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成婚退会からの心肺停止


 そもそも、結婚とはいったいなんだろう。


 ミーナはひとり、頭をひねる。


 半分リンダへのあてつけで婚活相談所に駆け込んでから、もう半年以上が経った。そろそろもう一度、真剣に考え直す時期が来たのではないだろうか。


 自分が結婚できるかどうかは──とりあえず、この際は置いておこう。


 二度のエルフとのお見合いを通して(相手があまりにひどかったのもあるが)ミーナは自分が意外とたくさんの条件を求めているんだなということに気づいた。


 結婚。


 なんかもう、結婚しなきゃいけないのかなあ……?


 理想の結婚なんて、本当にあるんだろうか。


 それって、隣のパーティーの戦利品みたいなもので、ただのないものねだりじゃないのかなあ。


「……どう思います? 所長」

「しいて言えば、なぜこんな馬鹿なことをしたんだって思っているよ。死ぬまで閉じ込められていてはいいのでは?」


 ガラス窓越しに収監されているミーナを眺めながら、彼女を引き取りに来たライルはこれ以上にない冷たい目をしていた。




 結婚式の二次会会場で大暴れしたミーナとリンダはそのまま衛兵のご厄介になった。


 S級冒険者ふたりの私闘という前代未聞の危機に、街は緊急警報を出すかどうか悩んでいたらしいが、ふたりがダブルノックダウンしたので安心して捕まえることができたようだ。


 レストランの修繕費はふたりの私財から払われた。ただ、金輪際ミーナとリンダがあの店に近づくことは許されないだろう。


 まあそんなこんなで、ムショを出て通常業務に戻り。


 数日は大人しくしていたミーナだったけれど。


「なんだか元気ないですね、ミーナさん」

「え? そ、そうですか? そんなことないですよー、元気元気ー」


 ポケットから取り出したデンゼント硬貨を指先だけの力で粘土のようにコネコネしてみせるミーナを見て、錬金術師のエルフ、アイナノアが顔を引きつらせる。


 本日のミーナは外回りだった。


 よくわからないけど、毎日「結婚かあ……結婚かあ……」とため息をつくミーナを見かねて、ライルが「外の空気でも吸ってくるといい」と言ってくれたのだ。もしかしたらただの厄介払いだったのかもしれないけれど。


「どうですか? あれから」

「その節はありがとうございます、ミーナさん。仲良く過ごしていますよ」


 カップルのその後を伺いにと店にやって来たミーナに、アイナノアは柔らかく微笑む。


 出会ったばかりのおどおどした雰囲気はどこ知らず、すっかり落ち着いた女性に見える。


「さあどうぞ、お嬢さん」

「あ、ありがとうございます」


 白髪頭のヴァンキンスがお茶を差し出してくる。エルフの女性とおじいちゃんのヴァンキンスが付き合っているというのは、傍目からは不思議な光景に見えるけれど。


「あっ」とミーナは気づいた。


「ふたりとも、その指輪」

「ああ」


 ヴァンキンスが少年のように顔を赤らめて笑う。


「僕にはもったいないって言ったんだけど、アイナがどうしてもって。この歳で初婚だなんて、恥ずかしいな」

「初婚って、それじゃあ……」


 アイナノアとヴァンキンスが頬を紅潮させながら、視線を交わして。


「言うのが遅れてごめんなさい。わたしたち、成婚退会することにします」

「ま、遅れたのも君が牢屋に入っていたからだしね。ミーナさんを式に呼ぶかどうかは、ちょっと迷っているところだよ、はっはっは」


 先日の一件は、広く街に知られているようだ。


 うっ、と身を引くミーナ。


「ぜ、ぜひ呼んでくださいよ……。ご祝儀にセベト山の頂上で大火竜ランボルが守っていると言う、伝説の秘薬を取ってきますから!」

「そんなの加工するような設備ないですよ……」


 苦笑するアイナノア。


「わーわー、すごいなあ、おめでたいなあ」


 ふたりは、ミーナが手がけてきた中で、初めての成婚者だ。


 リンダのときとはまるで違う気持ちがミーナの心に芽生える。それは純粋な喜びだった。エルフの女性が結婚して、幸せを掴む。羨ましいなんてゼンゼン思わなくて、ただただ祝福したかった。


「どうぞ、お幸せになってくださいね!」


 手を握り合う異類婚姻譚の物語を前に、ミーナの瞳がキラキラと輝いていた。


 きっと彼女たちの結婚は、素晴らしいものになるだろう。





「ただいま戻りましたー!」


 婚活相談所ちかしつに帰ってきたミーナは、ニッコニコであった。


 ちょうど仕事も一段落したライルが応接室で彼女を迎える。


「おや、なにかいいことがあったみたいだね」

「聞きました? アイナノアさんとヴァンキンスさん、ご結婚されるそうですよ!」

「もちろん聞いてるけど……え、大丈夫? 息子さんが生まれた場合、その身柄を預かるとか言って脅したりしてないよね?」

「あたしをなんだと思っているんですか、所長。そんなの言うわけないじゃないですか。あたしは純粋にふたりを祝福しているんですよ」

「そうだった。君は気に入らなければなんでもブン殴るぐらい生物としてとても純粋だったね」

「わかってくれればいいんですよー」


 ライルの皮肉もなんのその、えへんと胸を張るミーナ。


「ふふふっ、楽しみだなあ結婚式。余興とかやったほうがいいですかね」

「いいんじゃないかな。S級冒険者同士の殴り合いとかどうだい?」

「喜んでくれますかね? 知り合いの結界魔法使いを30人ぐらい集めれば、周りに被害を出せずになんとかできるかもしれませんね……。昔の知り合いに連絡してみましょうか……」

「そういえば」


 ミーナがよからぬことを考える前に、ライルは慌てて話を変えた。


「さっきね、リンダさんがきたよ」

「え゛……冥槍斧ヘルバード持ってました?」

「なんだよその呪われてそうな武器……。素手だったよ。というか、謝りにきたよ」

「謝りに……?」


 きょとんとするミーナに、ライルはうなずいて。


「君がいなかったから、手紙だけ預かったけれど。あと、レストランの修繕費も自分が払うからって、後日お金も持ってくるってさ」

「はあ」


 どういう風の吹き回しなのか。ミーナはライルから手紙を受け取った。


「あの子、昔っからそういうところあるんですよね」

「素手でレストラン破壊するところか。よくお尋ね者にならなかったね」

「じゃなくて、なんか頭に血が上りやすいけど、すぐに忘れちゃうっていうか。素直に謝ってくるから、毒気が抜かれちゃうんですよね」

「君は永遠に根に持つタイプだもんな」

「そうなんですよねー」


 くすっとミーナは笑った。外回りに出たときとは違って、晴れ晴れしい微笑みだった。ミーナも相当に単純である。


「悪い子じゃないんですよ。ただ、自分勝手なだけで」

「それは君たちいい勝負だと思うな」

「似たもの同士ってことは、あたしも結婚できますかね」


 ライルは急に口笛を吹き始めて、ああ忙しい忙しいとつぶやきながらミアイシャシンの整理を始めた。


「うーん、手紙。なんだろ」


 果たし状の可能性も捨てきれなかったけれど、まあそんな迂遠な真似はしないだろう。彼女ならミーナのアパートにヘルバードを担いで直接やってくる。


 ぺりぺりと封蝋を破り、ミーナは手紙を広げた。


 そのほとんどは謝罪で、これからもミーナにはステキな友達でいてほしい、という想いがつづられている。


 苦笑してしまう。


「ほんとに、リンダってば自分勝手……」


 つらつらと読んでいくと、その最後に気になる一文があった。


「旦那が先日、古代語写本の仕事をした際に、エルフの知り合いができて……」


 エルフの一文字が出てきた途端に、ミーナは深呼吸をした。


 まだ、まだだ。期待するんじゃないあたし。


 そうだ。エルフの知り合いからミーナの話を聞いて、村を滅ぼしかけたんだって? 馬鹿じゃないの? って書いてあるかもしれない。エルフ界隈から蛇蝎のごとく嫌われてるよ? って余計な一言が載っているかもしれない。


 今はただ、落ち着こう。粛々と、書いている文字を読もう。


 視線を落とす。


『そのエルフの知り合いさんね、ふふふ、すごい偶然なんだよ。私って昔っから運いいでしょ? そうそう、ダンジョンで間違って罠を踏んじゃったときだって──』


 いいからエルフがなんだよ!!


 危うく手紙を引きちぎりそうになって、ミーナは自制する。


 その一文を読んだ。


『そのエルフさんね、昔に私たちと冒険したあの、アグラディアさんだったんだよ』


 ──。


 あまりの衝撃に、呼吸が止まるかと思った。


 アグラディア。


 それは紛れもなく、ミーナがかつて恋をしていた、あの人だった。


 アグラディアさんの場所がわかった……? いや、でも……。


 ミーナは首を振る。もう一度会ったところで、なんだっていうんだ。妻子から彼を奪うなんて真似ができるはずがない。自分は仮にも、婚活相談所の所員なんだから──。


 続く文字。


『しかもアグラディアさん、だいぶ前に奥さんと別れて、今は独身なんだって!』


 ミーナはどさりと倒れた。


「ん? ミーナくん……?」


 近寄ってきたライルは、急に倒れたミーナを見て、目を見開いた。


「こ、呼吸が止まってる──」






 上から「すみません」という声がして、ライルは慌てて受付に顔を出す。


「す、すみません、今うちの所員がひとり心臓発作で倒れていて」

「……そ、それは、大丈夫なのか?」

「ええまあ、頑丈なんですぐ生き返ると思います。ところでどういった要件でしょうか?」


 こほん、と彼は咳払いをした。


「──ここに、ミーナ・レンディっていう小さな女の子が勤めているって聞いてやってきたんだが」


 そこにいたのは、長身、痩躯。生まれたての若葉の色をした髪を後ろで束ねた男。尖った耳をもち、輝くような美貌に柔和な笑みを浮かべたひとりの立派なエルフだった。


「俺はアグラディア。かつて彼女とパーティーを組んでいた男だ」






ライルの業務日誌:ミーナくんが生きてさえいれば、再会を喜んだろうに……。




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