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どうしようもないやつはいつまで経ってもどうしようもない


「まあ待て、ミーナ」


 アグラディアが手を前に突き出してくる。


 魔人じみた闘気をまとうミーナに、肌が焼け付くようなプレッシャーを感じているのだろう。


「違う、誤解だ。ちゃんと話し合おうじゃないか」


 今までの男たちとアグラディアとの違いが、ひとつある。


 これまでミーナに制裁を食らったエルフたちは皆、ミーナの力を知らなかった。だからこそ彼女をナメきって、最後にはトラウマレベルのお仕置きを食らっていた。


 しかしアグラディアは、S級冒険者の恐ろしさを十分すぎるほど知っている。決して軽率な発言はすまい。


 つまり、このままではすっきりと気持ちよくお仕置きができない──!


「落ち着けミーナ。お前は頭に血が上っているだけだ。冷静になれ。このままでは話もできないだろう」


 だがそこは、キレ芸に定評のある百戦錬磨のミーナである。


「誤解……? へえ、どんな誤解があるっていうのか聞かせてもらおうじゃないの。アンタの浮気がどこまで誤解だったのか、ハーレムを作りたいって言うアンタの発言の真意がなんだったのかをね」


 S級冒険者らしい知略で、アグラディアを追い詰めてゆく。


 あと位置取りも決してアグラディアを逃さぬように、部屋の出口を塞いでいた。


「それはつまり、お前のことが大事だったからで……」

「大事だったから!? ハッ、言うにことかいて!? アンタ、大事だったら浮気するんだ!? へえええええ、面白いわね! あたしの知ってる『大事にする』と価値観が違いすぎて意味不明でさあ!!」

「大切にしすぎて見えなくなる絆というものもある!」


 アグラディアは怒り猛る女を前に、冷や汗を流しながらも叫ぶ。


「失う寸前になって、初めてわかる大切さというのもあるのだ! 俺にはそれがわからなかった……。そうだ、反省している、すまないミーナ」

「アンタも命を失う寸前になったら、そのたったひとつしかない命の尊さに気づくかな……」

「俺が悪かったと言っている! バカな考えはよせ!」


 彼が今、必死になっているというのは、ミーナにもよくわかった。


 もしかしたら、もしかしたら……だ。


 アグラディアは奥さんと別れたばかりで寂しくて、それなのにモテまくるから調子に乗りすぎてしまい、今回のような発言に及んだのかもしれない。


 今からでもやり直せるとしたら。


 そんな誘惑がミーナのバラバラになりかけた善性を繋ぎ止める。


 心から反省して、またもとのアグラディアに──自分だけの優しい先生になってくれるのなら、それはどんなにいいことか。


「……あたしは」


 ミーナの目の奥の輝きが、明滅する。


 日和るのかミーナ。ついに三人目にして日和るのか。


 このまま日和って何事もなかったかのように毎日を過ごすのか──。


 その瞬間、部屋に飛び込んでくる影があった。


「待ってミーナ!」


 それは全身を覆うマジックアーマーに、凝った意匠の施された蒼く輝く刃をもつハルバードを背負った、リンダだった。


 現役さながらのフル装備をした彼女が部屋にあがると、床がミシミシと音を立てている。国がひとつ買えるだけの装備は、装着するのもまた選ばれし者にしか不可能だ。


 リンダはもともと魔物の攻撃を受け止めるのが仕事だったため、この状態の彼女は街ひとつ消し飛ばす砲撃を受けても無傷で耐える。


「……なにをしにきたの、リンダ」


 だがその点ミーナは、鎧を貫通して体内にダメージを通す拳技を習得しているので、リンダとの相性は悪くない。


 なぜ戦う算段をつけているのかというと、アグラディアがリンダの顔を見てホッとしていたからだ。


 ミーナは日和りかけた心を奮い立たすように、拳をギュッと握り締める。


「今さら止めようと思っても無駄よ。どんな理性的な説得も、走り出したあたしはもう止められないわ」

「ここじゃ物が壊れちゃうから、外に出よう」

「わかったわ」

「えっ!?」


 理性的な説得にうなずくミーナ。叫んだのはアグラディアである。


「いい、ミーナ。やるならとことんやらないと。だいたいこの人、冒険者時代に私にもちょっかい出そうとしていたんだから。反省してまともになるなんてありえないんだよ。長く生きているエルフはちょっとやそっとじゃ変わらないの」

「なにそれ初耳なんだけど」

「だってミーナにそんなこと言ったら気まずいじゃん。ミーナ明らかにエルフ好きだったし」

「え、なんであたしじゃないの? ちょっと先生、なんで?」

「そのような事実は」

「私の方がおっぱい大きかったからでしょ」

「先生?」

「痛い痛い腕痛い痛い」


 ふたりはアグラディアの両腕を掴みながら外に出ていった。


 途中、シャシンをばらまいたことが自分であることをリンダが告げると、アグラディアは重苦しい口調で「そうか……」とだけつぶやいた。





 ネポア市を流れる川の下流。砂利の上に、アグラディアは正座させられていた。その両腕は後ろ手に縛られている。


 雰囲気はマフィアの女二人と、それに楯突いた愚かな男といった風である。


「ミーナ、リンダ、まずは俺の話を聞いてくれ」

「結婚を前提に付き合っている婚約者を放っといて若い女を囲って『ハーレムだー』って年甲斐もなくはしゃぐ気分はどんなでしたか?」

「仕方ないだろう! あいつらが簡単になびいてくるんだから! 人間はチョロすぎる! お前たちという種族が悪いんだ!」

「あーもうううううううう!」


 唐突にミーナが頭を抱えながら叫んだ。


「いい!? アグラディア!」

「呼び捨て!?」


 指差しながら怒鳴る。


「あの頃のあたしは、そりゃもう右も左もわからない小娘だったよ! なにもかも先生に教わって、冒険者としてS級になれたのは間違いなく先生のおかげ! 確かに他の誰に教わってもあたしの才能ならS級になれたかもしれないけど、そのことは確かに感謝しているんだけどさあ!」

「だったらもっと敬意を払ってくれてもいいだろう。ハーレムのひとつやふたつぐらい……」


 ミーナは髪を振り乱しながら。


「十分に払ってたよ! だからってどんだけ甘えてくるんだよ! あたしの忍耐力が霊峰より高くても、あんな扱いされたら無理だよ! 限度があるの! お願いだからあの頃の威厳を保っててよ! そしたらもっと、もっとさあ!」


 リンダが「ミーナの忍耐力は砂のお山より低いよ」とつぶやく。うるさい。


 本当はこんなことしたくないのだ。ミーナだって、好き好んでかつての恩師をぶちのめそうとしているわけじゃないのだ。


 だって彼は、初恋の人なんだから。


 ミーナの瞳からぽたりと涙が溢れる。


 リンダがミーナの肩に手を置いた。


「ミーナ……あのね、当時のあなたからは、先生は大きく見えていたかもしれないけど……。本当の先生は、こんなだったんだよ。私たちが成長して社会を知った分だけ、目線の高さが変わってしまったの」

「なんで成長してないのよ、先生は……」

「あの頃だってきっと善意でやっていたわけじゃないんだよ。田舎から出てきたばかりの若い小娘ふたりがいたから、なんとなく偉そうに先生面してたら、それが気持ちよくなってただけなんだよ。だいたいエルフの年で少女に手を出すような大人がまともなわけないよ……」


 ふたりの教え子にそこまで言われ、アグラディアがさすがに苦虫を噛み潰したような顔になる。


「黙って聞いていれば、遡ってまで俺を非難するとは、聞き捨てならないな。俺はお前たちに冒険者のイロハを叩き込んだ男だぞ。お前たちのことなど、なにもかも知っている。あまり馬鹿にするな」


 剣呑な色が宿った目で睨まれた。


 彼女たちが震え上がると思っているのかは知らないが──。


「ミーナ、お前だって、そっちから交際を申し込んできたのだろう。なのに勝手に裏切られた、幻滅だと騒ぎ立てて、理不尽な話だとは思わないのか。……弟子の教育に失敗したな。S級冒険者という肩書もこれでは本当かどうかもわからない。まったく、もっと可愛げのある女だと思っていたのだが、これでは会わなかったほうがいい。こちらのセリフだよ」

「──」


 その最低な物言いに、ミーナがついにキレる──その寸前だった。


 リンダがアグラディアの両腕を結んでいた縄を(素手で引きち)切った。


「なるほど、なるほどなるほど、なにもかも知っている、と。そしてミーナはバカで、先生はあの頃と同じように自分を尊敬しろ、と。はいはい、なるほどね」


 アグラディアとミーナが向かい合うその真ん中に立つ。


「だったら、その尊敬できるところを、ぞんぶんに見せてもらいたいものだよ」


 リンダが背中のハルバードを手に持ち、石突を地面に突き刺した。


「決闘」

「え?」


 問い返してくるアグラディアに、リンダは真剣な顔で告げる。


「決闘だよ。そんなに自信があるんだったら、やってみてよ。私が立会人になるから。そのために来たんだから。ほら、決闘。ほら」


 アグラディアは喉を鳴らす。


「……決闘、だと……? ふ、ふん、良いだろう。再会したバカ弟子に礼儀というものを叩き込んでやろうじゃないか。かつての教え子相手だからといって、俺は容赦はしないぞ!」


 一方、ミーナは。


「リンダ」


 風に吹かれる草のような無の声だった。


「なに」

「色々と、ありがとう。リンダがそばにいて散々な思いもしたけど、リンダが友達でよかった」

「そりゃどうも」


 苦笑いするリンダに背を向け、ミーナは両手の拳を打ち鳴らした。


「お望み通り、叩き込んでやるわ。その五臓六腑の芯核に──常識を」


 



ライルの業務日誌:人はなぜ争うのだろう。

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