表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/44

兎の咽喉{あるいは:隠者;} その2

  *


『ダートは深淵に繋がる唯一の道。あなたが「視えない」というのもそのせいね。ここには「涯て」がないから、視えるものがないの』

「人から視えない力、なんて実感ないよ」

『力の大きさをわかってないからよ』

「無限の世界に、大きいも小さいもなくない?」

『とんでもないこと言うのね』

「ぼくは、はやくここから出たいんだけど」

『ここから出ていくの?』

「もちろん」

『何で?』

「何でって、ここはぼくの世界じゃないから」

『作っちゃえばいいじゃない』

「はい?」

『ここは想像が実現する世界なんだから、あなたが望む世界を作れるのよ。何もかも思いのまま』


 そういうと夢子は、空中をくるくると自在に泳ぎ回った。


「それって――自己完結な世界じゃない?」

『そうならないように想像したらいいのよ』

「想像、想像って、想像に疲れるよ」

『何でよ! 願えば叶うのに』

「あんまり、叶えたい願いがないのかも」

『つまんない人ね』

「そうそう、ぼくは平凡だから。それでいいんだ」

『普通は欲があるものよ』

「むしろぼくは、このまま真っ白な世界のほうが居心地がいいかも。何もせず、ぼうっとしていられたら、それでいいんだ」

『やだわぁ、つまんない。何か考えてよぉ! あなたくらいの年頃だと、女の子の裸とか、ハーレムとか考えるんじゃないの?』

「それマジで大変なんだぞっ!」

『でも何か想像しないと、真っ白のまま』

「白紙のほうが、想像力が刺激されていいって」

『あなた、全世界の作家にタコ殴りにされるわ』

「ちょっと疲れたから、何にもないなら一休みさせてくれる?」


 そういうと深渕は、頭の後ろに手を組んだ。

 天も地もないのでわかりにくいが、それは寝転がるポーズであった。


『まるで兎と亀。あなたはここで待つってわけ?』

「亀が来てくれたら、話し相手にでもするさ」

『あら、それはいいわね――じゃあ』


 そういうとベアスマイルズだった夢子の身体が、変化していった。

 身体がみるみる引き伸ばされ――全身黒づくめの男になる。

 その人物には、深渕も見覚えがあった。


「やあ、久しぶり。覚えてるかな?」

「黒生先生?」


 それは世啓戸学園の世界史講師、黒生李一くろきりいちであった。

 宮家照美と喧嘩をして、学校を辞めさせられたといううわさの講師である。

 そういえば深渕に子音文字アブシャドを教えたのもこの先生であった。


「遅れてきた亀だよ」

「先生がどうしてここにいるんです?」

「全部きみのおかげだよ」

「え?」

「まあ、ゆっくり話そうじゃないか」


 長身で見下ろす恰好の黒生は相変わらず、伸びきったぼさぼさの髪と、滅多に剃らない髭面であった。


  *


 真咲燈火が、職員室まで降りて来ると――人だかりができていた。

 職員室だというのに、職員はすべて退室させられている。

 どうやら職員室から、机や椅子などの荷物を、運び出しているらしかった。


「あー、ちょっとすいません、通りますよ……はいはい通りますねぇ」


 人をかき分け職員室の前までくると、真咲はようやく宮家と目が合った。


「照美ちゃん」

「あら、燈火先輩。そちらは済みました?」

「それがさ――なんか討ちづらい状況になっちゃって。とりあえず捕まえてる」

「あら、好都合! ちょっと貸してもらえないかしら?」

「いいけど――何やってんの?」

「もちろん、部活動です」


 宮家が嬉しそうに微笑むと、校内放送が流れた。


『現代魔術研究部の方は、至急職員室にお集まりください。繰り返します。現代魔術研究部の方は至急職員室のにお集まりください』


 そう告げるのは、宗堂の声であった。


「へえ、楽しそうね」

「うまく行くといいけど」

「何言ってんの、照美ちゃんなら、絶対、でしょ?」

「少しくらい先がわからない方が、楽しいんですよ」


 宮家はまたにこりと笑った。

 奥では国丸が、念動力で荷物を浮かせて、次々と運びだしているのが見える。

 そこへ――


「ひぃ、ひぃ、ひぃ……連れてぎましたよぉ……」


 と息を切らして現れたのは、京成虎子だ。


「やあ、虎ちゃん」

「あ、燈火姉……ひさしぶりぃ」

「あんたそれ――何運んでるの?」

「照美先輩に言われて……」

「べぇぇぇぇ!」


 京成は飼育小屋から、半身が魚の子山羊カプリコを抱えてきたのだった。

 職員室はあらかた空になり、だだっ広い空間となりつつあった。


 *


「じゃあ先生は、ここに来るために、ぼくを利用したってことですか?」

「そういうこと。ぼくは悪魔と契約して、襟蓮くんに取り憑かせていたんだ」

「えっ! そうなんですか!?」

「学内じゃぼくは目立ちすぎるから、生徒の協力者が必要だったんだ。幸い、彼はぼくに傾倒していたから、扱いやすかったよ」

「ひどい先生だ」

「よく言われる」

「じゃあ、マヨイガも?」

「バベルの図書館を出現させるのに、松里くんはうってつけだった」

「ミルメコレオも?」

「羽津くんに、UFO視を目覚めさせたのもぼくだ。もちろん、きみがUFOを視えるようになったのも、ぼくが薬に細工しておいたんだ」

「パーンも?」

「マヨイガのときに、いくつかの本を拝借しておいたんだ。惚れ薬の精製の仕方だとか、パーンの召還方法なんかも、すべて書いてあったよ」

「あの本読めるんですか!? いえそもそも、あの中から狙った本を見つけられたんですか!?」

「それにマヨイガは、ここと一緒で思ったことが実現する。欲しい一冊を思い浮かべるだけで手に入るんだ。そしてそれを持ち帰ることもできる」

「どうしてそんな手の込んだことを――」

「深渕くんに、深淵へ落ちてもらうためさ」


 黒生は毅然とこたえた。


「ここって――落とし穴なんですか?」

「厳密には違うね。ぼくの描いた魔法陣には落としたけれど、あれは深渕くんが深淵に落ちる瞬間、ぼくの意識も連れて行くための装置なんだ。つまり、深渕くんという案内人がいないと、ぼくはここに来れなかった」

「そんなことまでして……先生はここで何がしたかったんです?」

「そうだな――」


 そういって黒生が目を閉じると、周囲の景色が一変した。


 都会のど真ん中。

 新宿ALT前のライオン広場。

 行き交う人々、高層ビル、電車、車、街の喧騒……すべてが現実的リアルだった。


「深渕くんは、これを現実ではないと信じることができる?」


 照りつける太陽、モザイク煉瓦のざらりとした質感、風にギシギシと揺れる金網……人に手を伸ばすと、振り払われてしまった。

 どの感覚も現実と変わらなかった。


「自信ないです……」

「ぼくは、ぼく自身が夢子になるという想像をしたんだ。一度願っただけで、この世界でぼくは夢子になれる――これであらゆる蓄積にアクセスできるようになったわけだ」


 周囲の光景がめくるめく変わる。

 東京、大阪、福岡、北海道、沖縄――アメリカ、フランス、オーストラリア、イタリア、エジプト、ブラジル、南アフリカ――月、太陽、水星、金星、火星、木星、土星――遠い宇宙、星雲、銀河――降りたったことのない星、存在しない街、架空の空、場所、物、時間……それらが目まぐるしく変わっていく。


「あーーーーーーーーーーーっ!」


 深渕は目を閉じ、耳を塞いで、大声で叫んだ。

 すると、景色はもとの真っ白な世界に戻った。


「きみは今、願ったね。真っ白な世界にしてくれって」


 深渕は頭がクラクラして、胸焼けがした。

 いつくもの光に、感覚が酔ってしまった。


「先生は……この世界で神様になりたいんですか」

「そうだ。でもそれは、この世界だけじゃない」

「え?」

「夢子は、あらゆる人間の想像にアクセスできる。あらゆる人間の意識へ入って行けるんだ」

「…………」

「そこへぼくが作り出したイメージを植えていけば――人間の意識そのものを変えてゆけると思わないかい?」

「それって……」

「ぼくは人間の意識を解放したんだ」


 静かにみえる黒生だが、瞳の奥にはたぎる野心をたたえていた。


ありがとうございます!

引き続き、

その3をご覧いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ