第九十五話 彩芽くん、プールで失敗する
かえちゃんが必死に泳いでいた頃、僕はバタフライで泳いでいた。疲れながらも二十五メートル泳いだのでコースから上がると、心節から驚きの話が告げられた。
「お前も間が悪いな。さっき楓が平泳ぎを泳ぎ切ったはいいが、沈みかけて先生に助けられてたぞ?」
「えっ!?」
「体力が尽きたんだろうな。保健室に担ぎ込まれたりはしてねーから安心しろ」
「そう、だったらいいけど心配だね」
「どうせあとで自由時間があるから、見に行くのはそんときでいいだろ。おっと、あんま話してると無駄に泳がされるから、話はここまでだな」
その後先生から男子に出されたノルマが、五十メートルごとに泳法を変え、休憩なしで泳げというものだった。これが終われば自由時間になるそうだけど、地味に辛い。
(うぅ、キツい)
クロールと平泳ぎを終え、百メートルを越えて現在は背泳ぎに挑戦中だけど、泳ぎ方が下手なせいか正直腕が限界だ。せめてバタフライを先に選べばよかったと後悔し、力なくコースロープにしがみついてリタイアした。
「佐藤、まあそこそこな結果だな」
「ありがとうございます」
多くの男子が僕と似たような距離で脱落したので、大体平均的な結果だった。背泳ぎとバタフライは鬼門だと思う。ちなみに心節は普通に四つ全部泳ぎ切った。
「鍛え方が違うんだ。お前はもう少し体力つけろ」
「うん、努力する」
自由時間になったので、中央付近のコースロープが取り払われた。そこで何故か百合さんと牡丹さんが猛スピードで追いかけっこをしていた。それも珍しく百合さんが追いかけている。あっ、捕まった牡丹さんが怒られてる。二人とも楽しそうでいいね。
「心節はどうするの?」
「オレは端のコースで泳ぎまくるつもりだ。お前はへばってる楓のとこにでも行ってやれ」
「もちろん」
飛び込みからひたすら泳ぎ続ける心節を見送り、未だにプールサイドで休んでいるかえちゃんの元に向かった。その途中、クラスの女子から水着の件で散々笑われることになった。
「ぷっ、彩姫その水着ダサすぎない?」
「仕方ないじゃないですか。僕が海水パンツなんて穿いたらどうなるか」
「確かに、モザイクか湯気、もしくは謎の光が必要ね」
「人の裸をR指定にしないでください」
「まあまあ、それより楓たんはあっちだから、ゆっくりしていってね」
ニヤニヤしながら励まされても、ちょっと微妙なんだけど。体力が回復せず横たわっているかえちゃんの隣に腰掛ける。息が乱れているため、明らかに動けなさそうだった。
「駄目そうだね。膝枕してあげるから休みなよ。念のため言っておくけど、無理したかえちゃんに拒否権はないからね?」
「はい......」
膝枕されたかえちゃんが目を閉じたので、僕はその髪を優しく撫でてあげた。水着が残念じゃなかったら綺麗な光景と、目撃した生徒全員に言われてしまった。放っておいてよ。
「終わったみたい。かえちゃん、起きて」
「はぅぅ、おはようございます」
プールから出たあとの着替えだけど、疲れたためか注意が疎かになり、うっかりタオルを被らずに水着を脱ぎ、上半身裸になってしまった。それをまともに見た男子数名が鼻血を吹き出し、天井から床、さらには僕の体が血に染まったことで、寸劇が繰り広げられた。
「おい、しっかりしろ!!」
「俺はもうだめだ、死体は海に流してくれ」
「諦めるな!」
「刑事さん、犯人はその人です!」
「佐藤彩芽だな。署まで連行するから言い訳はそこでしろ」
「はい......」
刑事になりきった心節にタオルを頭から被せられ、更衣室から連れ出された。
「おい馬鹿野郎、あれほど気を付けろって警告したよな?」
「うん、ごめん」
「で、あの惨劇の責任どう取るつもりだ?」
「どうと言われても、天井や床は掃除するけど」
「そうじゃねーよ」
とりあえず、鼻血を出してしまったクラスメート数人が、道を踏み外さないように恋愛相談に協力することで話がつき、被害にあった男子達に頭を下げた。
「ごめんなさい」
「いいって。それより、眠いな」
「うん......」
プールの授業後は僕を含め全員がダレていた。水泳って全身使うから思ったより体力使うんだよね。次の授業を担当していた御影先生はこの惨状に頭を抱えていた。
「やっぱりこうなりましたか。まともに起きてる子が半分以下って......」
「御影先生、いっそ自習にしません?」
「それもそうですね。はぁ、また授業が遅れます。それにしてもプール後の授業が現国の確率、高くないですか?」
ため息をつき愚痴る御影先生。若くて美人なのに、不幸に見舞われがちな人らしい。それと、ちょっと子供っぽいところもあることも、改めて知った。
「いいもん、夫に慰めてもらいますから」
「キャラ壊れてますよ。それはそれとして自習になったわけですし結婚生活のこと、後学のため教えてくれませんか?」
「あっ、わたしも興味あります」
「......いいですけど。では時間が合わない際にすれ違わないコツについてです」
最初は渋々だったものの、話しているうちに気分が乗ってきた様子の御影先生からたっぷり聞いたところ、なんだか実家の両親の生活を思いだして親近感が湧いた。
「お父さんとお母さんがそんな感じです」
「そうなんですか? こんな大きなお子さんがいても新婚みたいな関係を続けられるの、憧れますね」
「倦怠期とかなかったんですか?」
「乗り越えました。喧嘩もしましたけど、その想い出も含めて愛しているんです。付き合う前からの話、聞きますか?」
「是非お願いします」
自習という名の御影先生の旦那さんとの想い出を語る授業が終わり、ゾンビみたいな足取りでコーヒーを求め購買へ歩んでいくクラスメート達。耐性のある数名から僕とかえちゃんは説教されてしまった。いい話だったんだけど。
お読みいただきありがとうございます。それと、活動報告にも書きますが話のストックが完全に切れましたので、数日間更新が止まります。出来るだけ早くお届けしますので、しばしお待ちください。




