076:ジェノア監察官
「なるほど、港湾都市カイエスブルグの、故郷の情報ですか……」
ジェノア監察官は、そう呟くと少し考え込んだ様子で黙り込んでしまった。
私達が入るのが難しい都市ミザレに敢えて入ろうとしているのは、セナの故郷である港湾都市カイエスブルグの様子を知りたがった為だ。
都市の監察官という重要な職に就いているジェノア監察官なら色々と情報を耳にしているのではないかと思い、セナに尋ねて貰ったのだ。
「ご存知かもしれなませんが、魔族の侵攻を受けた場所は徐々に強い魔物が現れるようになると言われています。勇者タガギ様は、侵攻した魔族が魔素を生み出す仕組みを何処かに分からないように隠して設置しているのではないかと仰っています」
『そこまで分かっていて何故、勇者タガギは放置していったんだろうね』
私が【心話】でそう呟くと――
『いそいでたから、わすれたんだよ!』
ミーナが素直にそう言った。
『うっかりさんだね!』
愉しそうにミーナに話しているマナにかかると、勇者も残念な子のように思えてくる。
「勇者タガギ様は何故、放置していかれたのでしょう……」
皆の疑問をセナが代表したように尋ねてくれた。だが少しその言葉に残念そうな響きが籠るのは、父親の窮地を救ってくれた勇者であったが、都市の問題をそのままにしていった事が引っ掛かっているのかもしれなかった。
「そうですね……勇者様は複数の戦場を抱えていらっしゃいますからね。故郷の事をご本人を目の前にして、こんな事を言うのは申し訳ないのですが……今の我々には魔族に滅ぼされた都市の復旧する余裕はないのですよ……それは王都も同じでしょう」
それは故郷の復興を願う者に取っては、厳しい宣告であった。だが難民の受け入れを拒絶しているに等しいこの都市に、それを期待するのは無理がありそうだった。
「お嬢様、勇者様はお父上様達の窮地を救った後、お礼の言葉も録に聞く余裕もない様子で、召還獣と思われる巨大な鳥に乗って去っていかれました……ですから監察官殿の仰る事は事実と思われます」
今まで黙って話を聞いていたロゼが、勇者が意味もなく放置したのではないとセナに説明した。その時、現地にいて自分自身も勇者に救われたロゼの言葉にセナも頷き――
「ありがとう、ロゼ……そうね私達は勇者様にばかり負担をかける訳にはいきませんね、自分達の故郷の事なのですから」
セナが強く決意したようにそう言った。
「勇者様といえば、魔素についてもうひとつ不思議な言葉が伝わって来ています……魔素というのはとても高度な魔法とナノ粒子が融合したもので、情報を与えるスキルを持つものなら、あらゆる物が産み出せる可能性がある……私も受け売りですのでナノ粒子というのが何なのか理解出来ませんでしたが、もし魔族がそのような物を造り出す力があるのだとすると……ああ、どうやら到着したようですね」
丁度馬車はある建物の前に止まった。
「あれがこの都市の冒険者ギルドです。港湾都市の情報を手に入れるならあの場所が最適でしょう……先程は港湾都市を見捨てるような事を言いましたが、実は現在、港湾都市との流通を復活させるべく冒険者ギルドで冒険者を募っています」
ジェノア監察官はそう言うと、懐からカードのような物を取りだし何か書き付けるとセナに手渡した。
「これを見せれば冒険者登録も滞りなく済むでしょう。あなた方に幸運を」
馬車が御者によって扉が開けられた。
「ジェノア監察官様、感謝いたします」
馬車から降り立ったセナが、優雅に貴族らしいお辞儀をすると、「なに、あなた方が思っていた以上に、この前の捕物に関して感謝しているのですよ。それではまた機会がありましたら」
私達を残し馬車は走り去った。残されたセナ達は馬車で入った為にあまり良く見えていなかった都市ミザレを眺めやった。
「きれいだね~」
ミーナが周囲の白いレンガ建物や石畳の整然とした様子に感心している様子だ。
「わたしは、カイエスブルグのまちの方がすきかな~」
ミーナと並んで立ったマナが、少し大人びた様子でそう言った。だが二人で愉しそうに周囲の様子を見てまわっている姿は微笑ましいものだった。
しかし、私の頭の中にはさっきのジェノア監察官の話していた内容がぐるぐると渦巻いていた。
(魔法と融合したナノ粒子……私が元いた世界の物とは違うのだろうけど、ジェノア監察官の言っていた内容が本当なら……)
その時、私は仮想ダンジョンや練習施設の影のミーナ、そしてハウジング空間の施設の事を考えていた。
私はこの世界の修正力によって修正された状態でここに存在している。つまり、異質なシステム管理AIという大量の情報の塊を、この世界に存在する物を利用して置き換えている。
(もしかしたら、私の能力は、その粒子の技術を利用しているんじゃ……)
「ビスタ~、はやくいくよ~」
ミーナが手を振って私を呼んでいる声で、私は現実に引き戻された。皆は既に冒険者ギルドの壮麗な建物の入り口で私を待っていてくれているようだった。
「ごめん、今いくよ」
私は以前より早くなったが相変わらずふよふよと、皆の元に慌てて向かったのだった。