彼女が怒る訳
マリーベルは憤慨した顔で、こちらを睨み付けてきた。
「あなた、魔法は使えないの?契約を破棄して欲しいわ」
俺は元の世界に帰れない事が、まだ信じられずにいたので、「契約を破棄すれば、帰れるのか?」と応戦する。
「だから、もう召喚魔法の効果は消えたの。残念だけどこの世界で生きていくしかないわ」
諦めが悪いのねと言いかけたのを、片手を開いた押し留める。
「そもそも、呼び出しておいて、そんな言い方無いだろう」
(まあ、元の世界に未練はない。何故なら仕事に失敗して職を失い、結婚もせずに40才となった。俺は孤児だったから家族を持った事がない)
マリーベルは、ベッドに腰掛けた。溜息をついて床に転がる生贄の鳥の頭を足で小突いた。
「そうね。それは謝るわ。ごめんなさい。あなたを召喚したのは私だから。でもあなたは了解してここにやってきた筈よ」
「何だって?」
思わず聞き返した。
「私の魔力では強制召喚出来ないのよ。だって魔女見習いだもの。それに、召喚される時にとても優れたスキルをひとつ選べた筈。この世界であなたは優位な立場で生きていけるわ」
そう話しながらも彼女は顔を右に向けて申し訳なさそうだ。いやそれとも…
「でも契約して奴隷にするつもりだったんだろう?」
彼女はとんでもないと被りを振った。
「ここから逃げ出すのに成功したら、契約は無効にして、元の世界に帰ってもらう計画だったのよ。もちろん報酬も用意していたわ」
なるほど、全く悪気はなかったと言う訳だ。寧ろ彼女の名前を不本意だが言い当ててしまい、全ての計画をオジャンにしたのは俺の方か。
だがどうも彼女の何か含んだ言い回しが気になる。その視線の先には化粧台の鏡?
ん?
「ここから逃げる?」
マリーベルが落ち着かない理由かやっと分かった。
彼女は今すぐこの館から逃げ出す必要があったのだ?しかも召喚で得られる凄い能力を頼りにして。
俺も焦ってきた。彼女が逃げ出す理由と、俺に必要な役割が何か分かってきた。
何故なら、洋風の小窓の向こうに、一つ目の巨人の姿を垣間見る事ができたからだ。
恐ろしげにもギリシャ神話のキュプロクスという怪物にそっくりだったのだ。