第九十六話 彩芽くん、自転車で出かける
とりあえず書き出しの話は出来ましたので、投稿します。
ある日の放課後、僕は一人で画材店にいた。彫刻刀を受け取りに来たのだ。店内で慌ただしく笹野さんが働いているため、落ち着くまで待っている。
(かえちゃんを連れて来なくてよかった)
当初は約束通りアヤメとカエデを見せようと考えていたのだけど、電話の向こうから聞こえてくる物音で、笹野さんが忙しくしているのがわかったため、今回は見送ったのだ。そして待つこと十分、笹野さんが一息ついたタイミングを逃さず話しかけた。
「盛況ですね」
「ごめんね。待ってもらって」
「構いませんよ。失礼ですけど、こういう忙しいときもあるんだなって思いました」
「本当に失礼だね。でも、まあ普段はここまでお客さん来ないから、今日は特別だよ。ほら、お目当ての彫刻刀だよ」
包装された彫刻刀を受け取り、中身を改めると指定通りに菖蒲の花が刻まれていた。その見事な出来映えに僕は目を奪われた。前の平刀のときは写実的だったけど、この切り出し刀にあしらわれた菖蒲は凛として美しい印象を受けた。
「気に入ってもらえてよかった。その花は君をイメージしたんだよ?」
「それは美化しすぎだと思います。僕こんな綺麗じゃないですし。ですが、この菖蒲みたいに凛々しくなるという目標を立てるのもいいかもしれませんね」
「そう。ああそれと君の作った作品だけどまた今度持ってきてよ。もちろんそのときは楓ちゃんも連れて来てよ」
「わかりました。それでは失礼します」
画材店をあとにし、僕は店先に自転車にまたがりペダルをこいだ。次の目的地はスーパーだ。せっかく外出したのだから、ついでに買い物もした方が効率がいいと考え、かえちゃんに必要なものは出るときにメモを貰ってある。
(それにしても、一人で出るときは自転車って便利だね。時短にもなるしナンパにも遭いにくいし、今度から使いたいときは借りようかな?)
この自転車は紅葉さんのもので、電話して使用許可を取った。当人は別に好きに使っていいと言っていたけれど、こういうのをなあなあで済ませるのはよくない。そう伝えると『でしたら~、今度会ったときに~、その自転車彩芽君にあげますね~』と返された。
(まあくれるならもらうけど。使われなくて錆びるよりはいいし)
ちなみにかえちゃんは自転車に乗れないらしい。使ってない時点で薄々察していたけど。スーパーに着いた僕はメモを取り出し、買うものを確認する。
「お米に野菜、あとお茶っ葉か。自転車で来てるから米はいつもより重いの買っても大丈夫だね」
あまり重いと袋が手に食い込んで痛いため、いつもは十キロのものを買っているけど、今回は二十キロ買っても問題ないだろう。指定されたものを買い揃え、自転車を走らせ帰宅すると玄関でかえちゃんが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、あやくん」
「ただいま、かえちゃん」
家に帰り洗濯物を取り込んでから、僕が戻るのを待っていてくれたのだろう。そんなかえちゃんの頭を撫でてあげた。
「あっ///」
「かえちゃん、いいこいいこ♪」
「はぅぅ~」
大体二人で出かけるので、たまに一人で外出したときこうして待ってくれるのが嬉しかったりする。逆にかえちゃんが出たときは玄関で待っているのだけど。買った食材を冷蔵庫に入れ、米を米びつに移し替えて、ひとまず落ち着いた。
「次は何をしようかな? かえちゃんは何かしたいことあるかな?」
「あの、一緒にお昼寝してくれませんか?」
「いいよ。今日は昼からプールだったから実は眠くて」
「わたしもです」
しかもプールの次の授業が英語の小テストと、寝るに寝られなかったのも眠気を後押ししている。かえちゃん共々どうにか補習は切り抜けたからよかったけど。
「じゃあ毛布と枕持ってリビングに集合だよ」
「はい」
部屋に戻った僕は押し入れから毛布と枕を引っ張り出し、一階のリビングの床に敷く。まだかえちゃんが降りてこないので、その間窓や扉を締めて、家の中に誰も入ってこられないようにしておいた。再度リビングに戻るとかえちゃんが正座して待っていて、その頭には銀のうさぎの髪飾りが輝いていた。
「うん、やっぱりかえちゃんの長い黒髪には髪飾りが似合うね。でも寝るときは外そうね」
「わかってます。壊したくないですし」
「どちらかというと、寝返りを打ってかえちゃんのお肌が傷付くのを心配してるんだけど。まあ、あとで外すならいいけど。それよりかえちゃん、先に寝てくれない?」
「はぅぅ、どうしてですか?」
「僕が先だとかえちゃんがちょっと離れた場所で寝るからだよ。どうせ寝相で抱きしめることになるなら、最初からそうした方が早いよね?」
「それは、恥ずかしすぎます!!」
真っ赤になって否定されてしまった。個人的にはかえちゃんの可愛いお顔を至近距離で見ながら寝たいし、頬ずりもしたいんだけどな。
「その、手を繋いで眠るくらいなら何とか」
「じゃあ今日のところはそれで我慢しよう。いつか抱きしめさせてね」
「はぅぅ///」
かえちゃんの手を握る。こうやって触れ合った状態で眠りに就くのは初めてで、これまでのお昼寝よりも気持ちよく眠れそうだった。
「あの、あやくんおやすみなさい」
「かえちゃん、おやすみ」
自然とお互いの方を向いて、お休みを告げて僕達は眠ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。