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婚約者のお姫様 後編

 三日経ち、その間マルグリットはずっと相談所に寝泊まりしていた。


 外に出ると、自分を探している爺やの手によって無理矢理国に返されてしまうかららしい。それならそれでいいんじゃないだろうかとミーナは思ったのだが、ライル曰く未練が残っていると何度でも追いかけてくるから好きにさせたほうがいい、という話だ。


「うう、いつまでお客さんがこないんですか、この相談所……。こんなんじゃミーナさんとライルさまがずっとずっとふたりっきりってことじゃないですか……。そんなの認められません……」


 ぼさぼさ頭のマルグリットがしおしおになった一張羅を着て、ソファーの上でさめざめと涙を流していた。


 ライルを捜すためにありとあらゆる手段を使ってしまったらしく、もうお金もほとんど残っていないようだ。たまによだれを垂らしながら観葉植物を見ていたりする。哀れ。


「まあこういうところなのよ……。パン食べる?」

「うう、ライバルからの施しは受けませ……、うう……」


 ぐぅーと鳴った自分のお腹を、マルグリットはがつがつと叩く。


「こいつめ、こいつめ、どうしてわたしの意志に反抗しようとするんですか……、うう、こいつめ……」

「い、いいから食べなさいよ、ほら。ロックさん家のパン、おいしいんだから、ほらほら」

「うう、パンに罪はなし……、うう……、おいしい……」


 ちびちびと食べ始めるマルグリット。縮こまってパンをかじるその姿は、とてもミーナに大見得を切ったお姫様とは思えない。空腹は人から誇りすら奪ってしまうのだ。


 そのときである。受付のドアが開いて「すみませーん」という声がした。ピカーンと頭の上に電球が光り、ぴょんとマルグリットの背筋が伸びる。顔つきまで変わった。


「お、お客さんですよ! ミーナさん! ふふっ! さあ! わたしの力を見せてあげようじゃないですか! さあさあ!」

「あ、はい」


 先ほどまで泣きながらパンをかじっていた人物の言うこととは思えない。王族ってみんなこんな感じなんだろうか。


 しかし、今の「すみませーん」という声はどこか聞き覚えがある……。


 マルグリットともに受付に向かうと、そこにいたのは世を舐めた獣人、三十一歳。猫耳を生やしたニッコニコのリラだった。


「やっほー、ミーナチャン、そろそろウチを養ってくれるイケメンな男の人は見つかったかニャー?」

「あの、ここは」

「任せてください、ミーナさん。わたしの実力を見せてあげます!」

「あっはい」


 ミーナは「大丈夫かなあ」という顔をした。初心者が最初に戦う相手として、リラはちょっと荷が重いんじゃないかなあ……。




 場所を変え、応接間にてマルグリットの前に座るリラ。ミーナとライルもその斜め後ろに待機している。


 まずマルグリットはリラのプロフィールを上から下まで眺めて、そうして大きくうなずいた。彼女はデキる女のようにパンパンとプロフィールを手の甲で叩く。


「本日担当をさせていただくマルグリットです。……わかりました、リラさん。あなたの家柄はどちらですか?」

「はニャ?」

「王族ですか? 貴族ですか? 貴族であれば父方の爵位は? おっしゃってくだされば、すぐにわたしが望みの相手を選んでみせましょう」


 得意げにぺらぺらと喋るマルグリットの言葉に、リラは呆気に取られたように目を瞬かせる。


「爵位もなにも、ただのふつーの一般人だニャ」

「なるほど、一般人ですか……、一般人? え? 一般人の方が、こんな条件でのご結婚を……?」

「ニャ?」

「あの……、失礼ですが、リラさんはこの年になるまでになにをしていたんですか……?」

「ぶらぶらと遊んでいたニャ」

「……どうして、初めて付き合ったその人のもとに嫁がなかったんですか?」

「時代は自由恋愛の時代ニャ!」

「ああっ、そんな、世は乱れています……!」


 マルグリットは意識を失いそうになった。それを精神の力で耐える。後ろにいるミーナが思いっきり顔をしかめて、ライルが顔を手で覆う。


「いいですか、リラさん……。もう三十を超えたリラさんが普通に相手を見つけることは無理です。世の中そんなに甘くありません。諦めてください」


 すごいこと言い出した。


「ニャニャ!?」

「三十一歳で未婚の女性は、修道院に入るしか他ありません。わかりました、リラさんが入れるような修道院を探しましょう。手続きは一日でも早い方がいいですよね。リラさん、来世ではどうか結婚相手が見つかるように祈っております。ではそのように――」

「待てい」


 ミーナががっしりとマルグリットの腕を掴んで止める。もはや勝敗はついていた。マルグリットにこの仕事が勤まらないのは、火を見るよりも明らかだった。





 **





 その後の顛末である。


 マルグリットは婚活相談所をミーナによって叩き出された。ちょうどそこを爺やに見つかり、本国へ強制送還となってしまったようだ。


「世の中のお姫様ってあんな人ばっかりなんでしょうかねえ……」

「いやあ、彼女はけっこう思い込みが強いタイプの人間だと思うけどね」


 ライルはいつも通り平然とファイルの整理などをしている。マルグリットがいなくなっても、特に未練はないようだ。


「……」


 どうしてお姫様とライルが婚約していたのか。そのことについて知りたい気持ちはあったけれど、なんとなくライルは教えてくれないんだろうな、と思う。ライルはプライベートの話をしたがらない気がした。


 ま、それならそれで構わない。ミーナも一緒にパーティーを組む相手の素性を深く知りがったりはしなかった。ミーナは毎日の業務に精を出すだけだ。


 そう、すべてはこの婚活相談所を有名にして、エルフの男性と結婚するために。ミーナ自身の野望のために――!


「それじゃああたし、帰りついでにビラ配って帰りますねー」

「ああ、ありがとう。お願いするよ」

「はーい、ではまた明日ー」


 ミーナがせわしなく帰っていったあと、ライルはしばらく部屋で作業を続けていたが。


 ふと来客の気配を感じて、振り返る。そこにはちゃんとした格好に着替えたマルグリットが立っていた。


 マルグリットは観念したような顔をしていた。


「ライルさま、爺やに見つかってしまって明日帰ることになりました」

「……そうか、今回は色々と大変だったね」

「いえ、わたしのわがままで国を抜け出したのですから、仕方ありません。それよりも、ライルさまはずっとこのネポアにいらっしゃるのですか? ファロスに戻ってくる予定はありませんか?」

「ま、今のところは戻る予定はないよ。ここでまだがんばるさ」

「あの国は、いまだに亜人差別が根強い国です。あなたとわたしの結婚についても、反対しているものは多くいらっしゃいました。だから、やはり居心地がよくないのですか……? それでしたら、わたしが責任をもってあの国を変えようと思っていますから!」


 ライルは手をあげてマルグリットの言葉を制止した。


「君がそう言ってくれるのは嬉しい。ありがとう。でもこれは、僕が始めたことだ。僕が最後までやり遂げなきゃいけないんだ」


 マルグリットの両目に涙があふれる。だがそれを見せないように、マルグリットは背中を向けた。


「……わかりました、それほどのお覚悟があるのなら……。ですが、あなたの帰る場所は必ずわたしが守ってみせます。……それでもし婚期を逃すようなことがあれば、この相談所を頼らせていただきますね」

「そのときは僕も所長として、必ず力を貸すと約束しよう」

「ええ、お願いします」


 涙を拭いたマルグリットは振り向いて笑顔をみせた。そうして背を伸ばし、ライルの金色の髪をかきあげる。そこにあったのはやや小ぶりだが、人間族のものではない尖った耳である。


「エルフのあなたはいつまでも老いることなく、美しい。人間族のわたしには、それが羨ましいです」

「……はは、なんだろうな、いつもそばで言われているような気がするよ」


 ライルもまた微笑み、マルグリットを見送った。




 翌日――。


「はー、所長! 聞いてくださいよ、きょうばっちりエルフの男性と出会う夢を見たんですよあたし! これってたぶんあたしがきょうエルフの男性と出会えるってことですよね! 運命のドアが開くってことですよね! くっはー、たまらないですね、ちょっとドアにつけるベルとか買ってきましょうか! 天使の音色がするやつを!」

「君は朝から元気だなあ」

「はっ、み、見てください所長、ドアが、ドアが開き……、ってお前かよー! あたしのときめきを返せ! お前の理想のパートナーなんて探さねえわー!」


 なにもしていないのに顔面にトレイをぶつけられるクラウス。


 やがてこの婚活相談所の所長ライルが、長きを生きたエンシェントエルフであるとミーナに知られてしまう日もやってくるのだが――。


 ――それはまた明日の物語である。



ライルの業務日誌:本日は特に変わったこともなく、平和でした。

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