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ライルとミーナの共同生活:序


 ライルは婚活相談所のさらに地下に住んでいる。


「前世はネズミかなにかですか」

「安心してくれという言い方は自分でもどうかと思うけど、好きで住んでいるわけじゃないからね」


 ドアを開くと、広い部屋がライルとミーナを出迎えた。


 大きなソファーに簡素だがいい素材を使ったテーブル。壁紙はクリーム色で統一されており、部屋にはほんのりとアロマの香りが漂う。不思議なのは陽光が部屋を照らしていることだ。


「魔法で陽の光を入れているんだ」

「なんか、えっ、いい部屋に住んでますね……?」

「そうだろうそうだろう。どうだ、僕のことを見直したかい?」


 得意げなライル。ミーナは顎に手を当てて。


「婚活相談所の業務がない日に、コツコツと家具を揃えたり、部屋を整えたんですか?」


 ライルが目をそらす。


「……そうだけど、それがどうかした? 自分の部屋の居心地をよりよく改善しようとするのは、なにも悪いことじゃないだろう」

「そうなんですけど、所長って友達とか……」

「顔馴染みなら何人かいる」

「あっ、はい……。あの、なんかすみません」

「謝るのはやめないか」


 ミーナはその場にどさりと荷物を置いた。着替えや日用品などの一式だ。


 きょうからここでライルとミーナは一緒に暮らすことになる。


 証明してやる! と息巻いたライルは具体的な案をもっていなかったのだが、ミーナが「じゃあ下宿しますよ」みたいなことを言ってきたのだ。


 未婚の男女がひとつ屋根の下で一緒に暮らすことに対して思うところがないわけでもないが、まあ、今回はそういうのじゃないしな、とライルは軽く受け止めた。


 今回の目的はあくまでもミーナが「すごい! ライル所長みたいなしっかりとした倫理観をもったマトモなエルフもいるんですね! あたしもこれから婚活頑張ります! 本当にありがとうございました!」と深々と頭を下げて、気持ちを入れ替えることなのだから。


「部屋は四部屋あって、ひとつは僕の寝室。もうひとつは片付けておいたから、君の寝室にするといい。このリビングは共同スペースということにしよう」

「残りのひとつはなんですか?」

「あー」


 ライルはどうしようかと迷った。


「まあ、大したものじゃないよ。ただ、絶対に開けないでくれればいい」

「えっ、こわ。バラバラ死体とかたくさん隠してあるんですか。こうして部屋に次々と女を連れ込んでは解体して……? だからか弱いあたしを狙って……!?」

「君がか弱かったら、この大陸はとっくに海の底だよ。別に法に触れるようなことはしていないから。頼むよ」

「はあ、わかりました」


 ミーナはうなずいた。


 そんなこんなで挨拶もそこそこに、ミーナとライルの同棲……というほどに色気も別にない、共同生活が始まった。





 昼は婚活相談所で所長と受付というそれぞれの職務を全うし、家に帰ってからはそれぞれ適当にのんびりと過ごす。


 正直、ライルはミーナのことを侮っていた。


 相手のエルフ男性が人格の壊滅した破綻者ばかりだったからとはいえ、ミーナ自身もS級冒険者。常識なんざ持ち合わせていないだろう、と。


 リビングで書をめくっていたライルに、腰に手を当てたミーナが注意する。


「ちょっと、所長。脱いだ服をそこらへんにポイしないでくださいよ。ほら、ちゃんと洗濯カゴに入れといてくださいね」

「あ、ああ、すまない」


 ミーナはかなり気配りの効く女性だった。


「一人暮らしが長い男性ってどんどん神経質になっていくイメージありましたけど、所長はそんなことないですね」

エンシェントエルフは長命というか、ほぼ不死種だからね。あまり細かいことは気にならなくなっていくんだよ。だからその中では僕はだぶ神経質な方で間違いないよ」

「確かに。ハンガーの向きを揃えるのと、タオルの色を揃えて畳むのだけは気にしてますもんね」

「もちろんだ。むしろ無頓着な君のほうがどうかしていると思う」

「あーはいはい」


 ミーナは適当に聞き流しつつ、空いた時間で部屋に箒をかけていた。「別にそんなことをしなくてもいい」とライルは言うのだが、「なんだかついつい手を動かしちゃうんですよねー……」とミーナは苦笑いをしていた。


「ローミオンさんのところで、徹底的に仕込まれたからでしょうかね……」

「なんだかもはや強迫観念みたいだな……」


 ミーナばかり働かせるのも申し訳ないので、ライルも暇があれば身の回りの細々としたことに気を配るようになっていった。


 でも、そのほとんどが先にミーナが手を付けていたことばかりで。


「僕は君がもっともっとがさつな女性だと思っていたよ。なんせ、もと冒険者だし」

「あははー」


 きょうの夕食はミーナが作ったものだった。ライルが残業をして婚活相談所の書類を片付けて部屋に帰ると(地下への階段を下るだけなので徒歩10秒ぐらいだ)ミーナがご飯の用意をしていてくれたのだ。


「料理だって冒険者なら誰だってできますよ。冒険者は年中お金ないですし、どこでも食料が確保できるわけじゃないですからね。ダンジョンに出てくるモンスターの毒を抜いたり、旨味成分だけを捌いたり、自然と覚えていきますよ」


 それに、とサラダをつまみながら。


「冒険者パーティーの解散の理由の20割は人間関係のもつれですからね」

「一回もつれたあとにまたもつれる確率が10割か……」

「ええ。なんで性格だっておおらかだったり、当たり障りのない感じになっていきますよ。冒険者は色んな人いますけど、長く続けている人ほどまともな人が多いですね。代わりにカネを持ち逃げしたり、ルールを破ったりするやつに対して、どちらかというとモラルの面で厳しくなっていったりします」


 シュッシュッとミーナは「処刑、処刑」とつぶやきながらその場で拳を振った。光のような拳打だった。それさえなければ、ミーナはひどくまともな女性に見えていただろう。


「……なるほど」


 ミーナの作ってくれた食事は多少味付けが薄かったけれど、それでも十分満足のいくものだった。


「僕は君のことを誤解していたかもしれないな」

「え、そうですか?」

「S級冒険者なんていう怪物なんだから、サンドバック用の奴隷をいつも家に置いていたり、本能が押さえられなくなった月の出る夜はわざと治安の悪いところにいって絡んできた男を全殺しにして血を啜るのだとばかり思っていた」

「そんなやつを婚活相談所の受付で雇うって所長もだいぶどうかしてると思うんですけど!?」


 もちろんそれは冗談だったが、ミーナが至極まともな女性だったというのは、ライルにとってありがたい話だった。


 まともと言うには、そのルールを破った相手に対する罰がちょっと度が過ぎてないか? という気持ちも当然あったが……。


「冒険者は極道な商売ですからね。ナメられたら終わりなんですよ、ナメられたら」という言葉に納得はできないものの、理解はできた。特にミーナは若い頃から冒険者を続けてきた女性だ。色々と嫌な目に遭ってもきたのだろう。


 この分なら、彼女はきっとライルがいかに地に足のついた人格者のエルフであるかを、きちんと見極めてくれるだろう。


 心配はなにもない。ミーナとの短い共同生活も解消だ。彼女はこれからもエルフを追い求めて、そして理想のパートナーと結婚するのだ。異類婚姻譚はここに成るだろう。


 だが──。




 そんなに簡単にうまくいくようなら、致命的な男運をもつミーナがエルフ不信になるはずがないのだ──!




ライルの業務日誌:ふう、よかった。早くも誤解が解けた。ミーナくんはやはり理性的で明晰な女性だった。面接で彼女を雇った僕の目に狂いはなかったんだな。

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