第七話 彩芽君、洗濯する
柔らかな日が部屋に差し込み、野鳥のさえずりが窓の外から聞こえてくる。
そんな爽やかな朝に、目を覚ます女の子にしか見えない男の子。
言うまでもなく僕のことだ。
「んっ......ここどこ......ああ、桜井さんの家か」
昨日の出来事を思い出しながら起床する。
とりあえず意識がまだ覚醒しきってないので、顔を洗ってこよう。
そう思い部屋を出て一階に下りるとうさ耳パーカー姿の女の子を見つけた。
彼女は僕より早く起きていたらしく、髪に乱れがない。
相変わらず前髪カーテンは健在だけど。
「おはよう、桜井さん」
「おはようございます、佐藤さん......はぅぅ!」
挨拶をした直後、真っ赤になった顔を覆う桜井さん。
一体どうしたの?
「桜井さん、何かあったの?」
「パジャマの前が......はだけて///」
「パジャマの前って、ああ!」
僕の寝間着のボタンが外れていて、肌が露わに......ってしまった!
肌着着るの忘れてた!!
胸元オープンなんて、とんでもないセクハラじゃないか!
「ごめん!」
一気に眠気が吹き飛んだ僕は、急いで部屋に戻り肌着を着た。
「ごめんね。朝から見苦しいもの見せて」
「いえ! すごくお綺麗でせくしーでした!!」
「いや、その、嫌だったよねって意味で」
いくら女の子っぽいとはいえ男の寝起きだよ!?
セクシーとか綺麗って感想はおかしくないかな!?
「嫌じゃないですよ? まるで絵画のようでしたし」
そう言って、胸の前で両手を握り僕を見つめる桜井さん。
むしろ今の桜井さんの方が絵画みたいだよ?
「題して、祈りの乙女だね」
「はぅ?」
こてん、と小首をかしげる桜井さん。
いやそこは突っ込んでよ。
ボケた僕が恥ずかしくなるから。
「顔洗ってくるから。ついでにお風呂の残り湯、持ってきておくね」
「わかりました。あの、そっちは朝ごはんの後でいいですよ。動かしてるときじゃないと出来ませんし」
「うん。じゃあそうするよ」
洗面所で顔を洗い、鏡を見て髪を整え、ついでに歯も磨いておく。
着替えは桜井さんを待たせることになるから後回しだ。
「桜井さん、朝ごはんは何かな?」
「今日はフレンチトーストです。朝ごはんですけど飽きが来ないようにご飯とパン交互に出すようにしようかと。苦手でしたら、どちらかにしますけど」
「どっちも食べられるから大丈夫だよ」
桜井さんがフレンチトーストを僕の前に置く。
わざわざ持ってこなくても取りに行くのに。
「いただきます」
「いただきます」
「あっ、美味しい」
「はぅぅ、ありがとうございます」
桜井さん作のフレンチトーストは、大変美味だった。
昨日のカレーもだけど、料理出来る女の子ってステキだと思う。
「桜井さん、お昼も......というか毎食楽しみにしてるよ」
「はい。ご期待に添えるように頑張りますね」
「桜井さんの料理、好みの味だから」
「はぅぅ///」
桜井さんが照れて赤くなる。
本当、反応も可愛いよねこの子。
しばらくして、顔の赤みが引いてきた桜井さんから、洗濯の手伝いを依頼された。
「わたし一人だと、残り湯以外でも苦戦しそうなので」
「うん。干したりするのとか、何でも手伝うよ」
そういうわけで洗濯機に残り湯を注ぎ、洗濯物を入れる。
もちろん、年若い男女がそれぞれの洗濯物を平常心で入れられるわけもなく、その度作業が止まる。
「はぅぅ、佐藤さんの下着です......」
「そりゃあるよ。ほら、入れたからね」
「ありがとうございます......あっ、それわたしの......!」
「わああっ、ごめんね!」
騒ぎになりながらも、どうにか洗濯機のスイッチを入れる。
ちなみに僕は普通にトランクス、桜井さんはちょっと子供っぽいものだった。
だってブリーフはさすがに恥ずかしいし、ボクサーパンツはその、穿くのに勇気が要るので。
「あとはしばらく時間が空きますので、待ちましょう」
「ああ、それなら僕は部屋の片付けをするよ。干すときになったら言って」
「あの、お手伝いします」
桜井さん、気持ちはありがたいけど今はいいよ。
「服の収納をするつもりだから、下着とか沢山出て来るよ?」
「あぅぅ///」
「だから、その間出来ることしててね」
桜井さんを残し、部屋に戻り段ボール箱の中身を確認していく。
「衣類は......これらか。当たり前だけど一番多いね。夏物は奥にしまっておこう」
春先なのでまだちょっと寒く、冬物の出番は多い。
一咲さんが用意してくれたタンスに詰め込んでいく。
「コートや制服はハンガーに掛けて......こんなものかな?」
ひとまず必要なものは出したが、せっかくなので終わらせられるだけ終わらせておきたい。
そうなると優先したいのは木彫りの動物達だ。
昨日桜井さんが見たがっていたので、早いとこ見せようと考え全部出して並べた。
どう配置しても、アヤメが浮いた感じになるのは仕方無いと割り切る。
あとは別の段ボールから踏み台を出してっと。
「これでいいね」
ちょうどいいタイミングで部屋のドアがノックされる。
「あの、脱水まで終わりましたので干すのを手伝ってくれますか?」
「うん。わかったよ。でもその前に......入っていいよ。桜井さん。片付け終わったからさ」
「えっと、わかりました。失礼します」
おずおずと、部屋に入る桜井さん。
「ここがあやく......佐藤さんのお部屋なんですね」
「うん。それとこれよかったら、家事するのに使ってよ」
高さ20センチ幅60センチ程の、木製の踏み台を渡す。
簡素な物だけど、意外と丈夫なので日常使いに最適だ。
「あの、これは?」
「僕が実家で掃除するときとかに使ってた踏み台だよ。予備はあるから大丈夫。これからいろんな場所に置くからね」
「ありがとうございます///」
僕自身が低身長だから、届かない時に脚立を探す面倒さを身をもって知っている。
そのため、こういうちょっとした踏み台はいくつか持っている。
同じ寸法でプラスチック製の踏み台を二つ抱える。
「じゃあ、早速洗濯物を干すのに使うから持っていくね」
「えっと、これは?」
「家の中で使ってね」
僕は外に出て、物干し台の近くに踏み台を置く。
使わないときは雨に降られない場所に置いておけば劣化もしにくいだろう。
空は快晴で、洗濯物がよく乾きそうなうららかな陽気だった。
「お、お待たせしました」
「ううん。大丈夫だよ」
洗濯カゴを抱えた桜井さんが到着したので、早速踏み台を使いながら干していく。
「あの、これ......」
「うん。僕の下着は渡してね。うわっ、これやたら長いけどタオル?」
「いえ、靴下です」
「もしかして今も履いてるダボダボの?」
「はい......」
ここでも多少混乱は起きたが、無事に終了した。
洗濯物に白くて長い靴下が妙に多かったのは僕のせいじゃない。
「桜井さんって、靴下をまめに変えるんだね」
「おかしいですか?」
「変えないよりはいいと思うよ。さて、これからどうしよう?」
「あのっ、お部屋の動物さん達、じっくり見てもいいですか?」
「うん。いいよ」
改めて桜井さんを部屋に招くことになった。
僕の作品達が、桜井さんの眼鏡にかなうのかどうか、ちょっとだけ楽しみだった。
お読みいただきありがとうございます。
こぼれ話
楓の趣味は靴下集めです。