冒険者のミーナ その4
「こちらが私の家族です」
「――ッ」
というわけで、ミーナひとりがローミオンの家まで通されて。
こうして家の門の前で、家族を紹介してもらったのだが。
ミーナは言葉を失っていた。
なぜなら……。
「よろしく、ミーナさん」
「あら、可愛らしいお嬢さんだこと」
「ずいぶんと元気そうな方ね。安心しましたわ」
ずらっと立ち並ぶ女性たちが、あまりにも若々しくて美しかったからだ。エルフ! パラダイスオブエルフ! なんてエルフエルフしい世界!
その中で男性はローミオンひとり。まるでローミオンが築き上げた彼だけのハーレムのようだ。
ミーナはその美女たちが醸し出すあまりの迫力に少しのけぞってしまう。
「え、えと……。こちらの方々は、妹さんですか? あるいは、娘さん……?」
あらまあ、とエルフの女性たちはクスクス笑う。老獪な微笑みだった。
ミーナが頭にハテナマークを浮かべていると、ローミオンが『君は何を言っているんだ』という目でこちらを見ていた。
「私の母と、祖母と、曾祖母だよ。他の人たちも皆、血縁だ」
「えっ!? ええええええええええええ!?」
マジかよ。ミーナは目を剥いた。全員二十代にしか見えない。なんという美貌だ。エルフ恐るべし。そのエキスを分けてほしい。
彼女たちの立場を、ひとりずつローミオンが紹介してゆく。叔母。叔母。親戚。祖母の姉妹。その誰もが若々しく、美しい。美人すぎて見分けがつかないほどだ。
「というわけで、私たちは家族十三人で暮らしているんだ」
「ひえー……」
どうやら父親や祖父は村を出ているらしく、完全な女系家族だ。十二人の女性陣とたったひとり男性のローミオン。そこに嫁ぐことがどれほど恐ろしいことになるのか、今のミーナにはまだ想像がつかなかった。彼女は未来への希望だけを胸に、頭を下げる。
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いしますっ!」
勢いよく挨拶をすると、その赤毛がふわりと揺れる。そんなミーナを見るエルフの女性陣の目は、冷やかなものであった。
そして、試練の日々が始まる!
初日。
「それじゃあミーナさんの部屋を案内しますわね」
「は、はい。よろしくお願いします」
長い髪の女性に案内されながら、ミーナは旅行鞄を抱えて、おっかなびっくりと屋敷の廊下を歩いていた。
ローミオンの屋敷は広く、何部屋も何部屋もあって、ひとりで歩くと迷子になりそうだ。木を組み合わせてて作られたらしい構造で、玄関で靴を脱いで上がるのがミーナにとっては新鮮だった。
さまざまな文化の違いについて、一日も早く慣れなければならないだろう。そんな種族の壁を乗り越えて、エルフと結婚するのだ。それこそがミーナの夢なのだから。この長い廊下も夢への一歩と思えば、こんなに嬉しいことはない。
ミーナに、エルフの美女(母か叔母か親戚か祖母かまだ見分けがつかないのだ!)がくるりと振り向きながら微笑みかける。
「そういえばアナタ、長旅で疲れたでしょう? きょうはお部屋でゆっくりするといいですわ」
「あっ、はい! お気遣いありがとうございます!」
すごい、優しい。エルフさん優しい。じーんと胸が温かくなってゆく。
しかしエルフの美女は前に向き直ってぽつりとつぶやいた。
「……でも、これぐらいで疲れてしまうような子が、これからエルフの里でやっていけるのかしら? 少し不安になってしまうわね」
「あっ、大丈夫です! あたし全然疲れていませんから! なにかお手伝いすることがありましたらなんなりとお申し付けください!」
ぴたりとエルフの美女が立ち止まった。
「でも、アナタはローミオンさんのお客さんでしょう? お客さんに家のことをしてもらうのはねェ……」
「い、いえ!」
ミーナは胸に手を当て、ドキドキしながら声を張った。
「あ、あたしもこの里で暮らす以上、家族みたいに扱っていただければ! 種族は違うかもしれませんが、そのつもりで来ていますから!」
「……あら、そう?」
彼女は振り返る。そこには威圧的な笑みが張りついていた。思わず『うわぁ』と声が出そうになるのをミーナはこらえた。結婚は当事者同士のことではあるが、しかし相手のご家族に気に入られるに越したことはない。
「うふふ、ありがとう。でもきょうは本当になにもないのよ。慣れない土地で大変でしょうから、ぐっすりと休んでちょうだい」
「は、はい。ありがとうございます!」
もしかしたらなにか試されていたのかもしれないと思いつつ、ミーナは大きく頭を下げる。
その後、ミーナは離れの部屋に通された。本当は初日からローミオンとイチャラブ生活が待っているんじゃないかと淡い期待を抱いていたが、さすがにそれは都合良すぎる夢だった。
だが、焦ることはない。なぜなら自分はローミオンと一つ屋根の下に暮らしているのだから!
明日は早いから早めに寝たほうがいいというアドバイスを受け、ミーナは言う通りにすることにした。
ミーナは離れでお弁当の残りをひとりむしゃむしゃしてから、横になる。床の上に敷くタイプの寝床は新鮮だったが、しばらく経つとなんだか節々が痛くなってきた。
「うう、隙間風が……、さ、寒い……」
おまけに毛布も薄く、風通しはよく、ミーナは凍えて毛布代わりに着替えを乗せてなんとか目を閉じる。楽園であるエルフの里での一日目は、あまりにもわびしい夜だった。
結局、あまり眠ることができず、翌日を迎えることになった――。
二日目。
「ミーナさん、朝ですよ」
「ふぁ!?」
夜更け過ぎにようやくうとうとし始めた頃、ミーナは起こされた。
目を開けると、頭上にありえないぐらいの美人が立っている。その幻想的な美しさを目の当たりにして、はてこれは夢だろうかと思ったのもつかの間、ミーナは飛び起きた。
「あっ、はい、おはようございます! 朝早いですね!」
「そうね、うちはだいたいいつもこれぐらいにみんなが起きてくるんですよ。お客さんだったらまだまだ寝ていてもいいのですけど」
「いえ、家族ですから! あたしも起きます!」
「あら、そう? じゃあお外の井戸で顔を洗ってきたら、朝食の用意をするから台所に来てくださる?」
「はい!」
ミーナはびしりと敬礼し、タオルをもって顔を洗ってくると、そのまま台所に直行――しようとしたのだが、盛大に家の中で迷ってしまった。迷いの魔法がかけられているんじゃないかってぐらい、複雑な構造をした屋敷である。
へとへとになって台所に到着すると、立ち入った瞬間に怒鳴られた。
「遅い!」
「ひっ」
そこに立つのは他の人たちよりも遥かに威圧感をもつエルフの女性だった。尖った耳の先には三つのピアスがついている。それがエンシェントエルフの証であることをミーナは知らなかった。けどこの人がめっちゃ怖い人だということはわかった。
「あなた、うちに嫁ごうとしている娘が、そんなだらしない体たらくでどうするんですか!」
「すっ、すみません、迷ってしまいまして!」
「言い訳は聞きたくありません。ほら、メレスベスさんのところへ行ってお手伝いなさい」
「は、はい」
メレスベスさんって誰だろう……。
料理場には五人のエルフがせわしなく動き回っている。どれも美人なのだが、美人過ぎて誰が誰だか。
顔は小さくて目は大きくて鼻梁が通っていて手足は細くて長くて、耳が尖っていて肌が綺麗で白くて、そうして髪が緑色に輝いている。その中にぽつんと混ざっていると、自分がなんだかすごく場違いなところに来てしまったような気がして、妙な胸騒ぎを覚えてしまう。
自分はこの中でうまくやっていけるのだろうか……。
エルフの里に来るなんて、身の丈にあっていない行為だったんじゃないだろうか……。
いっ、いかん! ろくに寝れなかったからか心がしぼんでしまっている!
ミーナは気合を入れ直すと、適当に「あの、メレスベスさんを手伝って言われたんですけど!」と声をかけた。するとそのうちのひとりが振り向いてきた。
「あの」
「あっ、はい、メレスベスさん! なんですか、あたしなんでもやりますよ!」
エルフの女性は外を指した。
「メレスベスは外の菜園で朝食の葉を摘んでいます」
「すみませんでしたー!」
ミーナは慌てて外に向かった。そんなの知らないよ! だって台所に行けって言われたんだからさあ!
そんなこんなで、二日目は美人軍団に頼まれて家の手伝いをしているだけで、あっという間に過ぎていってしまった。
森にいって草を摘んだり、草の違いがよくわからなくて怒られたり、朝も昼も夜ごはんもぜんぶ草しか食べられなかったり、「あの、お肉とか食べないんですか?」って聞いた途端に全員がぎょっとした目でこちらを見て、「これだからニンゲンは……」「野蛮で……」「お肉だなんて……」とヒソヒソ囁きあって針のむしろみたいな感じになってしまったことなどなど。
文化の違いをヒシヒシと感じながら疲れた顔でミーナはとぼとぼと寝床に戻っていた。
「あっ、そういえばきょう、一度もローミオンさんと会ってない……」
気づいたミーナは愕然とする。結局一日中いいようにこき使われただけだった。もしかしたらこのために自分は呼ばれたんだろうか。だから体が丈夫な人を求めていたんだろうか。
ミーナはぽつんと廊下に立ち止まる。そんなときだ。薄い戸の隙間から光が漏れている。無意識にそちらに顔を向けると、部屋の中には足を組んで座りながら本を読んでいるローミオンの姿があった。
「あっ、ろ、ローミオンさん」
戸を開いて声をかけると、彼はこちらに目を向けてきた。
「ああ、君か」
そう声を掛けられただけで、ミーナの心臓がきゅんと鳴る。ああ、自分はエルフの殿方に存在を認識されている……!
妙に低レベルな喜び方をしながら、ミーナは部屋に立ち入る。
「あの、なにをしているんですか?」
「本を読んでいるんだ。私は本を読むのが仕事だからね」
「そう、なんですか?」
「ああ。この村の歴史を編纂するお仕事なのさ」
「へー……、ローミオンさんは学者さんなんですねー」
「昔から外を駆け回るのは、あんまり好きじゃなくて。こうして籠っているのが性に合う」
ローミオンはぺらりぺらりと書物をめくってる。その横顔を見つめていると、ミーナの心がじんわりと温かくなってゆく。
ああ、彼と結婚したら、こんな風に毎日本を読む彼を支える日々になるのだろう。自分は家庭を守り、彼が仕事をしてお金を稼ぐのだ。
しかもそれだけではない。彼のその端正な顔立ちも、あの細長くて色っぽい指も、切れ長の唇も、尖ってチャーミングな耳も、すべてが自分のものになるのだ。
もしたまに冒険にいって疲れて帰ってきても、家にはエルフの旦那様が待っている。しかも自分がどんなに年を取っても、永遠に若々しくて美しい旦那様だ。そんな未来を想像するだけで、無限の活力がわいてきそうな気がした。
「あの、ローミオンさん! あ、あたしがんばりますから!」
「え? そ、そうか」
彼は本から顔をあげて、驚いた目でこちらを見つめている。そんな表情もカッコいいし可愛らしい。結婚したらこの人とずっと一緒にいられるのか。たまらん。
「それじゃあたぶん明日も朝早いので、失礼しますね! また明日!」
「あ、ああ、っとちょっと待った」
「はい!」
呼び止められた! 認識されている! そんな気持ちで立ち止まると、ずっと無表情だった彼は頬を緩めてこう言ってくれた。
「おやすみ、ミーナさん」
はぁああああああああああああああん!
ミーナは悶絶してその場でごろごろ転げまわりながら幸せだようううううううううと叫びまくりたい気持ちを根性で押しとどめると、「おやすみなさい」と利発的な妻を装ったまま微笑みを返した。
よし! ミーナはぴしゃりと自分の頬を叩く。
明日もがんばるドン!!!
こうして、ミーナの婚活体験はあっという間に過ぎていった。