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ごめんなミーナ


 以前、ライルから話を聞いたことがあった。


『ああ、これかい?』


 彼が大切そうに磨いているのは、ミアイシャシンを撮るためのアーティファクト──カメラと呼ばれるものだ。


『これはね、大切な友人にもらったものなんだ』


 昔を懐かしむ顔で語るライル。


『当時、種族間の争いは激しくてね、けれどその男はいつか絶対に種族間の争いをなくしてやるんだって、息巻いていたっけかな』


 ふふ、と微笑をこぼす。


『僕は全然信じちゃいなかったけれど、でも彼は彼のやりたいように生きた。彼はね、ここではない別の世界からやってきた男だったんだよ。人間族以外の人たちが大好きで、少し変わった趣味をもっていたやつだった。でも、毎日がとても楽しそうでね』


 ライルが自分のことを語るのは珍しくて、だから妙に覚えていたのかもしれない。


『彼は死ぬ間際に、異世界からもってきた様々なアーティファクトを僕に託してくれた。そして、この世界から種族間の差別をなくしてほしいと頼んで、鬼籍に入ったよ。別にどうだってよかったんだけど……まあ、道楽みたいなものさ。それでこの婚活相談所を開いたんだよ』


 どうだっていいと語るライルは、しかし優しげな目をしていた。


 それはきっと彼にとって、とても大切なことなのだろう。


 亡くなった友人の意志が込められているかのように、彼は丁寧にカメラを磨いていた。



「それで、このカメラがどうかしたのかい?」

「アグラディア先生の浮気現場を押さえたいので、ちょっと貸してくれません?」

「ほんとひどいな!」


 ライルは苦虫を噛み潰すような顔をしていた。




 ミーナがカメラを壊すと怖いので、現場にはライルもついてきた。


 というわけで、ライル、ミーナ、リンダの三人がアグラディアの仕事先の、例のレストラン前にやってきている。茂みの中に隠れ、ヒソヒソと。


「だからって、あたしは信じないからね。先生が浮気してるだなんて」

「百聞は一見にしかずだよ、ミーナ」


 リンダはかわいそうなものを見るような目で、こちらを見つめている。自分を騙すつもりで悪意のあるウソならよかったのに、それはミーナの精神が崩壊しないかどうか心配しているようだった。くそう。


「先生は優しいから、きっとなにかと見間違えたのよ。倒れそうになった女の子を支えたとか」

「ミーナ、向き合わなきゃ、現実と。ここを仕事先に選んだのだって、きっとミーナが入って来づらいからだよ。アグラディア先生はそこまで考えてるんだよ」

「それは全部リンダの想像でしょ? リンダはホント想像力が豊かなんだから」


 ライルはカメラを構えながら帰りてえなあと思う。


「あっ、ほら、出てきた!」


 茂みに身を隠しながらリンダが指差す。戦士より鋭敏な感覚をもつ武道家であるミーナは当然それがアグラディアだとわかっている。


 けれど別に、心配するようなことなんて──。


 若い女の子と、腕を組みながら出てきた。


 えっ。


「ああんもう、アグラディアさんってホント優しい~~」

「そんなことはないさ。俺は特別なことなどなにもしていない。ジェニファー自身の内面の豊かさに敬意を払っているにすぎないからな」

「アグラディアさん大好き~! ね、早く結婚したいな~~!」

「ふ、まだ俺たちは知り合ったばかりだろう。少しずつ関係を深めていこうじゃないか。これから先、俺たちには未来が広がっているんだからな」

「クールでかっこいい~! ちょ~ちょ~大好き~!」


 ライルとリンダが、油の切れた車輪のような動きでミーナを見た。


 ミーナは静かに微笑んでいた。


「なんだ、アグラディアさんとよく似た違う人だったみたいですね。ふー、危ない危ない」

「ミーナ、なんて言うか」

「ミーナくん……」


 小首を傾げるミーナ。


「リンダもライルさんもそんな顔をして……どうしたんですか? あれはよく似た別人ですよ。あたしのアグラディア先生が見知らぬ女にあんなことを言うはずないじゃないですか。だってあたしたちは結婚を前提に付き合っていて……」

「目に光が、光がないよ!」

「こわいんだけど」


 言いながらも無理があったのか、自分を騙すことができなかった。


 そうか、そうかなるほど。ミーナは静かに納得する。


 確かにアグラディア先生は完璧だった。エルフなのに物腰が柔らかく、優しく、自分を大切にしてくれた。


 こんな美男子なのに、性格もいいだなんて、奇跡のような産物だと思った。


 そんな人が自分だけを見てくれていることが、なによりも嬉しかった。けれど。


 自分だけじゃなくて──誰にでも優しかっただけだとしたら?


 リンダが背中をさすってくれている。


「アグラディア先生って、昔からああいうところあったよね……。浮気性っていうか、来る者拒まずっていうか。ミーナは先生に夢中で全然気づいていなかったみたいだけど……しかも、浮気してるのあの女の子だけとじゃないみたいだよ」

「……」

「彼が奥さんと離婚したのも、浮気が原因だろうな……」

「……」


 ミーナがすっくと立ち上がった。


 あっ、やばい。


「あ、あのね、ミーナ! お店を壊すのはいけないと思うんだ! ね、ね!? さすがに、これ以上アレすると街にいられなくなっちゃうかもしれないし、ね!?」


 リンダが必死に制止するも、ミーナには聞こえていないようだ。


 オイオイオイ死ぬわあいつ、とライルは顔をこわばらせる。殺人はまずい。婚活相談所が潰れる。


 ついにアグラディア(むこう)もこっちに気づいた様子で。


「む……ミーナか、どうしてここに」


 額から一筋の汗が垂れる。


 ミーナはにっこりと微笑む。


「先生を迎えにこようと思いまして」

「アグたん~、この女、だぁれぇ?」


 横の女が鼻にかかるような声を上げて、ライルはもうだめだと禁術の詠唱体勢に入る。この一帯を閉鎖空間に変えるしかない。近隣住民を守るための非常措置だ。


 しかしミーナは相変わらずニコニコとしたまま、一片も闘気を立ち上らせたりはしない。


「先生の婚約者です」

「ええ~? アグたん付き合ってる人いないって言ったじゃん~!?」

「まあ付き合っている人は、な」


 アグラディアは居心地が悪そうだが、すぐに殴られることはないと思ったのか、咳払いをする。


「ミーナ、すまない。これはほんの出来心なんだ。彼女がどうしてもと俺を誘うから、致し方なく。すまない」

「えぇ~? アグたんからアプローチかけてきたんじゃん~」

「それは事実ではないな、ジェニファー。ほら、手を離すんだ。俺には大事な人がいるから」

「え~、ひど~~い! あんなに好き好き言ってくれたのに~~! わたし帰る~~!」


 ミーナはまだ微笑んでいる


 プンプンと頬を膨らませて去ってゆくジェニファーの後ろ姿を見送り、アグラディアは後頭部に手を当てたまま頭を下げた。


「なんだ、その……すまない」

「…………」


 ミーナは微笑みながらアグラディアを見上げ、手を差し出した。


「いいんですよ、先生」


 えっ、とリンダとライルが目を剥いた。


 ミーナはなにもかも悟りきった聖女のような微笑みをしていた。


「一度だけなら許しますから。もう次はしないでくださいね。さ、帰りましょう」

「……ああ、すまない」


 うなだれるアグラディアの手を引いて、ふたりは家に帰っていった。



「って、待って!? あのミーナがキレなかったんだけど! どうなっているんですかあれ、所長!」

「わからない……。精神が崩壊したのかもしれない……」







 しかし、もうしないでくださいと言ったが、アグラディアはその後も浮気を繰り返した。むしろバレたことで開き直った節があり、その数なんと82回。


『すまない。俺が愛しているのはお前だけだよ、ミーナ』

『出来心だったのだ。本当に好きなのはミーナしかいない』

『相手に熱烈に誘われて、断りきれなかった。本当に反省している』

『ついつい、足がそっちに動いてしまって』

『なんとなくだったんだ、なんとなく』

『さきっぽだけって言われて』

『そういう日もある』

『本能には逆らえなくて』

『まあまあ』

『それより夕食はなんだ? お腹減ったよ』


 段々と言い訳も雑になってゆく。


 ミーナはそのすべてを笑顔で許した。


「なんで!? ミーナ、どうしちゃったの!?」

「だって!!!」


 仕事終わり、リンダに呼び出されたミーナ。


 結婚を打ち明けられたトラウマの酒場で飲みながら、ミーナはジョッキをテーブルに叩きつける。


「優しいし! 大事にしてくれるし!ずっと憧れだったし! 美形だし! 好きって言ってくれるし!  お仕事してくれるし! お肉食べてもいいし! 両親と同居しないでいいし! すっごく美形だし! 浮気ぐらい! 別にいいかなって!!」


 叫ぶ。


「浮気で済むなら、今まで見たエルフの中で一番マシなんだもん!!!!」


 魂の叫びだった。


 

 

ライルの業務日誌:ミーナくんのエルフ運、ホントなんなんだ……。

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