冒険者のミーナ その2
ミーナがこの年まで一度も彼氏ができたことがなかったのは、実際ライルが感じたとおりに見た目以外にも様々な欠点があったのは間違いなかったのだろうが、そのうちのひとつがこれだった。
――そう、ミーナはエルフが好きなのだ。
あの細い体。冷たい眼差し。白い肌。濡れた唇。長い耳。まるで神様の作り出した芸術品のような美しさ。そのどれもがミーナにとっては、垂涎のシロモノだった。
目に映るだけで他になにも見えなくなりハートが乱舞し、その日一日ミーナは使い物にならなくなると評判だった。エルフ、マジ、かっこいい。
冒険者になりたての頃、ミーナはひとりのエルフと出会った。そうして一目見てクラッときてしまったのだ。そのエルフは妻子持ちで告白はしたけれども一蹴された。そのクールなところもまたよかった。
将来は絶対にエルフと結婚したい。その思いは彼女の中でどんどんと膨れ上がって、今はもはや一匹の巨大な怪物となっていた。エルフ以外との結婚なんてとてもじゃないけど無理無理ゼッタイ無理。欲望をミーナ自身ですら制御できないのだ。
自分でもわかっている。出会いの機会もないし、このままじゃ一生結婚できないって。リンダどころじゃなくて永遠に行き遅れるんだって。
そんなとき聞いたのだ。希望の言葉を。この婚活相談所という場所の存在を。ここならエルフと結婚できるかもしれないという福音を! リンダから!
「だってほら! エルフの人って年を取っても美しいままなんですよ! それってなんていうか、ものすごいオトクっていうか! なんだったらあたしが冒険者をやって家計を支えますから! おうちに帰ったときにエルフの男性に『おかえり』なんて微笑んでもらったらくっはー! たまりませんよねー!」
「さっきご自身が『冒険者は定職じゃないからヤダ』とおっしゃっていたような」
「長く時を生きるエルフさんがそんなことを気にするわけないじゃないですか! 人間の尺度でものを図らないでください! 大丈夫です! わたし尽くすタイプですから!」
「エルフの方はどちらかというと気難しい性格の方が多いと思うのですが」
ライルは眉を寄せていた。眼鏡の奥の『こいつ正気か?』という目に気づかず、ミーナははしゃぐ。
そのときである。
「ミーナさんの想いは十分にわかりました。エルフの方ですね。現在、ひとりだけいらっしゃいますよ」
「!?!?!?!?」
ミーナが稲妻に打たれたように目を見開いて、その場で硬直した。頭から湯気が出ていた。顔は沸騰したように赤い。大丈夫だろうか。
ライルは少しだけミーナが心配になったが、数少ない使命感に突き動かされて棚から一枚のファイルを取り出した。
「これは『ミアイシャシン』というものなんですけど」
「シャシン?」
「まあとりあえず見てみてください」
ファイルを開くとミーナは驚嘆した。そこにはまるで本物そっくりのようなエルフの男性が描かれていた。
「えっ、これ、絵ですか!?」
「まあそんなもんです。続けてもいいですか?」
「早く! 早くお願いします! 一秒でも早く!」
「あっはい」
目がマジなのでライルは話し始めた。
「お相手はこの方です。ローミオンさん、五十八歳。エルフの中ではちょうど結婚適齢期ですね。里にお住いで、農業を営んでおります。両親祖父母ともに健在で、ご自宅は一軒家です。結婚歴はありません。ご趣味は読書。もしよろしければこちらの方――」
「――お願いします!!!!!」
食い入るようにしてミアイシャシンを見つめるミーナの目はもう完全に瞳孔が開いてしまっている。
ローミオンさんの幸せを考えれば、もしかしたら紹介しないほうがいいのかもしれないと思うライル。
そんなとき『といっても、人の好みはさまざまですからね。ミーナさんを気に入る方もきっといらっしゃいますよ』という自分の言葉が、耳の奥に反響する。あんなこと言わなければよかった。
「……相手方の種族にはこだわらないが、できれば体の丈夫な人をご所望とのことですが、ミーナさんはそこらへんいかがですか?」
「体ですか!? 丈夫だと思います! なんだったらブロードソードかなにかであたしの胸を一突きしてみてください! 死ぬほど痛いと思いますが、なんとか生存してみせますから! 愛の力で!」
「やめて」
満面の笑みでそんなことを言うミーナを前に、この見合いもやめたほうがいいんじゃないかと思い悩むライルであった。
『では相手方に連絡をしておきますので、続報をお待ちください。あるいはその間に、他の方ともお話を進めておきますか? あ、いらないですか? あ、そうですか』
と、話をしていたのが一週間前の出来事。
ルンルン気分で続報を待つミーナは、毎日毎日、雨の日も風の日も婚活相談所に通っていた。「まだですかー? まだですかー?」と。なんだったらもう勝手に受付の回りを掃除し始める始末だ。どれだけ待ち望んでいるのか。
ミーナの身長はライルより頭一つ分低い。これはミーナが小柄なのもあるが、ライルが無駄にひょろりと高いせいだ。ミーナは部屋をちょこまかと歩き、掃除して回る。じっとしていられない性格なのかもしれない。
そんなある日のこと。ライルはいつものようにやってきたミーナに指でマルマークを作った。
「お会いされるそうですよ。この街には詳しくないそうなので、待ち合わせはライル婚活相談所をご所望です」
「っっっっっっ!!」
ミーナはその場で目を見開きながら胸の前で手を合わせていた。ひとり妄想の世界に旅だったようだ。ライルはただ静かに首を振るのみであった。
そしてさらに翌週、いざ顔合わせである。
場所はライル婚活相談所の別室を使用することになった。森に住む気難しいエルフがわざわざこの水の街ネポアまでやってきてくれるというのだ。自分は期待されているに違いない。ミーナのテンションはハイパーギガマックスであった。
待ち合わせの四時間前に現れたミーナは、頭のてっぺんからつま先まで鋼鉄重鎧をまとっていた。ライルのメガネがぽろりと傾く。
「なにそれ」
カッシャンとヘルムのスリットを開いて、汗だくのミーナがへへへと笑った。
「体の丈夫な人がいいって言っていたので、リンダから使わなくなったお古を借りてきたんですよ! あ、リンダってウォーリアで。ほら、どうですか!? すっごく丈夫そうに見えるでしょ!?」
「そうですね(鎧が)」
「あっ!」
普段は鎧をつけたことがないのだろう。よろよろと歩いていたミーナはなんともない段差につまづいて転ぶ。ドッガラガッシャーン! という耳を塞ぎたくなるような音が響き渡り、ライルは眉根を寄せた。
「あの、立てますかね」
「大丈夫です! このぐらい! だってわたし丈夫ですから! わたし、丈夫、ですから! ふんぬうううううう!」
ミーナが渾身の力を振り絞って立ち上がろうとしていると、床からメリメリという音が聞こえてくる。あかん。
「あの、床はミーナさんほど丈夫じゃないんで。できれば鎧は脱いでいただいたほうが」
「ええええええっ!? 素の防御力で勝負ですか!?」
「もし勘違いされていたら申し訳ないんですけど、婚活って『俺の魔法に耐えられたらお前と結婚してやる』っていう感じのやつじゃないんで」
ミーナは鎧を脱いで、ちゃんとうちに帰って着替えてきた。今度は前回相談所にやってきたのと似たような革のベストに刺繍の施されたスカートだ。ていうか前見たのとまったく同じだった。
「あたし女の子らしい格好ってこれしか持っていないんで……」
一張羅だった。恥ずかしそうに顔を伏せるミーナに、ライルは穏やかな目を向ける。
「大丈夫ですよ、ミーナさん。あなたは魅力的な女性ですから、そのままの格好でも十分美しいですよ」
「本当ですか……?」
「ええ」
お客さんを安心させるのもアドバイザーたるライルの務めだ。特に婚活中の男女は努力の方向性を見失ったり、色々とナーバスになっていることが多い。努めて優しい声を出す。
ミーナはキラキラとした瞳でライルを仰ぎ見た。
「でもそれで千載一遇のこのチャンスが失敗に終わっちゃったときは、あたし思いっきり所長を恨むと思いますけど恨まないでくださいね」
「僕はそのままの格好でも大丈夫だと思いますよ。これはあくまでも僕個人の意見であり他の方がどう思うかはわかりませんが」
「あっ、保険を取りましたね!?」
そんなこんなで、時間ピッタリにローミオンが到着した。