074:仮想訓練
「えいっ!」
「くそっ、まだまだ!」
地上に戻った私の耳に男の子達の物らしい掛け声が聞こえてきた。
「相手の動きをもっと良く見なさい。型が崩れているぞ! 適当に振り回していては駄目だ! 次! ロウと交代しなさい」
「サザン師匠! 俺まだやれます!」
「ケン、少し休んでよく見ていなさい。人の戦いを観察するのも訓練だぞ。自分が戦っているつもりでよく動きを見るんだ」
冒険者ギルドの訓練部屋からは、サザン族長の声が響き渡っている。何故族長の声がするのかというと、ケン達やエルフ、そして獣人族の中から年の近い子供達を集めて戦い方の指導をしたいと自ら申し出たのだ。
サザン族長は魔族の襲撃を受けた際の怪我がまだ治りきっていないという事情もあったが、ケン達の強い想いに動かされたのではないかと私は勝手に想像している。
サザン族長は「なかなか良い施設があるようだから、後進の指導には持ってこいだ。だから使わないのは勿体ないだけだ」などと言い訳じみた事を言っているが、そこは多少の照れもあるのだろう。
「おおっ! やってるじゃねえか! 我が息子のシンも頑張っているようだし結構な事だぜ。俺も教えちゃいるんだが、大雑把な性格なんで教えるのが苦手でな……全く助かるぜ」
後ろから上がってきたガルフが熱心に息子であるシンの訓練の様子を見つめている。他の獣人族のパーティーメンバーやエルフの守人パーティーにも自分の息子や娘が訓練に参加しているらしく妙な盛り上がりだ。
「それにしても、あの訓練相手の黒い人型はミーナと同じ強さだって話だが、全く凄い魔法だぜ」
ガルフが感心しているのは、子供達の訓練相手を務めている黒いミーナの仮想アバターとでもいう存在だった。
見た目は黒い影のようなシルエットで、よく見ると確かにミーナの情報を元にして産み出された物らしく、耳や尻尾のシルエットがあった。
武器や魔法も普通に使ってくるが、訓練部屋はVR空間のようになっていてダンジョンと同じく痛みは感じても怪我をしたりする事がない。だから、当然の事だが、あの黒い影も部屋の中だけの存在だった。
ガルフ達は不思議な魔法か何かだと思っているらしい。私としても説明が難しいので敢えて何か言うつもりもなかった。
「でも少し強すぎるみたいね……子供達が3人で連携して攻撃しても全く攻撃が当たる様子が無いわね」
何故ミーナのアバターなのかと言うと、年齢が近いというか事もあったが、オーソドックスな剣士という職業が子供達のお手本として丁度良かったからだ。
「確かに実力差があるようだな……だが子供達も色々と考えてなんとか一矢報いようと頑張ってるようじゃねえか……まあ指導方針はサザン族長に任せるさ」
子供達は複数なので動きの悪くなった者は、直ぐにサザン族長によって別の者に交代となる。子供達は休憩しながらも、どうやったらあの影に攻撃を当てられるのか皆でミーナの影を観察しながら話し合っているようだ。
(ミーナの影は子供達の良い刺激になっているみたいね)
「そろそろ行こうか、腹が減っちまったぜ! 子供達に負けねえように俺達も頑張らねえと。だがその前に腹ごしらえだ」
ミーナ達は既にギルドを出て食堂に向かったようだ。子供達の訓練はもう暫く続くようだ。だがいつまでも見ている訳にはいかないのでガルフ達は慌てたようにこの場を離れていった。
◻ ◼ ◻
精霊樹の村の食事は、基本的に村全体で合同になる場合が殆どだ。そう言う古くからの慣習があると云うよりも、煮物等を大鍋で1度に作ったり、焼き物類も一緒に焼いてしまった方が結局手間がかからないという合理的な理由からだった。
戦闘メイドのロゼは、海産物の保存法や調理方法、そして様々調味料を持ち込んだ功績から、食事全般に於いて一目置かれる存在として見られるようになり若い女性達のリーダー的存在に収まっている。
今も料理の味付けに対して指示を出しているようだった。
「ロゼ、味付けの香辛料はこのくらいで構わない?」孤児院から来たエミリがそうロゼに尋ねた。リナや他の女の子達も周囲に集まり、お手伝いしながら作業を学んでいる様子だ。
「そうね、それくらいで。海で塩が取れるようになって遠慮なく使えるようになったのは、本当に有難いことです。精霊樹の森も香辛料が豊富に取れますし」ロゼはそう言うと、周囲に広がる森に木々を眺めた。
偶然の産物で小さいながら入江の一部が、霧の結界の一部に取り込まれていた事は本当に幸運だったと思う。海産物の追加は、村の食糧事情を大きく変えたと言っても良かった。
「それに大きな池まであるし、この村の食糧事情はとても恵まれていますね……まあカイエスブルグ程の種類は望めませんが、それを言うのは贅沢という物です」
近くで食事を取っていたセナが会話に参加してきた。
「港湾都市カイエスブルグはどんな感じだったの?」
失われた都市の話は、なるべく話題にはしないようにしてきたが、本人達から話題を振ってきたのを幸いと、セナ達の故郷について少し尋ねてみる事にした。
「港湾都市カイエスブルグは、その名前が示す通り遠距離航海可能な大型船が停泊出来るような港のある都市でした。その船による交易で繁栄してきたのです。航海先で仕入れた品が荷下ろしされ、とても珍しい物が溢れていました」
セナはそう話ながら懐かしそうな表情になり、故郷の事を思い出しているようだ。
「ビスタさん……私はやはりすぐにでも故郷の様子を見に戻りたいと考えています……クランルームの力が有れば其ほど危険性は少ない思うんです。これから毎日少しでも故郷に向かいながら、平行して仮想ダンジョンか草原でのフォレストラビット狩りをしたいと思っているのですが……どうでしょう?」
セナなりにずっと考えてきた事なのだろう。
「そうだね……色々やる事は沢山あるけど、仲間も増えたし色々と平行して進めるのも良いかもしれない」
やるべき事も増えたが、手段もその分増えたのだ。そろそろ色々と着手しても良い時期に来ているのかもしれないと私は考えたのだった。




