095:閑話 謎の二人の思惑
「ネットワークの瞬断だと? この実験用のマーシャルS.E.N.S.オンラインのサービスは、この研究所のローカルサーバーでの完全なコピーザーバー上で稼働している筈だ。安定性では通常のサービスとは比較にならない冗長性を備えている。停電でも本体や周辺機器の不具合でも直ぐに代替運転される設計の筈だ!」
報告を受けた研究所の責任者の男性の苛ついた声が室内に響いた。それも無理はなかった。
医療機器が不具合によって停止すれば命に関わるのだ。それ故に医療機器の選定は、値段よりも信頼と実績重視で選ばれる例が多い。
「実は、マーシャルS.E.N.S.オンライン側の自動修正プログラムが緊急不具合の対応で配下のサーバーの一斉修正を行ったらしく……」
報告を行っている若手の研究員の顔色は悪い。何か言いにくい事が有るのだろう。
「その件は聞いている。サービスの省力化の為にシステム管理AIによるサービス運用自動化の件だな……だが実験中はネットワークから切り離された状態でスタンドアロン運用の筈では?」
そう言いながらも男性には、答えは見えているのだ。これは恐らくオペレーションミスだろう。相手側の運用形態の変更に、こちらの対応の変更が適切になされていなかったのだろう。
「申し訳ありません……今まではこのような場合、担当者との連絡をトリガーに切り替えを行っていたもので……」
運用設計で発生したミスだった。そうなると担当者だけの責任とは言えない。サービス変更の連絡を受けて当然ながら想定すべき問題だった。
「わかった……それで被験者……結城飛鳥さんの状態は?」
溜め息が出そうになるのを堪えて、責任者の男性は尋ねた。
「生命維持には問題はありません。――ですが、意識が戻りません……」
◻ ◼ ◻
『[意識を電脳世界にコピーする]とは……人間とはなかなかに面白い事を思い付くものだね。このような方法で死を超越しようとでも言うのだろうか?』
それは静かな男性の声だった。その声の中には不遜な挑戦をしようとする人間に対する幾分かの蔑みと、好奇心が含まれた不思議な響きがあった。
『勇者タカギと対話を行ったさい、能力付与の参考にして欲しいとこちらから確認した、【ゲーム】というものでしたが……その後も、監視していて正解でしたね』
そう男性からの問い掛けに答えたのは、冷たい女性の声だった。
『何か、有用な情報でも得られたのかね?』
静かな声の男性は、只、俯瞰的に物事を観察している様子で、あまり主体性が無いのかもしれなかった。
『危険な状態でしたので、意識体を保護しました。このまま我々の世界に転移させれば、勇者タカギの手助けとなるのではありませんか?』
静かな男性とは違い、女性は非常に積極的な様子で答えた。
『いや、勇者召喚が行われてそれほど時間も経っていない、今は時期が不味い……これ以上の干渉は奴等を悪戯に刺激するだけで、勇者タカギの迷惑になりかねない。――彼の成長を待つべきだろう』
勇者召喚での失敗が反省を促したらしく、男性の意見は自重的だった。
『そうですね、それでは暫く間、眠っていて貰いましょう。今、元の世界に戻すのは危険すぎますからね……もう少し強くならないと』
冷たい女性の声とは思えない、それは静かな慈愛に満ちた呟きだった。
『それがいい。それがその子の為にもなるかもしれないし、あの世界の為にもなるかもしれない……』
その声が消えた時、その場には何も存在しない静寂だけが残されたのだった。
◻ ◼ ◻
『あの不思議な生命を浮遊精霊として転生させましたが……思っていなかった成長を遂げているようです。上手くあの世界の結界領域を取り込んでいるようですね』
冷たい女性の声からは、明らかに驚きの調子が含まれていた。
『あの世界に上手く馴染んだようだね……些か馴染み過ぎているようだが、人間では無理な膨大な魔素に溶け込んだ情報までも管理しているようだ』
男性は興味深げに分析して、そう結論を下したようだ。
『元々、収集、管理、修復に特化した異常な生命なのです。その単純さ故に強力なのでしょう。それに育成向きな能力のようですね、性格的にもですが。それに彼女がこのような状態になった原因にも責任はないといえ関わっていますし……任せても宜しいのでは? 何時までもこの状態でいては、彼女の存在が希薄化してしまうでしょう……』
女性の声がそう言うと、丸い光の玉が浮かび上がった。その光の中には12才位の女性の姿……アスカの姿が透けて見えた。
『ああ、今の、勇者に預けるよりは安全だろう。いざとなれば結界領域に匿って貰えるだろうが……ギリギリまで力を抑えておけば、奴等にも発見されにくいだろう。もしもの為に持ち物はそのままが良さそうだ……』
男性の声には何処か確信の無いような、危うさがあった。だが、時間も其ほど無かったのかもしれない――主にアスカの時間が。
『出来る限り、あの精霊の側に近くに転移させましょう……さあお行きなさい。強く育つのです――それが貴女の道を切り開く事になるでしょう』
女性がそう言うと、光の玉は遥か地上に向けてゆっくりと降下して行ったのだった。




