冒険者のミーナ その7
ミーナは腕を振りながら、ローミオンに叫ぶ。
「だいたいあんたが母親とかの意見ばっかり擁護するから、あたしの肩身が狭くなったんでしょうが! 今さら自分だけは部外者でしたみたいな顔をしてやってこないでよ! あんたが最初からあたしに誠意を尽くしてくれてたらこんなことにはなってないんだからね! わかってんのかローミオン! ああ!?」
「えっ、あっ、はい……、す、すみません……」
「声が小さいんだよ! おい! 女同士の争いは自分には無関係だとか思っているんじゃないよ! 見て見ぬ振りばっかりしていたのはあんただよ、あんた! 同罪だからね!? 自分ならあたしを説得できるんだとでも思ってたの!? あんた、こんなことをしてなにになるんだって聞いたよね!? 言ってやろうか! あたしがスッキリするんだよ!!」
「ほ、本当にすみません……、心から謝罪いたします……」
プライドの塊のようなエルフたちがどんどんと小さくなってゆく。あと少しで土下座とか始めそうな勢いだ。ミーナの叫びにはそれだけの熱量と切実さが滲んでいた。
ミーナは唇を震わせる。
「どんなにつらくても! 誰に馬鹿にされても! 奴隷みたいに扱われても! あんたがあたしを信じて支えてくれていたら、がんばれたんだよ! ガマンだってできたんだよ! それなのに、なんなの! 自分だけずっと一日中仕事して! あたしのことなんてどうでもいいんでしょ! だったらあたしだって、この村のことなんてどうでもいい!!」
いつしか、ミーナの両目からは涙があふれていた。それを見たローミオンも面食らったような顔をして、再び頭を下げた。
「み、ミーナさん……、本当に、ごめんな……」
「もう遅いよ、ばか!」
ミーナはそう吐き捨てると、両手になにか強大な破壊的エネルギーを蓄えてゆく。大地がわずかに震え出す。本当に彼女はこの村を滅ぼす気なのか。いや彼女ならやるだろう。
老婆となったメレスベスは口から泡を吹きながら卒倒した。エルフたちは散り散りになって逃げてゆく。ローミオンは終焉を待つように、その場に膝をついた。張り付いた表情は絶望だ。
そのときだ。ライルが後ろからミーナの手首を掴んだ。
「そのへんにしておきましょう、ミーナさん」
「――えっ!? あ、ライルさん!」
驚いて振り返るミーナは無意識に彼の手を振りほどこうとする。だが、ライルの手はびくとも動かなかった。まるで抱きとめられるような体勢のまま、異なる種類の驚愕が彼女を襲う。
「あれっ、離れない! なんで!? あたしの拳が、なんで!?」
「まあ、僕のちょっとした特技のようなものです。それよりも」
ライルはメガネを外して胸のポケットに入れていた。彼は、その穏やかな青い瞳でミーナを見つめる。
「すみません。今回の件は、紹介した僕の責任です」
「いえ、そんな、ライルさんは別に! だからほら、手を離して! 今からあの人たちを思いっきり一発ずつブン殴ってきますから!」
「死んじゃいますからそれ。じゃあ今回の婚活は破談ということで、よろしいですね?」
「そうですね! エルフなんて大嫌いです! だから離して! 殺すから! 離して!」
「わかりました」
後半部分を無視してライルはうなずいた。金色の尻尾髪が揺れる。
「ですが、安心してください。ミーナさんが幸せになりたいと願い続ける限り、僕は必ずそのお手伝いをさせていただきますから」
「ライルさん……?」
「ですので」
ライルはミーナの手を引く。
「ヤケにならないでください。次の方との出会いが待っていますよ。ほら、こんなことをしている場合じゃないでしょう。あなたの二十五歳という時間が失われてゆきますよ」
「でも、スカッとしますよ!」
「一時的にね。それ以降は独房入りか、あるいはお尋ね者として狩られておしまいです。婚期はますます遠ざかりますね。そんなことをするためにこの村に来たわけじゃないでしょう」
「それは、そうですけど……」
ミーナの語気が弱まった。彼女もさすがにそれは……、と思っているのだろう。
心の擦り切れたミーナに、ライルは微笑みかけた。
「だから、帰りましょうミーナさん。――いつかきっと、理想のパートナーをお探ししますから」
なにかを言いたそうな顔をしたミーナは、村の惨状や、怯えた顔でこちらを見つめているエルフたち、それにすっかりと老婆になってしまったメレスベスと、そんな彼女を支えるローミオンの姿を見て――。
――最終的に、ミーナは小さくコクンとうなずいた。
エルフの村が滅びを免れた瞬間だった。
***
その後の顛末である。
メレスベスとローミオンは直接、婚活相談所にまで謝罪に来た。星ほどにプライドの高いエルフがこうして直々にやってくるというのは、破格の対応だ。
『本当にすまなかった。こんなことを言えた義理ではないかもしれないが、私は君のことを嫌いではなかったんだ。本当だよ』
『……その言葉、もう少し早く聞きたかったです』
彼を諦めるのは死ぬほどもったいなかったが、さすがにもう復縁は不可能だ。ミーナにだってプライドがある。
彼らの謝罪に関しては、ミーナも我を忘れて暴れてしまったことを恥じているので、ここはお互い両成敗ということになった。
老化したメレスベスの姿は、後々魔力を手に入れれば元に戻るのだという。だが、それには数十年の月日がかかってしまうだとか。ミーナは思わず顔をしかめてしまったが、エルフにとっては大した時間ではないのかもしれない。
「――で、どうして君はここにいるの?」
婚活相談所、応接間のソファーに座るライル。彼はこの辺りでは見ないような複雑な黒い機器――前面には透度の高いレンズが嵌めこまれており、なにか小さなボタンのようなものがたくさんついている――から顔をあげた。すると部屋の掃除をしていたミーナはホウキを持ったままなにを今さらという風に振り返ってくる。
「受付に人がいないようなところに、お客さんなんてやってきませんよ。ここが盛況になってもらわないと、あたしだって理想のパートナーを探せないじゃないですか」
「だからって、掃除ぐらい僕がやるのに……」
「やっていないじゃないですか」
「そうですね」
ライルは静かに認めた。まあそういう細々とした仕事はあまり得意じゃないので、そのうちメイドでも雇おうかとは思っていたのだ。
「まったく、こんなところにもホコリが……、ああもう、ここがエルフの村だったらイビり殺されていますよ!」
「ここがエルフの村じゃなくてよかったなあ」
実際、ミーナの手際はいい。エルフの村で相当仕込まれたのだろう。なんだか釈然としない気持ちでライルは再び謎の機器に目を落とし。
「で、本当のところは?」
「えっ!?」
ミーナは赤毛を揺らしながら慌ててこちらに向き直る。両手をパタパタとさせて。
「そ、それ以外に別になにもありませんよ! あたしはただ純粋にこの婚活相談所にもっともっと人が来ればいいなあって!」
「君ほどの冒険者が手に職をつけようと思えば選り取りみどりでしょう?」
「そんなことは……」
口笛を吹きながら、目を逸らすミーナ。ライルはため息をついた。
「ま、それはいいでしょう。それよりも先日、新たなエルフ男性の登録がありまして」
「ホントですか!? 年齢は!? 職業は!? 年収は!? お家は!? ご両親と同居中ですか!? 離婚歴は気にしませんが、できれば街社会に馴染んでいてお肉を食べるのも許してくれるような人だったらありがたいんですけど!!」
ライルの白々しい視線に気づいて、ミーナは「うっ」と顔を赤らめた。
「だ、騙しましたね……! 人の純情をもてあそぶだなんて、それが婚活相談所の所長のやることですか!」
「エルフなんて大嫌いって言いましたよね」
「あれは言葉のアヤです」
「……エルフの登録なんてめったにありませんよ」
「だからこそ、もし登録があったときはあたしに最優先に回してくださいね!」
再びライルはため息をついた。あれだけのことがあっても、ミーナのエルフ狂いは治らないようだ。これじゃあいつまで経っても結婚できないんじゃないだろうか。少しでもその可能性をあげるために、婚活相談所に就職するというのは確かに良い手だとは思うが……。
「わかりました、ミーナさん。……じゃなくて、わかったよ、ミーナくん。とりあえずあなたを研修生として雇うよ。その代わり僕のことは所長と呼ぶように」
「はい、所長!」
ミーナはびしりと敬礼した。まあ性格も明るくて、笑顔も朗らかなので、お客さんの相手の商売には向いているのだろう。ライルはそう思うことにした。この拾い物が吉と出るか凶と出るか、それはまだ誰にもわからない。
そのときだ。がらりとドアが開く音がした。ライルは黒い機器を机に置く。
「お客さんだね、ミーナくん」
「ですね、所長! エルフだといいですね!」
懲りないミーナは応接間のドアを開いて、ホウキを片手にお客さんへと満面の笑顔で挨拶をした。
「ライル婚活相談所へようこそ! あなたの理想のパートナーをお探しします!」
やがてこの婚活相談所には、一癖も二癖もある変わった面々がひっきりなしに訪れるようになるのだが、それはまた明日の物語である――。
ライルの業務日誌:この日、婚活相談所の職員がひとり加わった。まあ、番犬代わりと思えば、安いものか……。
10月8日12時 『パン屋のトロール』更新予定。