性格の破綻してないエルフはいないという悟りの境地
「ミーナくん、受付代わるから休憩に入るといいよ」
「……」
「ミーナくん?」
「……あ、すみません、所長」
ミーナは力なく微笑む。
「なんか、ぼーっとしてました。なんですか?」
「休憩に行くといいよ」
「……あ、もうそんな時間ですか。でも別にいいですよ、あたしお腹へってませんし……」
受付に座っていたミーナはそれで話が終わったとばかりに正面に目を向け、また浮かない顔でため息をつく。
アグラディアが浮気を繰り返すようになってから、ずっとこの調子だ。
私生活がバリバリ仕事に影響を及ぼすというのは婚活相談所の職員としてどうなんだろう……と思わずもないけれど、そもそも相手をミーナに紹介したのはライルだ。罪悪感が募る。
しかし、彼女はライルが説得したからといって、アグラディアと付き合うのを辞めるような女ではないだろう。
だからといって、見て見ぬふりをするのも気分はよくない……。
「ミーナくん、そういえば新しい婚活相手のリストが届いたよ」
「あ……えと、整理しますね」
「いや、そうじゃない。エルフはいなかったけれど、なかなかオススメの人物が入っている。どうだい、軽く目を通してみるというのは」
「はあ」
ミーナは曖昧にうなずいただけだ。
「なんか、お気遣いありがとうございます、所長。でもいいんです、あたし、理想のパートナーと出会えましたから……」
その笑顔は儚い。
これはずいぶんと重症だ。
そのときだ。バーンと扉が勢いよく開かれた。
「ミーナはいるか!」
「……クラウス?」
何度か一緒にパーティーを組んだだけの冒険者、クラウス(25歳 独身)を見てミーナが首を傾げる。
「ああ、そういえば、まだ婚活中だったね、クラウス。どう? 新しいリストが届いたみたいだけど、見る?」
クラウスはその手からリストを叩き落とす。
「そうじゃない! なあお前、なんかひどいやつと付き合ってるんだってな!」
「ひどいやつ……?」
きょとんとするミーナを見て、ライルは重症だなあ……とまたもつぶやく。
「あの、イケオジのエルフだよ! さっきもなんか女と一緒に腕組んで歩いていたぞ! どうなってるんだよ!」
「女……。メアリーかな、それともエマ? ライラ? ジュリア? マーガレット? 髪の長い方のライラ?」
「知らねえよ! どうなってんだよお前ら!」
クラウスは地団駄を踏む。
「お前、いつもみたいにキレてブン殴ればいいじゃねえかよ! 相手の女もまとめて顔面ぶっ壊すぐらいの勢いでよ! 恐怖と暴力で人を支配するのはお手の物だろ!」
「あたしをどういう目で見てんのよ……」
ライルは賛同した。確かに手っ取り早い。
しかしミーナは両手の指を絡め、口をごにょごにょとする。
「そんなことして……先生に嫌われたくないし……」
「嫌われたくない……!? お前、あいつに命でも握られてんのか?」
「なんでそうなるのよ……。乙女心よ、乙女心!」
「信じらんねえ……」
クラウスはよろめいた。
「相手はどんな強大な魔法使いなんだ……? ミーナをここまで魅了するとは……」
「違うし! ああもう、そういうんじゃないんだってば! 先生はすっごく優しくて……」
「でも優しいやつが浮気とかしないだろ!」
その言葉に、うっ、とミーナは勢いをくじかれた。
いいぞいいぞ。クラウスもやればできるじゃないか。ライルはそのやり取りを見守る。
「ってか、あたしがどんな人と付き合っててもクラウスには関係ないでしょ!」
「関係ある!」
クラウスは強引にミーナの手を引いた。
「俺は、ワンチャンあれば今もミーナと付き合いたいと思ってる! 確かに胸はリンダより小さいし、キレるとなにされるかこわいが……でも、お前は元S級冒険者だ! カネだってしこたま溜め込んでいるから俺も楽な暮らしができるだろうし」
言葉の途中でクラウスが悲鳴を上げた。ミーナの腕を掴んでいたはずが、いつの間にかその腕がひねられていた。
「あんたこそ付き合ったら死ぬほど浮気しそうだわ……」
「しないってしないって! ホントしないって! だからやめて! この手を、だからこの手を離して! 痛いです!」
ライルはひそかにため息をついた。わかっていたことだが、まあクラウスではダメだよな……。
ミーナがこの日、家に帰ると見知らぬ女がいた。
「あ、どうも……」
「どうも……」
会釈する。相手は自分より若い人間族の女性だ。点灯婦で、町の魔法灯に明かりをつけていたところをアグラディアにナンパされたらしい。
「エルフって……かっこいいですよね……」
「そうですね……」
暗い顔で語り合っていると、アグラディアが帰ってきた。
「ふたりとも、そう固くならず、くつろいでくれ」
「あの、先生……」
「ん、ミーナか、どうかしたか?」
「ナンパしてきた女の人をうちにあげるのは、ちょっと……」
「ああ、そうだな、すまなかった。いきなりでびっくりしただろう。次からはちゃんと事前に言うことにするよ」
「いえ、そうではなく……」
アグラディアがウィットに富んだ話題で女の子を楽しませている最中、ミーナは部屋着に着替えることにした。
『──いつもみたいにキレてブン殴ればいいじゃねえかよ』
ふとした間隙にクラウスの言葉が蘇る。確かにそうすることができたなら、それはどんなに楽だろうか。
冒険者で拳を振るっていた頃はよかった。目の前に壁がそびえ立っても、たいていは殴れば解決したし、殴っても解決しないことにぶち当たったそのときは、拳を鍛えて殴れば解決したのだから。
ミーナは他の人より自分を我慢弱いと考えている。なぜなら常に選択肢のひとつに『ブン殴る』というものがあるからだ。それはどんなときにでも物事を解決することができるオールマイティーのカードだ。
けれど、人の心だけはどうしても殴れない。殴って解決すれば、それはもう元の形には戻らない。関係には戻らないのだ。すべてが壊れてしまう。
アグラディアがひどい人だとみんな言うし、確かにそうかもしれない。でも別に、今のところ自分と彼はうまくやってるし……。世間の価値観にとらわれることはないんじゃないだろうか。
彼はS級冒険者の自分を受け入れてくれている。それはきっと、大事なことなのではないだろうか……。
揺らぐ自信に悩みながら部屋に戻ると、アグラディアが神妙な顔で待っていた。先ほどの女の子もなぜだか緊張した面持ちをしている。
はて、なんだろう。
「ミーナ、話があるんだが」
「はい?」
「実は──」
「えっ」
翌日出社して、昨日あったことを話すと、ライルはたいそう驚いていた。
はははー、とミーナは乾いた笑い声を上げる。
「ですので、『ハーレムを作ってもいいか』と言われまして」
「ハーレムて。ネポア市はそういう制度ないはずだけど」
「さあ……。でも確かに、先生はめったにいないエルフの冒険者で、あの美形ですから……。晴れて婚約者から、ハーレムメンバーのひとりに格下げですよ、はははー……」
「……君はそれでいいのか?」
ミーナは首を傾げる。
「まあ……、なんか色々とモヤモヤした気持ちはありますけど、いいんじゃないでしょうか……。ハーレムは男の夢って言いますし、実際先生はモテてますし……」
「……よくないな」
ライルは眉間にシワを寄せる。
今まで言うまいとしていたけれど。さすがに、もうそろそろ潮時だろう。
最近のミーナを見ていると妙にイライラする。刺々しい心を落ち着かせながら、ライルは倫理を説く。
「君と相手の関係は、不健全だ」
「はあ」
ライルが真剣な顔をした。
「ふたりで話したって決めたのなら、ハーレムもいいだろう。けれど、ミーナくんはただ相手の要望をなんでもかんでも許容しているだけだ。それが理想のパートナーって言えるのかい?」
「それは、別に……」
「君は明らかに納得していない。今の状態が不本意だと思っている。ならば、どうしてそれを言わないんだ。いいだろう、君が言えないのなら僕がその席を設けようじゃないか」
「ちょ、ダメですって所長、そんなことしたら……。こないだのクラウスといい、所長にもそんなの関係ないじゃないですかっ」」
慌てたミーナに、ライルは言い切る。
「関係ある。君にアグラディアさんを紹介したのは僕だ。婚活相談所では、ふたりの婚活が円滑にいくようアフターケアも当然行っている。これはその一環だよ」
「む、むむむ……」
そう言うとミーナは押し黙った。
ライルは指を突きつけながら。
「いいか? 婚活相談所は、お客様が望むことを叶えるのが仕事だ。それはもちろんそうだろう。でも、もうひとつの仕事がある」
「……それは、なんですか?」
「お客様が、『望んでいないことを叶える』ことだ」
ミーナがぽかんとした。
「それって」
「君はここにきたばかりのとき、最初にトロールの男性と、マーメイドの女性を引き合わせただろう。あれだって、両者が望んでそうなったわけじゃない。でも、結果としてうまくいった。婚活相談所がしなきゃいけないのは、お客様の本当の幸せだ。それを為して初めて、異種間婚がうまくいくんだと僕は思っている」
その言葉に、ミーナはなにか感じるものがあったのか、上目遣いでライルを見つめていた。
しばらくして、口を開く。
「……所長の言葉、わかります」
「うん」
しかし大きく両腕でバツを作る。
「でもまあ、それはそれ、これはこれです」
「……え?」
急になにを言い出した? この女。
ミーナはグッと拳を握ると、キラキラとした瞳で。
「だってほら、エルフの人って年を取っても美しいままなんですよ! それってなんていうか、ものすごくオトクっていうか! アグラディア先生だってこれから何十年もずっと若々しくてかっこいいままで、おうちに帰ったらそのエルフさんが出迎えてくれて、一日の疲れも吹っ飛びますよね! だったらハーレムメンバーになるぐらい、我慢しなきゃいけないじゃないですか! それがきっと、性格が致命的に破綻しているエルフを選んだ自分たちの責任! 彼らと寄り添うってことですから!」
ライルは思った。
もうこの娘は、エルフしか見えないんだな……と。
ライルの業務日誌:むしろ命を握られているほうが解決が手っ取り早くてよかったかもしれない。




