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受付のミーナ その2

 港町ベルッセルとネポア市のちょうど中間あたり。馬車で半日の距離に、その村はあった。


 今回はライルは同行していない。なんやかんやで、そこそこ婚活相談所が忙しくなってきたため、そうそうふたりが抜けるわけにはいかなくなったためだ。


 それでもミーナは心細さなど一欠片もなかった。なぜならこの道の先には、ミーナの将来の旦那様が待っていてくれるのだから。ミーナは今、世界一幸せな気持ちだった。


「イズレンウェさんかあ……、えへへへ……」


 何度も繰り返しプロフィールを見たため、今ではすべて覚えてしまった。


>種族    エルフ男性

>年齢    106才

>希望の相手 特になし

>職業    農場経営


 未婚のエルフの中では高齢な部類に入る。ミーナとの年の差はなんと81才差だ。106才まで独身というエルフはなかなか珍しいのではないだろうか。


「つまりそれは、運命の人であるあたしと出会うために、待っていてくれたってことなのよねっ」


 ミーナは声を弾ませながら体をくねらせた。ベルッセルの町へ向かう乗り合い馬車の席でそんなことをしているから、他の乗客が不気味な挙動のミーナから視線を逸らす。


 構わずにミーナは桃色の妄想を羽ばたかせる。半日の旅路も恋する乙女(25才)にとっては、一瞬の出来事であった。





 というわけで、途中で馬車を乗り換え、村に到着である。


 のどかな雰囲気の流れる牧歌的な村だ。村の向こうには見渡す限りの麦畑がある。牛や馬の姿もあり、十頭ずつが放し飼いにされていた。


 エルフの村ということでなにか忌々しい記憶が蘇りかけたが、ミーナは気にせず目的の人を探す。


 村の住人たちは当たり前だがみんなエルフだ。通りを歩くエルフたちが発する香気にくらくらしてしまう。死にそうだ。死ねない!


 両手にバッグをもって髪もアレンジして精いっぱいのオシャレをしたミーナは、スッと背を伸ばした。視線は前を見据える。自分はエルフの嫁になるためにやってきたんだ。ならば恥ずかしくない態度を取らねば。


「あの~……」


 話しかけられた。ミーナは勢いよく振り返る。するとそこには、髪の長いエルフの少女が立っていた。小柄なミーナよりさらに小さくて、とてつもなく可愛らしい。あまりにも可愛い過ぎて目がくらんでしまう。こんな子が婚活相談所に登録したら、他の女性陣はたまったものではないだろう。死んでしまう。


 彼女はアイナノアに比べると物腰が柔らかく、温和な雰囲気があった。そばにいると、心が温かくなってくるようだ。彼女はぺこりと頭を下げた。


「わざわざ遠方からはるばるお越しいただき、ありがとうございます」


 にっこりと微笑む。その笑顔にミーナは心を掴まれた。前の村のエルフ(クソババアども)とは大違いだ!


「い、いえ、そんなこちらこそ、このたびはお世話になります! あたしミーナって言います!」

「私はエレンウェです。うふふ、こんなに可愛らしいお嬢さんが来てくれるなんて思わなかったです。どうぞ一週間よろしくお願いしますね」


 可愛らしいお嬢さんだって! 聞いた!? お世辞でも超嬉しい!


 内心の喜びを表には出さないようにしつつ、ミーナはにまにまと頭を下げた。


「よろしくお願いします! あの、エレンウェさんはイズレンウェさんのご姉妹きょうだいですか?」

「あらやだ、ミーナさんってばお上手ですね。私はイズレンウェの母ですよ」

「わー」


 106才の息子の母親ということは、150才ぐらいだろうか。いや、もっと上かもしれない。


 ええとミーナが今25才で、母が42才ぐらいで、亡くなった祖母が60才ぐらいで、祖祖母が78才ぐらいで……。ミーナの頭が爆発しそうになる。つまりは、すごい高齢ということだ!


 そんな人の目に若い人間なんてどう映っているのか、不安になってくる。若僧なんてもんじゃない。自分がイズレンウェの年齢の六分の一ぐらいってことは、単純に考えたら4才の女が息子の嫁に来るようなものなのだから! ローミオンさん一家がミーナをバカにしてきたのもわかる。こわい!


 もしかしたらこのエレンウェさんの笑顔だって、自分を騙す罠なのかもしれない。4才を騙すなんて、文字通り赤子の手をひねるようなものだろう。


 おっとりと微笑むエレンウェに家へと案内されながら、ミーナは真に迫った表情で訴える。


「あっ、あの、あたしがんばりますんで! ホント、がんばりますんで! 粉骨砕身の努力をしますので!」

「え、ええ。そう硬くならないでください。自分の家だと思ってくつろいでいいですからね」


 出た。『お前、客じゃないから』発言だ。前回はこれを喰らったあとヒドイ目に遭った。


 でもミーナだってそれなりの覚悟はしてきた。前回の一件で家事の腕はめちゃめちゃ鍛えられたし。エルフの村に嫁ぐことが楽しいことばかりじゃないってことも、もう知っている。いつまでも夢見る少女じゃいられないのだ。


 急に現実感が襲いかかってきた。不安だ。自分は一週間、エルフ姑の壮絶なイビリに耐えられるのだろうか。今は優しく微笑んでいるエレンウェも、家の敷居をまたいだ途端、豹変するに違いない。絶対そうだ、そうに決まっている。なにも信じるものか。


 それでもエルフの伴侶を手にすることができるのなら、耐えてみせる。過酷な試練の先に、幸せが待っているのだから――。


 ミーナが悲壮な決意を固めている間に、家に到着した。仕事が農場経営と言っていただけあって、大きな麦畑と小さな牧場に隣接した一軒家だ。年季の入った建物だが、古めかしい感じはしない。いい家だ。


「ごめんなさいね、主人もイズレンウェも仕事に出ていて。先にミーナさんのお部屋に案内しますね」

「はっ、はい」


 家を通り過ぎて馬小屋にでも案内されて『ここがあなたの部屋よ。適当に馬糞をどけて寝て頂戴ね。臭いがつくから、絶対に家があがらないでください』とか笑顔で言われるのかと思ったが、ちゃんとした部屋に通された。


 隙間から入り込んでくる風もない。ベッドも用意されていた。掛け布団は羊の毛を詰め込んでふかふかだ。これは幻覚魔法だろうか。いや、ミーナはよほど高レベルの魔法でもなければレジストできる。ではこの部屋は本当に……部屋なのか!?


「もしなにか足りないものがあれば、なんでも気軽におっしゃってくださいね。立場上、言い出しにくいこともあるかもしれませんが、ミーナさんは家族になるかもしれない人なんですから」

「あっ、はい……」


 エレンウェは人を安心させるような、穏やかな笑みを浮かべている……。


「それじゃあ、私は夕食の準備をしてきますから。それまでお部屋で休んでいてくださいね」

「っ、いっ、いえ! あたしも手伝います!」


 ミーナは食い気味に申し出る。危ない危ない。この雰囲気に騙されて、こんな初歩的なトラップに引っかかるところだった。ミーナは昔から動物的なカンが鋭く、ダンジョンのトラップを踏むことは滅多になかった。冒険者時代の経験が活きた!


「ダメですよ」


 厳しい口調ではなく、エレンウェは眉を八の字にして微笑みながら言った。


 えっ……?


「ミーナさんは長旅だったんですから、しっかり休んでください。家のことは私がやりますから、なにも心配しないでくださいね」

「えっ、で、でも……」

「だったら、明日からは少しずつ手伝ってもらいますから、ね? それじゃあ、またあとで呼びに来ますね」

「あっ……」


 微笑みながらエレンウェはドアを閉めた。取り残されたミーナは、ひとり部屋で悶々とした気分で今の自分の行動はどうだったのかと反省会を始める。あれで正解だったんだろうか……。


 しかし『休んでください』など、前のエルフの村では一言も聞かなかった言葉だ。


「……もしかして、本当にいい人なのかな……」


 そうかもしれないという思いと、そんなはずはないという思いが相反し、ミーナはエレンウェが呼びに来るまでずっと悩んでいたのだった。




 その日の夜、ちょっとしたパーティーが開かれた。ミーナの歓迎会だ。


「はっはっは、べっぴんさんじゃないか、なあイズレンウェ」

「そうだな」

「あらあら、さっぱり食が進んでいないわよ? この子ったら、あまりの美人相手に緊張しているみたいね」

「……そんなことはない」


 テーブルを囲んでいるのは、父と母のエレンウェと婚活相手であるイズレンウェ、それにミーナを加えた四人だ。


「あはは」


 至上の美形に囲まれながら、ミーナはいい気分だった。


「そういえばミーナさんは肉が好きだそうじゃないか。そう言うから奮発して仔牛のローストを買ってきたんだよ、なあ母さん」

「ええ、我が家の新しい家族になるかもしれない人なんですもの、これぐらい当たり前ですよ」

「あはは、とってもおいしいです」


 食卓には色とりどりの料理が並べられていた。大麦のパン。近くで採れた新鮮なサラダ。茸のバター炒め。たっぷりと芳醇なソースのかかった仔牛のロースト。どれもがたまらなくおいしい。


 ああ、自分はいったいなにを身構えていたんだろう。


 この家の人たちはみんな純粋にいい人なのだ。前の人たちがひどかっただけでエルフ全部を知ったような気になっていたミーナはとんだ道化だった!


 勧められたワインも格別だ。くいくいと飲めてしまう。


「お、ミーナさんいける口だね。どうだい? ほらほら、飲んで飲んで」

「あはは、いただきますー」

「いいねえ、うちは母さんもイズレンウェも飲まないから、ひとりで寂しかったんだよなあ。君みたいなかわいいお嫁さんが来てくれたら、毎日だって晩酌したくなっちゃうねえ」

「もう、ダメですよお父さん、そろそろいい歳なんですからお体にも気を遣ってくださいね」

「あはは、でもこのワイン本当においしいですー」


 ミーナはもうずっと目を線のように細めて笑っていた。最高だ。なんだこれ、最高の気分だ!


 ただ、先ほどからイズレンウェの口数が少ないのが気になったが、それもエレンウェの言った通り緊張しているだけなのだろう。両親の前で話すというのも気恥ずかしいだろうし。


 ちなみに、彼はミアイシャシンで見たよりもずっと美形だった。彼の美貌を肴に無限にワインが飲めそうだ。


 ああ楽しい。すごく楽しい。まるで夢のような時間だ。


 お肉もおいしいし、ほどよくお酒が回ってきてすごく気持ちいいし、家の人は親切にしてくれるし……、こんなところに嫁ぐことができたら、どんなに幸せなことだろう。


「あははー」


 歓迎会の最中、ミーナはずっと朗らかな気分で笑っていた。


 ああ、なんて素敵な日だ。


 きょうはもう……、最高の日だわ!!

ライルの業務日誌:本日も受付のミーナは婚活体験中。彼女がいないと相談所が静かでとても居心地がいい……。



次回更新 → 明日12時(がんばった)

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