受付のミーナ その1
「どうしたもんか……」
応接間のソファーに座るメガネをかけた金髪の青年──ライルは、永い時を生きる古エルフという種族だ。
長命どころか不死性すらもつ彼らはそのほとんどが隠居して暮らしているため、人里で見かけることはない。ある意味では人のいない婚活相談所を経営する生活も隠居と言えるかもしれないが……。
古エルフは偉大なる力をもち、時には災厄とさえ呼ばれることもある。ライルは自分をそんなたいそうなものではないと思っている。ただ人の暮らしにかかわるのが好きなだけの、変わりモノだ。
人の営みと盛衰を見守ってきた彼には、そりゃあおびただしいほどの知り合いがいる。中でもエルフ族の、それも老年であればあるほど、彼にお世話になったことのある者は多いだろう。
そして今問題になっているのは、そのことなのだ。
ライルは頭を悩ませていた。彼の前、テーブルの上には一枚のミアイシャシンがある。
先日、ライルが受け取ったものだ。
ミアイシャシンに映っているのは、なんとエルフの男性である。
そしてこの婚活相談所には、エルフのためなら毎日千人の生贄を捧げるのも止む終えないと考える、狂信者的なエルフ狂いの女がひとり登録されている。
「ううむ……」
シャシンの中のエルフ男性は、整った顔立ちをしている。こないだのローミオンより、やや年はいっているものの、エルフであることに間違いはない。耳も尖っているし。
ただ、問題がある。それはどちらかというと人格的な問題だ。
彼がいい人物か悪い人物かという議論はさておくとしよう。人と人のかかわりは相性だ。誰かにとって嫌な人物が、誰かにとっての好人物であることはよくある。家庭を顧みない男性が、仕事上ではよき上司であったり。男女関係となれば、さらに複雑だ。
だからここで悩むのは少々気が早いのだが……。
「この人、絶対にミーナくんと相性悪いと思うんだよな……」
悩んでいるのはそこだ。この人物が人間族ならまずミーナには紹介しない。前回のこともあるし、またミーナが暴走して村が滅ぼされかけては敵わない。ライルは煩悶していた。
できれば言わずに隠しておきたいものだが、それではあまりにも誠意がないというものだろう。ミーナはエルフと結婚するためにこの婚活相談所を手伝ってくれているのだから。
しょうがない。ライルは覚悟を決めた。まず話そう。それからミーナを説得しようじゃないか。そして次の機会を待とう。
ローミオンのときは、ライルとミーナは初対面だった。今なら互いに信頼もある。ミーナもライルの言葉を少しは聞いてくれるだろう。
「おはようございまーす」
ミーナが相談所にやってきた。ライルは彼女をさっそく応接間に呼ぶ。
「きょうは君にミアイシャシンが届いている。すでに相手の人物には君のミアイシャシンを見せていて、OKをもらっている状態だ」
「はあ」
本日のミーナはじゃっかんテンションが低めだ。
「どうせこの婚活相談所に来るような男の人ですから、クズかゲスか変人かのどれかなんでしょう。そんな人にばっかり好かれても……」
「中にはヴァンキンスさんみたいな人もいるじゃないか」
「いい男性はホントすぐ売れちゃうんですよねー……。だから残ったのが三角コーナーの中の生ごみみたいなやつらばっかりになるんですよ……」
なんてことを言うんだこいつは。僕が真面目にがんばっているのに。
ライルはこめかみをひきつらせながらも、好都合だと思った。ミアイシャシンをぱたりと閉じる。
「わかったよ。じゃあ先方には僕のほうから断っておこう」
「え、シャシンぐらい見せてくれないんですか?」
「三角コーナーには興味がないんだろう?」
「でも隠されると気になるんですけど! いいじゃないですか少しぐらい!」
この女、意外とカンが鋭い。
「さ、通常業務に戻ろうじゃないか。呼び止めて悪かったね。きょうはどこの掃除をするんだい?」
「ちょ、見せてくださいよ! なんかそのファイルからオーラを感じてきました! 所長! ギブミーファイル!」
高々とファイルを持ち上げるライルの前で、ミーナはぴょんぴょんとファイルに手を伸ばす。しかし届かない。
「所長! ちょっとあたし本気出しますよ!?」
「なにを言っているんだかさっぱりわからない」
「てい!」
ミーナの影がブレた。彼女は応接間の壁を蹴って跳躍し、翻って天井を蹴り、そうして一瞬でライルの手からファイルを奪い取った。着地した彼女の靴跡がシューシューと煙を立てながら、床にくっきりと刻まれている。
「受付がスカートでそういうS級冒険者の片鱗を見せないでくれないかな」
「下手に隠す所長が悪いんですよ、どれどれ……、って!」
ライルは手で顔を覆った。
ミアイシャシンを掲げながらぷるぷると震えるミーナはしばらく口をわななかせていたが。
ふいに淑女のような微笑みを浮かべて、丁寧に頭を下げた。
「今までお世話になりました、所長。あたしは女の幸せを手に入れます」
「ああー」
わかってはいた。わかってはいたことなのに、思わずうめいてしまった。
「ミーナくん、僕は正直に言えば、彼……、イズレンウェさんと婚活体験をしてほしくない。君と彼はあまり相性がよくないように思えるんだ」
「イズレンウェさん……、ステキな名前ですね……。あ、イズレンウェさんって、家族15人ぐらいと一緒に住んでます?」
「いや、両親との三人暮らしだ」
「お肉食べます?」
「食べるらしいよ」
ぐっとミーナは拳を握った。
「ミーナはイズレンウェさんの家にお嫁にいきます。所長、今まで親切にしてくださって、ありがとうございました」
「ああー」
ライルは再びうめいた。
こいつ本当に人の言うことを聞かない。もし自分がエルフだと名乗ったら少しは対応も変わるのだろうか。でもそうして明らかに目の色が変わったミーナに追いかけ回されたら……、いや、想像するのはやめよう。
よしわかった。……もうこうなったら本音で語るしかない。
「わかった、ミーナくん。彼に君のことを話して、婚活体験の手配をしよう」
「ありがとうございます所長大好き!」
「やめて。いいかい? 僕は止めたからね。どんなに失礼なことを言われてもどんなに相手と反りが合わなくても、しっかりと自分の胸で受け止め、当人同士の話し合いで解決するんだよ」
「当たり前じゃないですか、あたしはいい大人ですよ! 見くびらないでくださいよね!」
どんと胸を叩くミーナは、はつらつとした健康的な笑顔を浮かべている。
「うん。だから、頼むから怒っても村を滅ぼさないでくれよ。街で君の討伐手配書を見るのは寝覚めが悪いし、発端がうちだと知れたらこの婚活相談所も大打撃を受けるんだ」
「はっはっは、なにを言っているんですか所長。このあたしがエルフさまに暴力を振るうわけないじゃないですか、なにを言っているんですか」
「君こそなに言ってんのか知りたいよ。気は確かか」
このミーナという女、受付として働いている間はある程度の分別もあるように見えたが、会員としてはものすごい厄介なやつだな、とライルは改めて思った。なんでお見合いをするだけで、相手とその一族の命の心配をしなければならないんだ……。
そして翌週、ミーナはネポア市の南の村へと、ウッキウキの気分で一週間の婚活体験をしに行った。
それが悲劇の幕開けになるとは、誰にも予想は……、いや、悲しいことに、ライルは薄々と予想していたのだった……。
ライルの業務日誌:本日新たなる本交際が誕生しました。あのふたりが成婚に至るかどうかは、ふたりの努力次第でしょう。僕もとても、とてもドキドキしています。
次回更新 → がんばれば明日の12時(がんばる)