優しすぎる彼にメッロメロ☆
その人はずっと、ミーナの憧れだった。
田舎から出てきたばかりで右も左もわからず、それでも冒険者の流儀に合わせようと四苦八苦していたミーナとリンダを拾って、そうして稽古をつけてくれたのが彼だった。
厳しくされたこともあったし、ダンジョンにて不注意で罠を踏んでパーティー全員を危険に晒したときなど、その拳を振るわれた。
彼の口調はいつもぶっきらぼうだったが、優しく、彼がいたからこそ今のミーナがあると言っても過言ではない。
剣士アグラディア。その背をミーナはずっと追いかけていて……。
「──死んでる場合じゃない!」
ソファーに寝かされていたミーナは頭の上にのせられた手ぬぐいをふっ飛ばしながら起き上がった。
「よかった、無事だったんだね、ミーナくん」
「ええ、まあ、武道家系最上位職である『ゴッドハンド』のわたしは、心肺停止状態から24時間以内なら蘇ることができることができるスキル《セカンドソウル》を持っていますからね。スキルのリキャストは24時間なので、もう一度殺されたらさすがに死んじゃいますけど」
「へーそうなんだーすごいなー」
ライルが感心していると、ミーナは辺りをキョロキョロと見回し。
「そんなことどうでもいいんですけど! あの、さっき、アグラディアさん! アグラディアさんの声がしませんでしたか!? あれ、冥府の渡し船が化けた呼び声だったのかな!? ついていくと死んじゃう系の! 慌ててあっちから戻ってきたのに!」
「残念ながら」
静かに首を振ると、ミーナはくしゃっと泣きそうな顔になった。別に彼女をいじめる悪趣味もないので、ライルは持っていたミアイシャシンを渡す。
「これ」
「はい。なんですか?」
裏返す。
毅然としたエルフが映っていた。アグラディアの名が記載されている。
「君が本相談所に登録していると教えたら、面白そうなので自分もと言ってきてね。マッチング相手は特に希望がないそうだけど、どうする? 君がご所望の独身エルフだよ」
ミーナは再び倒れた。
なお、今度はHPを半分回復してその場で生き返るスキル《メガライフ》によって生還したそうだ。ライルは、S級冒険者って人間じゃないのでは? と思った。
自宅。丹念に鏡の前で前髪を整える。
どうだろうか、おかしくないだろうか。
ミーナは鏡の中自分に問いかける。
大丈夫だよ☆ すっごく可愛いモン☆ なんて女子力の塊みたいな返事はなかったけれど、まあ、社会人としておかしくはない格好なのではないでしょうか……という控えめな自信のない声が聞こえてきた気がした。
パーティーを解散し、アグラディアと別れたのは、今からもう十年も前。つまりミーナ(とリンダ)が十五才の頃だ。
きょうはマッチングを申し込んだアグラディアと、喫茶店で軽くお喋りをするだけの会なのだが、だからといって油断はできない。
とりあえず彼に、自分が十年前の小娘のままではないんだよということを知らしめるのが、きょうの目標だ。
だからちょっと高めのヒールを履いたし、メイクもドラゴニュートのエリザベスに習って、いつもより大人っぽくしてみた。バッグも普段は持ち歩かないとっておきのものだ。
ああ、緊張する、けれど。
「……ふぅ」
ドキドキも! たくさんしているのだ!
「久しぶりだな、ミーナ。人間の成長というのは早いものだ。見違えたな」
「そ、そ、そうですか? 先生」
「その名で呼ばれるのも、懐かしい」
フッ、とアグラディアは笑った。
そのニヒルで渋い笑みに、ミーナの胸が再びトゥクンと高鳴る。
ああ、やっぱりカッコイイ。どうして今まで男性のエルフなら誰でもいいなんて思ってしまったんだろう。やっぱり自分にとってはアグラディアこそが唯一無二のエルフなのだ。
「しかし、すまんな。お前と飲むならばと思って、このような冒険者用の酒場にしてしまったが、そんなに着飾って来てくれたなら、もう少し洒落た店を選ぶべきだった」
「い、いえそんな! あたしはこういうところのほうが落ち着きますから!」
ミーナはブンブンと手を振る。
それに冒険者用の酒場といっても、普段ミーナが通うような怒号や皿が飛び交うゴミ溜め的スポットではなく、ちょっとお高めの店だ。相談所員の目から見ても、エスコート場所としては十分合格点だ。
彼には社会的常識がある!
「しかし、あの時の娘が今やS級冒険者か。頂にたどり着いたな」
「あ、でもあたしもう冒険者引退したんで……」
「引退? なぜだ?」
「それは……」
ミーナはエールを横に置き、両手を膝の上でもじもじさせ、顔を赤らめた。
「け、結婚しようと、思いまして……」
「ほう。それはめでたい話だが」
しかしアグラディアはミーナが婚活相談所に登録していることを知っているので、当然、相手がいないこともわかっているはずだ。けれどそこを突っ込んできたりはしない。
彼は気遣いができる大人!
「相手は、まだ見つかっていないんですけど……ほら、ちょうどいい機会だったんですよ。あたしたち人間族は冒険者として活躍できる時期も短いですから。先生みたいなエルフと違って!」
「だが成長も早い。俺はいまだB級冒険者だからな」
「でもあたしは先生みたいに、人に教えたりは下手ですから!」
「俺はただ長く生きているだけさ」
しかも謙虚! 自分の功を誇ったりしない!
なんだこの人、完璧すぎないか? 神では?
今までに出会った何人ものエルフどもが流星のように脳裏を過ぎ去ってゆく。自分がたまたま地雷ばかり引いたのか、あるいはこの人が五億年にひとりだけ現れるという真人間エルフなのか。後者のほうがありえそうな気がした。
しばらく、昔話に華が咲いた。今と昔のギャップを埋めるためのの会話だったが、アグラディアは驚くほど変わっていなかった。
ミーナが憧れたあのアグラディアのままだ。
同じテーブルで飲んでいると、見た目の若々しいアグラディアとミーナは、仲睦まじいカップルに見えているだろう。
やっべー、好きー! 好き過ぎるー!
「す、すみません、あたしちょっとお手洗いに」
緊張のためにエールが進む。ミーナがよろよろと席を立つと、アグラディアは「ふむ」とつぶやいて。
「ずいぶんと、可愛らしい靴を履いてきているんだな。足元には気をつけるんだぞ」
「──っ! は、はい!」
や、優しい~~~~~~!
トイレでメイクを軽く直して戻ってくると、飲みすぎたミーナのためにアグラディアはお水を注文していてくれた。優しいい~~~~~~~~~!
正直、ミーナはこの時点でだいぶメロメロになってしまっていたのだが、なにかを申し出る前にひとつだけ確認して置かなければならないことがある。
「あのー……ところで先生ー、先生も婚活相談所に登録したんですよね」
「ああ。この歳になっても、面白いものを見ると、ついな」
アグラディアは面映そうに口元を緩めた。ミーナは普段厳格なアグラディアが、ほんの少しだけ恥ずかしそうにするその顔が好きだった。
けれど、今までさんざん騙されてきた第六感がミーナに『確認せよ』と告げるのだ。
だから──。
「ぶ、ぶしつけな質問ですみません!」
「ふむ」
「ど、どうして奥さんと、別れちゃったんですか……? 奥さんも長年連れ添っていたエルフだったんですよね? すっごく仲良そうだったのに」
「ああ、そのことか」
アグラディアはギクッ! ドッキリ! と胸を押さえることも別になく……。
平然と答えてくれた。
「俺は冒険者だからな。金は持って帰っていたが、家のことはすべて妻に任せてしまっていた。それが彼女にとって不満だったのだろう。子どもが大きくなるまではと我慢してくれていたが、子どもが巣立った今、我慢する理由もなくなってしまったのだ。彼女は彼女の人生を歩み始めたさ」
「なるほど……」
「もともと貧しい村で、男は出稼ぎに行かなければならない環境だった。俺は仕方なく冒険者になったが、そんな事情はどうでもよかったのだろう。フ、男と女というのは、いくつになっても難しいものだ」
「なるほど……!!」
ミーナは納得した。
確かに冒険者との結婚はいつだって難しい。ミーナはアグラディアの事情を完全に理解した。
はー納得! 納得すぎるー!
これでありとあらゆる憂いはなくなった。彼はつまり今、完全にフリーで、第二の人生を歩み出そうとしているのだ。そういうことならと、ミーナは立ち上がった。
自分は冒険者の事情に理解がある。彼女の元奥さんとは違うのだ!
「先生! ……いや、アグラディアさん!」
「どうしたミーナ。急に大声を出して」
「あ、あたしと!」
ミーナは手を差し出し、頭を下げた。
「結婚を前提に、お付き合いしてくれませんか!?」
「……ミーナ」
「ずっとずーっと、先生のことが、好きだったんです! もうエルフ以外の人と結婚する気がなくなるぐらい! ずっと先生の面影を追っていたんです!」
「そこまでか」
アグラディアは軽く驚いたように、その姿を眺め。
顎を撫でて、「ふむ」と口にして。
「これもまた、人生か」
「……っ!」
「そうだな、ミーナ」
「……っ!?」
「ここで会ったのもなにかの縁だ」
「……っっ!?!?!?」
「こんな老いぼれで良ければ」
「………………………………………………」
「喜んで、付き合おう」
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
アグラディアの差し出した手を、ミーナは涙を浮かべながら全力で握りしめた。
「よ、よろしくおねひゃいしひゃす!!!」
「痛いぞミーナ」
こうして、ふたりは付き合い始めた。
ライルの業務日誌:ミーナくんが朝から激キモい顔でニヤニヤしているので、話しかけるのがためらわれる。




