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闘神激突


 イズレンウェの騒動から、約三十年が経過した。


「あー、エルフと結婚したいですねー……」

「う、うん」


 人間の平均寿命は六十歳とされているこの世界、ミーナは今年で五十五歳だ。


 すっかり年老いたミーナの近くにいるライルは、なぜか若々しいままである。当然だ。彼はハイエルフの一族なのだから。しかし、そんな彼と三十年ともに仕事をしたミーナは、ついぞその事実に気づくことはなかった。


「どこかにいい人いませんかねー……」

「いるとしたらそのエルフはもう、財産目当てなんじゃないかな」

「この際、財産目当てでもいいですよ。あたしの老後に一滴の潤いさえ与えてくれるなら」

「……」


 ライルはそっと目頭を押さえていたが、それがなぜかはミーナにはわからなかった。


「あーあ、どこかにいいエルフの人、落ちてないかなー」


 まるで空から降ってくるお金を期待するかのように、ミーナはきょうも口癖のようにそんなことを言う。


 家に帰れば独りで、ひたすら暇つぶしにトランプタワーを積み上げるだけの人生だった。これなら冒険者を続けていたほうが、ずっとマシな生活を送れたのではないだろうか。


 いったい自分は、どこで間違えてしまったのだろう。


「エルフと結婚したいなー」








「ハッ!!!!!」


 ミーナは目覚めた。


 ここはどこだ? かつて冒険者だったミーナが意識を失ったときにまずすることは、周囲の状況確認である。


 きらびやかな空間だ。ミーナは丸いテーブルに腰掛けていて、目の前には豪華な料理が並んでいる。周囲にはたくさんの人がいた。


 そして壇上には、タキシードを着た優しそうな男性と、ウェディングドレスを着た女性が並んで座っていた。


 そうだ。思い出した。


 きょうはリンダ──かつてミーナと一緒に百の迷宮を攻略し千の魔物を屠った女戦士リンダの、結婚式だった。


 あまりにも幸せそうな旧友を見て、意識がトンでしまったのだ。


「ミーナ、どうかしたか? すげえ汗だぞ」

「ドレスのコルセットがキツすぎるんじゃない?」

「う、ううん、なんでもない」


 同席のクラウスや冒険者仲間の言葉に、ミーナは首を振る。それから一応念のために。


「ねえ、あたしって……まだ、二十五歳だよね?」

「頭大丈夫か。もう二十五だろ。いつまでもエルフエルフ言ってないで現実見ろ。お前みたいなガサツでパイオツがそこそこでけーだけの女がエルフと結婚できるわけないだろ。俺で我慢しとけ」


 テーブルの下、ヒールでクラウスの足を踏み抜くミーナ。骨が砕ける音が鈍く響き、クラウスはもんどり打った。同席している女僧侶が、嫌そうにヒールをかけてやる。


「実際さ、ミーナ。あんた冒険者から足を洗ったのって、結婚するためじゃないの?」

「そうなんだけど」

「いつまでも夢見てられる時間は、残っちゃいないよ。特に人間族は」

「……」


 ミーナはスポットライトに包まれて幸せそうに微笑む友達をぼうっと眺めながら、式場にふさわしくないしかめつらをした。





「来てくれて超嬉しいよー、ミーナ」

「あーはいはい、よかったね幸せそうでリンダ、よかったね」


 二次会でぎゅっと抱きつかれて、ミーナは適当にうなずく。相変わらずずっと打ちのめされたような気分だった。こんなんだったら家で深酒を飲んでればよかった。


「待っててねー、今、旦那を紹介するからー」

「あ、はい」


 リンダが連れてきたのは、正直冴えない男だった。


 あまり特徴のない、メガネをかけた人間族。仕事は写本師らしい。印刷が難しい、魔力を帯びた本を書き写す地味な職業だ。なにが魔法じゃい。ンなもんあたしの蹴り一発で粉微塵だわ。


「どうも初めまして、リンダがお世話になっているそうで。ずっとお会いしたかったんですよ」

「あ、はい……どうも……」


 ミーナは社会人にあるまじき態度で握手に応じた。


 モヤッとする気持ちはある。リンダは結婚して引退する前は、ミーナと同じくS級冒険者だった。その上、容姿も(ひいき目はあるかもしれないが)優れている。おっぱいもデカい。なのにどうしてこんな冴えない男の人と結婚したのか。


 リンダなら確実にもっと上を狙えた。それこそ貴族や王族だって。


 おせっかいとは思いながらも、考えずにはいられない。


「それにね、ミーナってあの婚活相談所に務めているみたいなんだよー」

「おお、ライル所長にはお世話になりました。なんたってこんなステキな女性と巡り合わせてくれたんですからね」

「やだもー」

「はは、かわいいよ、リンダ」

「えへへー、あなたもかっこいいゾー」

「ははは」

「あ、じゃああたしこれで……」


 そそくさと逃げようとしたところで、リンダに手を掴まれた。力強い。DEXスピードはミーナが勝っているが、STRパワーはリンダのほうが遥かに優れている。


「ちょっと待ってミーナ、風のウワサで聞いたんだけど、今婚活しているんだって? もしよかったら、いい人を紹介しよっか?」

「その人ってエルフ?」


 リンダが眉根を寄せる。


「ねえ、ミーナ」

「あーあー、わかったわかった、じゃあ機会があったらね! リンダお幸せにね!」


 こんなおめでたい日にお説教とか聞きたくない!


 だがリンダはミーナの腕を離さなかった。


「ちょっと、リンダ。しつこいって」

「ねえ、ミーナ。きょうぐらい私の話を聞いて。ずっと私のこと避けてたでしょ」

「新しく仕事を始めたから余裕がなかっただけだって」


 半ばムキになって振りほどこうとするが、さらにリンダが力を込める。ミシミシと骨が悲鳴をあげた。


 ふたりの周囲にオーラの風が巻き起こる。


「ミーナ、私ね、今本当に幸せなの。ずっと王子様みたいな人と結婚したいって思ってたよ。だから、見つけられたの。この人が私の王子様なんだよ」

「へーへーそりゃよかったね! 勝手に冒険者やめて、勝手にひとりで幸せ掴んでさ! おまけに上からあたしにお小言? 早く結婚しろって? 大きなお世話ですー!」


 ミーナがリンダの掴んだ手に手刀を下ろすも、リンダはそれを空いた腕で弾いた。イラッ。


「ねえミーナ、私はそういうことを言いたいんじゃないの。冒険者をやめたことは申し訳ないって思ってるけど、でもミーナにも女の幸せをゲットしてほしくて!」

「なんですか女の幸せって! リンダはドラゴンの集めた宝のプールにダイブして金銀財宝を浴びるように泳ぎながら『これが女の幸せだよねー!』って言ってたのは覚えてるけど!」


 今度はリンダのこめかみがひくつく。


 周囲のざわめきが少しずつ強くなってゆくが──しかし、誰ひとりとしてふたりの間に入り込める人はいなかった。


 なんたって、今睨み合っているのは、ネポアの街にこの人ありと恐れられた『拳神アポカリプス』のミーナと、『斧槍鬼ザ・ハルバード』のリンダなのだから。


「なにそれひどい! そんなことここで言わなくたっていいじゃん! ミーナの馬鹿! 私はミーナが五十五歳まで独身でそのまま孤独死しちゃうんじゃないかって心配してあげてるのに!」

「あーはいはいそうですかー! だったらどっかから孤児のエルフでも見つけてきてよ! あたしはその子とふたりっきりで森で暮らすからさあ! かわいいエルフをあたし好みに育てて『お母様』って呼ばれるから!」


 じゃんけんで負けたクラウスが「まあまあおふたりさん!」と間に割って入ってくるものの、荒れ狂うオーラの奔流に吹き飛ばされていた。


「そういうとこだよ、ミーナ! なにそれお母様って! 二十五歳にもなってほんとキモい!」

「はああああああ!? よくも言ったなお前! あたしがどれだけ、どれだけ幸せになろうとしてなれないか! その新婚ホヤホヤの体に思い知らせてやらー!」


 ミーナは掴まれた腕を支点に飛び上がる。そしてリンダの横っ面に思いっきり流星のような蹴りを叩き込んだ。パァンと衝撃が弾ける。参列客が張った結界によって周囲の料理は無事だったけれど、盛大にパンツが見えていた。


 そしてリンダは、S級冒険者の蹴りを平然とこめかみで受け止めている。手加減はした。だが、鋼鉄をも砕くほどの威力はあったろうに。


「──っ」

「よくもやったなー!」


 ミーナの視界がブレた。リンダは掴んだ腕を振り回し、そのまま思い切り床にミーナを叩きつける。床が砕け、木片が舞い上がる。ウェイターがその様子を見て十字を切った。


「くっ、この、ゴリラ女ぁ!」

「ミーナはぴょんぴょん飛んでサルでしょ! サル! サルサル!」

「あーもう怒った!」

「私こそ!」


 S級冒険者同士のつかみ合いは最終的に、二次会のお店が半壊するまで続けられたという……。



 なんだったら、この騒動でもリンダと離婚しようとか言い出さなかったリンダの旦那は、本当にできた人だったのかもしれない。(あるいは頭のネジが外れているのかもしれない)


 

 ライルの業務日誌:友達の結婚式に出席するから休みくださいって言ってきたミーナくん、もしかしたら誰か良い人を見つけてきて、ひょっこり結婚しちゃったりして。なんてね。



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