言葉と気持ちはいつも裏腹
好きだ。と言いたい。
百回でも千回でも何万回でも君に。
「お前、嫌いだ」
けれど口から出すことが許されるのは逆の意味だけのこの口が恨めしい。ちゃちゃっと素直に言っちゃえよ。後先考えずに言っちゃえよ。
「知ってる。千回くらい聞いたよ」
笑う君は、夏の晴れ空のようにさわやかだ。
制服の規定より短いスカートから出てくる足もさわやかだ。
「好きだよ」と言ったなら、その空には暗い雲が現れて、雨が降り、雷が鳴り、女の子と小心な男子の悲鳴がひびきわたるような恐ろしい顔になったが最後、俺のことを避けるようになるんだろ。知ってる。
まっすぐ素直に「好きだ」って言葉を受け入れてもらえない信頼しか得られていないのを知ってる。知ってるんだよちくしょう。
知らなきゃよかった。
いや知らなかったら好きって言って避けられるはめになってるから知ってて良かったのか、いや、それともさっさと失敗して諦めた方が俺にとっては良いんだろうか、いやいやそんなことは、だって好きなんだもん、好きなんだもんよ!
「あああっもう、大っ嫌いだ!」
このぐずぐずした頭が。あと素直に言っても信じてくれない君も、この生ぬるい関係も。
「分かったって」
「分かってねえ! お前は全然分かってねえ!」
「分かってるってば」
「分かってねえよ! ああ、嫌いだ。大嫌いだ!」
どうすればいいのこのムカつきを、胸やけを。ひと足どころか、十足くらい早くも更年期障害が出てきたんですかね、養命酒飲めば治りますかね、無理ですよね、知ってますよ。
「もう、うるさいな」
苦笑した顔もかわいいな、さわやかだな、好きだな、抱きしめたいな、できればキスもしたいし色々あれもこれもそれもああああ。
「嫌いだ。もうやだ」
もうやだこの関係。
はは、と笑う君の視線が、すいと前へ向いた。
横顔もかわいいな、好きだな、キスしたいな、と眺めていたさわやかな顔が、しかし突然ぴしりと凍りついた。
血色が良かった頬から血の気が引いて、目からは光が消える。
急いで視線の先を追うと。
「あいつか」
当たり前と言えば当たり前か。そこにあるのはいつもの野郎だった。
一階の窓に背を預けて、楽しそうに談笑している。顔だけはかっこいいな、顔だけは。心は真逆だけどな。
登校時間にそんなところにいるとか、どんだけ無神経だ。
この時間だけで、いったい何人の女子の顔を曇らせたんだ。
「早く行こう」
いつの間にか立ち止まってた細い腕を掴んで、奴に気付かれないよう俺の影にして通り過ぎる。
掴んだ腕はふりほどかれることなく、ただ緊張して固くなっていた。
奴が見えなくなる所まで来ると、固かった筋肉がゆるむ。女の子らしい、やわらかい腕だ。守ってやりたい、とふと思った。胸の中に熱いものが溢れてきている。その想いのままに抱きしめたい。
けど想いを抑え込んで、掴んだままの腕を解放する。
青い顔が、フッと息を吐いて笑った。
「ごめん、ありがとう」
「別に、俺が遅刻したくないだけだし」
俺が勝手に守りたいだけだし。
「行こ」
赤みの戻ってきた笑顔に、俺もつい頬が緩んだ。俺を置き去って小走りで下駄箱へ行く背中は小さい。
一瞬だけ諸悪の根源がいる方を睨みつけてから、俺も下駄箱へ走った。
「遅い」
「走っただろ」
「すぐに来なかった」
「すぐに行く約束なんかしてねえし」
「それはそうなんだけど」
好きだと言いたい。
「別に一緒に行く必要ないしな」
「ひどい」
ひどいことなんか言いたい訳じゃない。
「ひどくて結構」
「もー」
でも、君は「好きだ」って言葉を信じられないっていう。
「大切だ」って言葉を信じられないっていう。
やさしさが信じられないっていう。
騙されている気がするという。
だから俺は、好きだって言わない。信じてもらえるまで絶対に言わない。
その代わり、君に言う全ての言葉に、好きだって気持ちを込める。
「俺、お前嫌いだし」
「分かってるよ、もー、早く行こう」
一緒に行こうとしてくれるのは、少しは可能性があると思っていいよな。
たまたま同じ時間に登校して、たまたま道で合流して、たまたま一緒に登校しているだけにしては、好意的だよな。
好きだ。
と、いつか必ず言うから。
早く信じてくれよ、俺のこと。