悲しき運命に導かれた師弟の決闘
アグラディアは弓と短剣に適正をもつ、レンジャーという職業だ。
どちらに分化するかによってその後も職業が変わってくる。アグラディアが得意としているかというと、短剣の方だった。
一度家に帰って装備を整えてきたアグラディアの姿は、まさしく十年以上も前にミーナが憧れていたそのままの姿だった。
誇り高き森の宝石。長い緑色の髪を伸ばし、尖った耳をもつ、長き時を生きる種族。エルフ──。
「お前に戦い方を教えたのはこの俺だ。勝てると思うなよ」
「……」
ふたりは距離を取る。
「あたしが勝ったら、先生はもう二度とこの街に来ないでください。あたしも先生のことは忘れます。先生もきっとあたしのことを(物理的に)忘れることになるでしょう」
その脅し文句を、しかしアグラディアは鼻で笑う。
「いいだろう。ならば俺が勝ったそのときは、お前は俺への態度を改め、一生かけて俺へ奉仕をすることを誓うがいい」
「はい」
ミーナは胸に手を当てて、うなずく。
「そのときは、魔術的な誓約でもなんでも受けますよ。先生の傀儡になって生きましょう。好きなようにしてください」
「ふん、ずいぶんと潔いのは俺に負けるはずがないと思っているからか。いいだろうミーナ。その言葉、忘れるなよ」
「もちろん」
そして、ふたりはおのずと構えを取る。
戦いの前の緊張感が辺りをビリビリと震わせた。
間に入ったリンダが、腕を振り上げる。
アグラディアを見て、ミーナを見て。
「それでは──始め!」
戦いのゴングを鳴らす。
月(と物陰に隠れたライル)だけが見守る決戦の舞台にて。
かつての先生と教え子という、残酷な時の流れによって引き裂かれたふたりの運命が、今ここで激突するのだった──。
先に動いたのは、アグラディア。
ミーナの職業であるゴッドハンドは格闘家最上位職のひとつだが、スピードはそこまで高くはない。ずば抜けているのは破壊力だ。それこそ身ひとつで、伝説上の神槍や魔剣と遜色ないダメージを叩き出すことができる。リンダからはよくゴリラ呼ばわりされていた。
しかし人間相手にその拳は、完全なオーバーキルを引き起こすのもまた事実。せめてリンダのような重装歩兵相手ならともかく。
であるため、スピードに全振りしたレンジャーのアグラディアのほうが、速さはわずかに上──。
「どぉれ、ミーナ!」
「──!」
一瞬でミーナの背後に回り込んだアグラディアは、容赦なく短剣を振るう。狙いは首筋。
目にも留まらぬその斬撃をかろうじて避けるミーナ。だが避けた先にもすでにアグラディアが待ち構えていた。
レンジャー系職業の奥義、分身である。
「その程度か、ミーナ!」
アグラディアが蹴りを放つと、ミーナのガードの上からミシリという音が鳴った。鋼鉄の板が埋め込まれた特製のブーツから繰り出されるキックの威力は、大岩をも砕く。
弾かれたミーナを挟み込むように、本体と分身が短剣を突き出す。防戦一方のミーナは「くっ」とうめきながら大きく飛び退いた。
そこに──。
アグラディアは腰から下げたボウガンを瞬時に構え、連射する。それは急所をかばったミーナの全身に深々と突き刺さった。息つく間もないようなような連携。だがこれで終わりではない。
「まだだ!」
アグラディアが印を結ぶ。エルフの得意技であるドルイドマジックによって、ボウガンのボルトが瞬時に枝を伸ばし、ミーナの体に絡みつく。
引きちぎろうと腕を振るうミーナだったが、ふいに膝をつく。ボルトに塗られた麻痺毒が彼女の筋力を一瞬だけ奪ったのだ。その隙が決定打となった。
枝を生やした木のボルトは瞬く間に成長し、地に根を張り、その場でミーナを中に閉じ込めたまま樹木へと変わった。
樹木の檻だ。
「昔からお前は、予想外の攻撃に弱かった。俺の搦手にいつも翻弄され、最後には地に膝をついていたな」
さらに結ばれた印は、本来のエルフが使うはずもない、木々を焼き尽くす禁忌。火のドルイドマジック──。
分身が消え去り、本体と一体化する。魔力が高まり、そして弾け飛んだ。
「──フォレストフレア!」
樹木が内部から炎を吹き上げ、真っ赤な火の粉を散らす。
河原に突如として出現した火の塔は辺りを皓々と照らした。
魔力の炎が収まり、アグラディアは荒い息をつく。
火力を一点に集中した、超短期決戦。その作戦は功を奏したと言ってもいいだろう。実際、ミーナはなにもすることができなかったのだから。
短剣を腰の鞘に、クラスボウを背中に背負い直し。
アグラディアは、リンダを見やる。
「勝負はついただろう」
リンダは眉間にシワを寄せながら。
「これはずいぶんと、派手にやりましたねえ、先生……」
「なに、ミーナはゴッドハンドだ。ならばいくつかの蘇生スキルをもっているだろう。これぐらい、なんとも」
ずさり、と焼け焦げた木の中から人型のシルエットが崩れ落ちてきた。
それは地面に倒れ込んで、動かない。真っ黒に炭化していた。
「……ミーナ?」
心配したリンダが声を上げる。
「え、大丈夫? ミーナ? ちょっと、あの、先生、これ」
「……」
アグラディアは顎に手を当て。
「……決闘上での命のやり取りは、法律でも許されている行いだ」
「せ、先生」
「仕方ないだろう。それを望んだのはあの娘なのだ……ふん、最後までバカな娘だった。たくさんいた教え子の中でも、とびきり、な」
歩き出そうとするアグラディアの背に、リンダが手を伸ばす。
「そ、それだけですか! もっとなにか、すまなかったとか、謝ったりしないんですか!? ちょっと!」
「……ふん、言っただろう、最初に仕掛けてきたのはあっちだった、と。襲いかかる的に容赦などできん。冒険者とは、そういうものだろう」
「そうですね」
いつのまにか、そこにミーナがいた。
アグラディアはびくっと振り返る。全身が焼け焦げた彼女が腕を振るうと、その表面を覆っていた炭が一瞬で消し飛んだ。現れたのは、無傷のミーナ(独身/25才)だ。
「先生の言うとおりです。試すような真似をしてすみません」
「ばかな」
「でもあたしは、それでも先生がどれくらいあたしに本気で挑みかかってきてくれるのか、見たかったんですよ。だって、悔いだけは、残したくないじゃないですか」
「お前は死んだはずでは」
「でもよかったです。先生は全力で戦ってくれたんですね。だったらあたしも、そうすべきですよね。よかった、先生に手加減する気持ちや、有情がなくて。あたしも本気でやれます」
再びアグラディアはボウガンを放った。
ミーナは地面を強く踏みつける。その衝撃波でボウガンの矢は弾かれ、どこかへと飛んでいった。
「なんだと」
「あたしは確かにそれほどスピードは速くないです。でもそのかわり、ゴッドハンドは近接職でも最高の体力をもってるんですよ」
「俺の攻撃が、効いていなかったというのか!?」
「効いてはいましたよ。ただ、あたしを戦闘不能にするにはちょっと、ダメージが足りませんでした。そうですね、」
怯えるアグラディアの前、ミーナは指を三本立てた。
三本。
「先ほどの攻撃を、あと三度も成功させなければならないのか」
「いえ」
ミーナは拳を引き絞り、アグラディアを前に見据えながら告げた。
「少なくとも、あと三千回は耐えられます」
それだけではない。ミーナは致命傷を受けてもHPの半分で蘇生することができる能力を、ふたつ所持している。
無論、戦闘中にHPを回復することができる能力も大量にもっている。
アグラディアの目の前が真っ暗になった。
「では改めて、いきますよ、先生──」
ライルの業務日誌:誰もがわかり合うことのできる理想の世界を、僕らはいつだって夢見ているのに。