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闘神開眼


 なにかを得るためには、結局なにかを犠牲にしなければならない。


 自分は生涯の伴侶にエルフというスーパー美形男性を選んだのだから、それぐらいは我慢してしかるべきものだと、ミーナは思ったのだけど。


 夜、ミーナの前にはリンダが現れた。婚活相談所の前で、ミーナが出てくるのを待っていたのだ。


「ちょっと付き合ってほしいんだけど、いいかな、ミーナ」

「でもあたし、先生びけいが待ってる家に帰らなきゃいけなくって」

「ちょっとでいいから、いいからいいからほらほら」


 あーうー、とミーナはズルズルと引きずられてゆく。


「……ミーナちょっとパワー落ちてない?」

「最近あんまりご飯食べてないからかなあ」

「……まったくもう、ミーナの目を覚まさせてあげるんだから」


 引きずられていった先は、いつもの酒場……ではなく。


 ちょっとお高めの、この街で古くからやっている高級な個室付きのバーであった。


「ここだよ、ほら入って入って」

「はあ」


 言われるがままに、一室に入るとだ。


「どうも」


 そこにはいつか見た、長い金色の髪をもつ高貴な血族のエルフがいた。びっくり!


「えっ!? ライルさん!? ど、どどどうしてこんなところに……!」


 頬を染めたミーナは慌てて髪を直しながら、エンシェントエルフの前の席に座る。リンダが生暖かい目でこちらを見つめているが、それにも気づかない。


「いや……君が、エルフの言うことしか聞かないからって、やってきたんだよ」

「は、はい……え? な、なんのことですか?」


 明らかにドキドキしているミーナ。薄暗いバーにエルフのまとう高貴な輝きが薄く光っている。とても神秘的な姿を前に、心臓の鼓動が早鐘を打ちまくる。


 だめだめっ、トキめいてちゃダメよミーナ! あなたにはエルフの婚約者がいるのよ! 必死で胸を抑えるが、しかし走り出したラブハートはどうにも止まらない!


 その間に、リンダはパシャパシャとカメラでシャシンを撮っている。(ミーナは気づかない)


 そうだ、言いたいことがあったのだ。


「あ、あのっ、そういえば、前は助けていただいてありがとうございます……。ずっと、お礼を言えなくて、そのことが心残りだったんです! えっ、でも、うそっ、こんなところで会えるなんて……も、もしかしてリンダとお知り合いなんですかっ?」

「向こうが一方的に僕を知っていただけさ。そんなことより……」


 男は微苦笑しながら。


「君は人からやられて嫌なことはしないほうがいいと思う人かい? それとも、人から嫌なことをされたら、やり返すって思う人かな?」

「どちらかというと後者ですね! 万倍にして返します!」


 笑顔で言うミーナに、男は口元をほころばせた。


「そうか、それはなによりだ。僕がここに来た意味もある。久しぶりに、君のそんないい笑顔も見れたことだしね」

「えっ、いい笑顔だなんて、そ、そんな……」


 ポッと頬を染めるミーナの手を、男が握る。


 温かい手だ。


 美形なだけじゃなくて、手も温かいとか……やばい!


「あっ、あのっ、手っ、手……っ」

「君は婚約者がいるらしいね。でも、その婚約者はハーレムを作ろうとしている。そうだろう?」

「ど、どうしてそれを……! なんでもわかる美形パワーですか……!」


 男──まあライルなのだが──は、そんなクソダサいやつじゃないよ、ってツッコミたかったけど我慢した。今は雰囲気が大事なのだ。


 頬を真っ赤に染めたミーナに、ささやくように。


「……そこでだ、ひとつ頼みがある。僕とお友達になってくれないか?」

「ひぇっ!?」


 ミーナは一瞬飛び上がったものの。


「だ、だめですよ……そんな、先生を裏切ってそっちになびくなんて、あたしそんな移り気な女じゃ、女じゃないんですから……!」

「いや、なびくとかちょっと話が飛躍しているんだけど……まあ当然、男友達を新しく作るというのは相手の人もいい気はしないだろう。普通なら、ね」


 ライルはうなずく。


「けれど、彼は『ハーレムを作りたい』と提案してきたんだろう? それに浮気もどっさりしているらしい。だったら、どうして君だけが我慢する必要があるんだい? 僕と気晴らしに遊んでくれるぐらいは、構わないと思わないかな?」

「……え?」

「気晴らしだよ、ただの気晴らし。友達として、こうしてたまに話をしてくれるだけでいい。たったそれだけの自由も、君には許されないのかい? 相手もそんな度量の狭い男じゃないだろう? ねえ、ミーナくん」


 ミーナは三秒たっぷり考えた。


 普段ならそれでも、「いや、でもそういうのは……」となるだろう。


 けれど、目の前にいるのは、水晶のように輝く幻想的な蒼い瞳をもつエルフ。天上の美を凝縮して創り出したような、最高の芸術品。


 三秒考えた後、ミーナは大きくうなずいた。


「いいと思います!!!!」





 ミーナはスキップしながら帰路を辿る。


 心はふわふわした気分だ。まるでアグラディアと再会したときのようだ。まさかあのライルさんが自分とお友達になってくれるだなんて。


「ただいまー」


 家に帰ると、アグラディアがリビングで待っていた。


「ミーナ、ここに座るんだ」

「はーい」


 るんるん気分でアグラディアの前に座る。彼は難しい顔をしていた。


「先ほど、部屋の郵便受けにこんなものが入っていた」

「?」


 テーブルの上に置かれたのは、ミーナが完全に上気したトロトロのデレ顔で、古エルフに手を握られているシャシンだった。


「えっ、いつの間に!?」


 隠そうともせずリンダがパシャパシャ撮っていたのだが、ミーナが気づかないのも無理はない。だって、目の前にエルフがいたんだから!


「この技術は、どこにでもあるものじゃない。が、それはともかく……どうしてお前が見知らぬエルフと一緒にいるんだ。なにをしていたんだ」

「えっと……お、お友達にならないか、って誘われて……。あっ、でもふたりきりじゃなかったですよ、リンダも一緒でしたよ!」


 ただ、帰るときにはもうリンダの姿はなかったように思える。どうだろう。覚えてない! お酒も飲んでいないのに、脳のメモリーがいっぱいいっぱいだったのだ!


 アグラディアはその直後、テーブルを叩いた。


「……浮気していたのか、ミーナ!」


 驚いた。両手を振る。


「えっ、ち、違いますってば!」

「お前は、俺だけと言いながら……。どこの骨とも知らないようなエルフと……お前はエルフなら誰もいいのか!?」


 冒険以外でアグラディアが声を荒げるところを初めて見た。


「誤解ですよ! ただ、お友達にならないかって言われただけで!」

「ええい、言い訳は結構だ! お前がそんなに尻軽な女だとは思わなかった! まさか浮気するなんて信じられん! 最低の女だ! 浮気など!」


 ……。


 いや、でも……。


 ……浮気浮気って……さすがにそれは、おかしくないだろうか?


 トチ狂っていたミーナの脳内回路が徐々に回り始める。


「ちょっと待ってくださいよ、先生。浮気するなんて最低だって今言いましたけど……」

「なんだ」


 あのずっと好きだった理知的で優しい目に睨まれる。ちょっとだけ心が挫けそうになりながらも、ミーナは自分の大事ななにかのために言わなければならないと思った。


「……でも、先生なんてもう何十回もしてますよね? あたしは一度したって思われただけで最低なんですか?」

「今度は責任転嫁か。ということは、浮気をしたと認めるわけだな? その上で開き直るとは、そんな風に教育した覚えはなかったはずだがな」

「いえ、開き直るとかそういう話ではなく、ですね? なんで先生はよくて、あたしはダメなんですか?」

「決まってる。男と女は体の構造が違うからだ。男は種を残すことが本能だが、女は違う。女が浮気をすることは、男よりも罪が遥かに重い。当然の話だ」

「…………」


 納得がいかない。


 普段なら、グッと我慢して謝るはずだ。彼に嫌われたくない一心で。


 よくない、このまま言い争うのはよくない。この道の先にあるのはどうしようもない未来に違いない。


 だが……。


『君は人からやられて嫌なことはしないほうがいいと思う人かい? それとも、人から嫌なことをされたら、やり返すって思う人かな?』


 なんて答えたっけか。


 自分は、どう生きてきただろうか。


 これまでの25年間。冒険者になり、アグラディアに出会い、どう生きるように教わってきただろうか。


 笑顔で、なんでもハイハイとうなずいて、人に合わせて我慢して、へらへら笑って我慢して、拳を握って我慢して、生きていくように教わった?


 いや、違う。


 結婚は我慢って言うけど……。


 ──でも、そういうことではないはずだ。


 ミーナはゆっくりと、だけれど強い意志とともに、口を開いた。


「本能、本能、って男の人はよく言いますよね」

「誰もが本能は逆らうことができないからな。それは人の体に刻まれた、定めのようなものだ。いくら理性で取り繕ったところで、女が言いよってくれば抱かずにはいられないのだ。だが女は」


 ミーナはその場でテーブルに拳を落とした。


 それは神の眼をもってしてでも見切ることはできぬ──光のような拳撃であった。


 テーブルは真っ二つに割れ、ガタンと倒れた。


「だったらですよ、先生……。あたしがここで闘争本能を爆発させるのも、それは人の体に刻まれた定めのようなもの、ってことですよねえ……?」


 さすがになにかを察知したように、アグラディアは後ずさりをした。


「……ミーナ?」

「あたし、人からされて嫌なことは、万倍にして返す主義だったんですよ……、ず~~~~っと、忘れてました」


 ミーナの目は、紅き月のように血の色に輝いていた。




ライルの業務日誌:取り返しのつかないことをした気がするけれど、まあいいか!

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