受付のミーナ その4
四日目になって、ミーナはあることに気づいた。
「そういえば、きょうもイズレンウェさんを見ませんねー」
作業中のパパはぴたと手を止める。
「あたしが牧場、麦畑、牧場と交互にお手伝いしているから、すれ違っているんでしょうか」
「あー」
パパはくるりとこちらに振り返ってきた。その表情はなんだか複雑だ。
「別に、ミーナくんに隠していたわけじゃないんだがー……」
「?」
きょとんとするミーナに、パパは事情を話し始める。
「実は――」
「えっ、働いてない!?」
お昼休憩の最中だ。ママさんが作ってくれたサンドウィッチをついばみながら、パパはミーナの前でうなだれていた。
「ああ……」
「えっ、だってプロフィール欄には農場経営って書いてましたよ!?」
「一応、その、経営者はあいつってことになっているし……。それに、月末には経理の伝票を一枚とか二枚とか、手伝ってくれてたりも……」
「それは……」
ノドまで出かかった、経歴詐称なのでは……、という言葉をミーナは飲み込んだ。
別に相手に収入があろうがなかろうが、無職だろうが主夫だろうが、ミーナは自分が働く気だからいいのだけど……。でも、彼らの家族を信頼していたので、プロフィールを偽られていたのはショックだった……。
じゃっかんミーナの顔が暗くなったのを敏感に察したのか、パパは慌てて弁解を始める。
「あ、あいつも働く気はあるんだよ! 今はちょっと充電中なだけで! ホントホント!」
「どれくらい働いていないですか?」
「よく覚えていないけど、さ、三か月ぐらいかな?」
ミーナは目を細めた。
「パパさんの言うことなので信じたいんですけど、でもこれ以上嘘つかれたら、あたしもちょっと傷つきますよ」
「ごめん……、本当は三十年だ……」
「三十年!?」
さすがエルフだ。スケールが違う。ミーナはぱくぱくと口を開閉させた。
「そ、それって……、あたしが生まれる前からずっと働いていないってことじゃないですか……、神話の登場人物ですか!?」
「息子は優しくて、本当はやればできる子なんだ!」
「あの……、さらに聞きますけど、イズレンウェさんに結婚のご意志はあるんですよね?」
「もちろんだとも! な、だからきっと、嫁がくれば一念発起してくれると思うんだよ。な、頼む!」
パパさんは大きく頭を下げて、拝むように両手をあげた。
「一度、息子と話してみてくれ! そうすれば、わかってくれると思う! なっ!」
「は、はあ……」
もともと婚活体験のためにやってきたんだから、そりゃ話すつもりだけどさ……。
なんだか釈然としない気持ちのまま、ミーナはこくんと小さくうなずいたのだった。
というわけでその日の夜、イズレンウェの部屋のドアの前にミーナはいた。
「あ、あのー、イズレンウェさんー」
小さくノックするが、反応はない。
「ミーナですけどー、入りますよー」
ミーナはノブを回す。うっ、という顔をするミーナ。部屋の中は物であふれていた。き、汚い……。思わず口元を抑えてしまった。あちこちに緑色の髪が落ちていて、部屋の隅にはホコリがたまっていた。なんだか変な臭いも漂ってくる。まさかこんなだとは。やばい。
その中に燦然と輝く美貌があった。部屋の中で唯一無事なベッドの上にいるエルフさまだ。毒の沼地に住む白鳥のようである。ミスマッチすぎる。
イズレンウェはベッドの上で仰向けになりながら、なにか本を読んでいる。入り口でおののくミーナに気づいてもその姿勢を崩さない。無理矢理いい風に解釈して、多少のことには動じない強い精神をもったエルフだな、と思うことにした。
「……なんだよ」
「いえ、ちょっとお話したいなー、って思いましてー」
かしこまって笑うミーナに対して、イズレンウェはろくな反応を返さなかった。ずっと本を読み続けている。すごい集中力だ。これが森の賢者たるエルフの底力か! だんだんとヤケになってきた。
部屋の中に、ぺら、ぺら、と本をめくる音がする。なんか見慣れてきたらこの部屋もそんなにひどい部屋じゃないような気がしてきた。ダンジョンとかはもっとすごいし。この部屋には冒険者の死体とか落ちてないし……。
しばらく待っていると、イズレンウェがそのクールな声でぽつりとつぶやいた。
「今忙しいんだよ、あとでな」
「あっ、はい」
話をしたかったのだが仕方ない。彼がそう言うなら出直すとしよう。たぶんなんかすごい資格の勉強とかしているんだきっと。とりあえずはそう思うことにした。邪魔しちゃいけないし。ミーナは「お邪魔しました~……」とドアを締める。
一緒に住んでいるんだから、チャンスはまだいくらでも残っている。大丈夫だ。あんなステキな両親がいるぐらいなんだから、きっと彼は悪い人ではないはずだし……。悪い人ではない、はずだし……。信じている……。
五日目。
「俺、結婚する気とかないから」
「ふぁっ!?」
お仕事の手伝いから帰ってきて、イズレンウェの汚部屋に遊びにいったところ、開口一番にとんでもないことを言われた。ミーナは思わず固まってしまう。
えっ、結婚する気がないって、えっ? 血痕? 血痕する気が……? いやいや、今のは結婚相談の結婚だよね!? 突然の言葉に頭がパニックだ。
ミーナは思わずイズレンウェに食ってかかった。部屋に足を踏み入れるとなにか踏んではいけないようなものを踏んづけてしまったみたいなすごい嫌な感触があったけれど、その怖気を精神力で乗り切った。今はそんなことより婚活だ!
「いや、でも、イズレンウェさんって婚活相談所に会員登録しましたよね!? それって結婚する気があるってことじゃないんですか!?」
「父さんと母さんが勝手に決めたことだし」
こともなく言い放つイズレンウェは、昨日と同じようにベッドに寝転びながら本を読んでいる。表情ひとつ変えていない。まさしく鉄面皮。クールで素敵! なんて今だけは言っていられない。
「つか、だいたいイマドキ結婚のメリットとか感じられないし。なんで日々劣化する女をそばに置いとかなきゃいけないんだよ。意味わかんねえ。男が損するだけじゃんそんなの」
ミーナは呆気に取られていた。信じられない。
って言ってもあたしここまで来ているんですけど! なんなんですか!? あたし結婚する気のないあなたのためにお仕事休んで村まで来たって言うんですか!?
と叫びたい気持ちを押さえて、ミーナは深呼吸する。
待て待て、ヒートアップしてはダメだ、ミーナ。
ほら、考えてごらん。彼だって被害者なのだよ。自分は結婚したくないのに、親に無理矢理結婚させられそうになっている。そう考えたら、同情的な考えが浮かんでこない? ミーナは気を強く持った。美形のエルフはなにも悪くない。悪いのは世間のほうだ。よし大丈夫。ミーナは極めて冷静だ。
イズレンウェはベッドに横になりながら、思いきり上から目線で言った。
「ま、お前がどうしても結婚したいって言うなら、考えてやってもいいんだけどさ」
ダメよミーナ!!!
「あの、それはどういう」
愛想笑いを浮かべながら聞き返すと、イズレンウェは「ハァ……」と気だるげにため息をついた。美形だから許される態度だ。いや許されないな。許されない。世間が許してもこのあたしが許さない。いやいやいやいや、落ち着いてミーナ。そうあたしはやればできる子だから。
「いや、知らないけどさ。頭下げてお願いしてみたら? 結婚してくださいって」
「誰に」
「俺にだよ。わかるだろそれぐらい。察し悪いな」
イズレンウェはぶっきらぼうに言った。怒っているのかもしれない。怒られるいわれはないのだが。
「それお願いしたら結婚しよっかなー、って気になるもんなんですか?」
「さあ。ていうかそういうの、聞くよりまずやってみたらいいんじゃないの? ハォ、これだから女は理屈ばっかりで使えねえんだよなあ……」
なんでそんなことを言われなきゃいけないんだ。ミーナは釈然としない気持ちを抱く。
だがまあ、気の進まない結婚を押しつけられて、拗ねているんだと思えば可愛いものじゃないか。顔のいいエルフだし。うんうん。
ここでがんばれば昔からの夢が叶うのだ。エルフの旦那様が手に入るのだ。というわけで、ミーナは屈託なく微笑んだ。
「あたしはイズレンウェさんと結婚したいですけどねー、憧れのエルフさんですしー」
「……ふ、ふーん……?」
イズレンウェは少し嬉しそうだった。お、これは手応えがあるのかもしれない。いいぞいいぞ。
彼はようやくベッドから起き上がって、そのクールというよりはふてぶてしい眼差しでミーナを見やる。
「じゃあお前さ、俺の言うことなんでも聞くよな? できるだろそれぐらい。言うこと聞くだけなんだから、バカでもさ」
「はあ。ものによりますけど、まあある程度なら」
「言ったな? 絶対だぞ。撤回なんてさせねえからな」
曖昧に返事をしたはずが、なにやら勝手にそんなことになってしまった。
「俺の言うことを全部聞いたら、結婚してやるよ。仕方なくな」
「は、はあ……」
意地の悪そうな笑みを浮かべたイズレンウェの前、ミーナは「エルフの旦那様になにをされちゃうんだろう!」という胸の高鳴りと同時に、凄まじい不安に襲われていたのであった。
そして残る六日目と七日目に、まさかあんなことが起きるとは……。そのときはまだ、誰も予想をしていなかったのであった……。
ライルの業務日誌:なんだろう……、僕のカンなんだけど、六日目と七日目のどちらかにすごく悪いことが起きそうな気がする……。
次回更新 → 明日12時に間に合うかどうか、それは誰にもわからない




