受付のミーナ その3
二日目。ミーナは牧場の手伝いをしていた。
昨夜は大量にワインを飲ませてもらったが、問題ない。荒くれ冒険者に揉まれてきたミーナにとって、アルコール度数97%以下の酒など水のようなものである。体調はむしろ万全だった。
父や母はミーナが牧場の手伝いをすることに関して「でもこんなかわいい子にやってもらうのは……」と気が引けていたようだったが、しかしミーナはどうしても昨晩のお礼にと頼み込んだのだ。
あんなに親切にされたことなんて(エルフの村では)一度もなかったし、ミーナ自身ぜひとも恩返しをしたかったのだ。
というわけで今、長い赤毛を後ろで縛ってポニーテールにしたミーナは、牛に牧草と水を与えている。彼女の作業着はエレンウェさんから借りたものだ。
「それにしてもミーナくん、手際がいいねえ」
「あはっ、ありがとうございますっ」
ミーナの声もゴム毬のように弾んでいた。
「あたしもともと農村の出なんですよ。その村では、子どもはみんな大きな牧場でお手伝いをしていたので、動物の世話は慣れているんですっ」
「へええー、どうりでなあ。大したもんだねえ」
「えへへっ、久しぶりにお牛さんの世話をするの、すっごく楽しいですっ」
今のミーナは、ライルが見たら『誰だ君は』と言われるような、険の取れた顔つきだった。隈も取れて、肌もツルツルで、外見年齢で五才ぐらい若返っている感じだ。
だってそうだろう。ミーナは確かにイズレンウェのためにこの村にやってきた。だが、その父親も当然ながらエルフなのだ。髭を生やしてちょっとシブめの超絶美形なのだ。それなのに親しみやすく、しかもことあるごとにミーナを褒めてくれるのだ!
こんなの、逆にお金を払わせてもらいたい気分だった。『美形エルフと行く牧場~牛の世話ツアー~ 一時間銀貨一枚にて』って感じだ。テンションがあがらないわけがない。
「いやあ、君みたいな人が明るくて元気ないい子が嫁に来てくれたら、本当に助かるんだけどなあ……」
「っっっっ!」
しみじみとつぶやいた父の言葉を聞いて、ミーナの背筋に電流が走る。もう今この瞬間にも「お義父さまっ!」と叫んで抱きつきたい気分だ。
だがまだ早い。まだ婚活体験二日目なのだ。ご両親から本当の信頼を勝ち取るために、ミーナはまだまだ頑張らねばならない。
「じゃあお昼を食べたら、今度は馬の世話にいくけど、君はどうする? 疲れたなら家に戻って休んでもいいんだよ」
「いいえ、大丈夫ですっ。やります、っていうかやらせてくださいっ!」
ミーナは最高の笑顔で返答した。エルフパパと一緒にいられる時間を一秒でも長く味わっていたかった。
父は苦笑しながらも「無理はするんじゃないよ?」と優しく言ってくれた。その微笑みに、ミーナは天にも昇るような気持ちになる。
ああ、なんて素敵な日だ。
きょうはもう……、最高の日だわ!!
三日目。きょうのミーナの格好は貸してもらったエレンウェの作業着に、つばの広い帽子をかぶっている。赤毛はアップにして帽子の中にしまい込んだ。
エレンウェが近所の女性たちと麦畑の世話をする日だったので、ミーナもお手伝いを申し出たのだ。
女性たちのほとんどは結婚をしているらしく、その女性陣のあまりの美しさのプレッシャーにミーナはなんだかもう嫌な記憶が蘇りかけたけれど、ここ最近の幸せ力で耐えた。
それにエルフたちは決してミーナをハブにはせず、進んで輪に入れてくれたし、あまつさえ楽しそうに話しかけてきてくれたのだ!
「ねえねえミーナさん、あなたってネポア市から来たんでしょう? 都会の暮らしはどう? やっぱり華やか?」
「エルフは村に閉じこもっているっていうのが風習だけど、でもやっぱりカフェとかにも行ってみたいわよねー」
「ミーナさんの赤毛って、とっても綺麗ですね。なにかトクベツな手入れをされているんですか?」
彼女たちの態度はまるで同年代の友達に接するようだった。ミーナを人間だからといってバカにしたりニンゲンさんとか呼んでくることもない。
最初は緊張して受け答えをしていたミーナだったが、丸一日かけて雑草取りや肥料撒きや害虫駆除を終えると、何人かの友達もできていた。婚活相談所で働いていたと話すと、皆は興味津々のようだった。
「えーなにそれー、すごい、わたしもやってみたかったなあ」
「そうそう、結局村の幼馴染同士で結婚しちゃってね。そっかー、今はそんな可能性が広がっているんだねー、考えたこともなかったなあ」
「うんうん、楽しそう」
イズレンウェの家の人たちが特別優しいのかと思ったが、そんなことはなかった。この村の人たちはみんなこうなのだ!
純朴で、好意的で、善人たちが集まった村だ。こんな幸せな世界がこの世にあったとは思わなかった。
ライルは出かける前に再三『村を滅ぼすなよ』と釘を刺してきたが、なにを言っていたのか。滅んだのはミーナの邪悪な魂だ。この村で暮らしていけば、ミーナもまた生まれ変われるような気がする。人を信じて生きていける気がする!
「そういえばミーナさんは、婚活? ってやつに来たんだよね。この小さな村に独身の男性なんて残っていたかな?」
「うんっ、あたし今イズレンウェさんのところにいるんだっ」
『えっ』
そのときだ。女性陣たちはいっせいに声をあげた。
なんだろうか。彼女たちは目でアイコンタクトを始める。そうして口々に囁きあった。
「イズレンウェって……、あの?」
「ああ、うん……」
「そっか、ミーナさん、そっか」
「え? え?」
目をぱちぱちとするミーナに、女性陣はなにやら慈しむような視線を送ってくる。そして彼女たちはミーナの肩に手を当ててこう言う。
「がんばってね……」
ミーナは彼女たちの発言を好意的に解釈した。なるほど、みんなは既婚者として未婚の自分を応援してくれるんだな! そうか、そうか!
「うんっ、あたしがんばるっ」
ミーナは満面の笑みでうなずいた。
この日の夜は、夕食の後でイズレンウェパパの晩酌に付き合って、ユーモラスで軽妙な彼の話しっぷりに、大変楽しい時間を過ごさせてもらった。
イズレンウェとはまだほとんど言葉を交わしていないが、彼の両親はもう完全にミーナの味方になったと言っても過言ではないだろう。将を射んと欲すればまず馬を射よ、だ。もはや馬は手中に収めた。ミーナの婚活は最高に順調だ。
ああ、なんて素敵な日だ。
きょうはもう……、最高の日だわ!!
ライルの業務日誌:本日は二名の来客がいたものの、どちらもミーナくんがいないということで残念がっていた。あの子がどうして皆に好かれるのかはわからないが、妙に人望はあるようだ。
次回更新 → 明日12時(たぶん間に合わない)