてリビングで眠るとのことだ。ちなみに一緒に寝るので布団は一組でいいらしい。
「一咲さんと~、添い寝しますから~」
「この通り紅葉さんが離れてくれないからね」
「はぅぅ、お母さん可愛いです///」
個人的には紅葉さんの笑顔にみとれてるかえちゃんが一番可愛いと思う。それと、さっきからぐつぐつと煮立つ音が聞こえてきてるけど、紅葉さんわかってるのかな?
「ところでなんですが、変な音が聞こえて来るのですけど、もしかして鍋が吹きこぼれてませんか?」
「「えっ、は、はぅぅぅぅ~!!」」
指摘すると母娘は急いでキッチンへと向かっていった。いや、なんでかえちゃんまで?
「それにしても、紅葉さんがのんびり口調以外でしゃべるの、初めて聞いたかも」
「実は紅葉さんも焦るとああいう鳴き声出すんだよ」
独り言を呟いたつもりが口に出ていたようで、一咲さんから答えが返ってきた。だけど紅葉さんがあの口調を崩したところ、全く記憶にないんだけど。
「そうなんですか? その割には聞いたことないですが」
「すごくのんびり屋だから、格好いいとこ見せようとして失敗したときくらいしか焦らないんだ。しかもそのときは涙目にもなってさ、その顔が可愛くて僕は一気に恋に落ちたんだ。もちろんいつも可愛いんだけどね」
「わかります。かえちゃんの泣き顔、抱きしめたくなるくらい可愛いですから」
「君ならわかってくれると思ってたよ!」
一咲さんと互いのパートナーの好きなところを熱く語っているうちに晩ご飯の時間を迎え、紅葉さんの手料理に舌鼓を打ったのだった。
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