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婚約者のお姫様 前編


「はー、めんどくさいニャー……」


 応接間のテーブルに体を預けて平べったくなる女性は、ことさらにやる気のなさを強調する。その態度に、済ました顔で向かいに座るミーナは、こめかみをひくひくと痙攣させた。


「あのですね、リラさん。いい大人が外でそういう態度をするのも、あんまり好ましくないと思うのですが」

「どっかに三食昼寝付きでウチを養ってくれるイケメンはいないかニャー……、もうこの際浮気とかされても一向に構わんのだけどニャー……」


 リラは獣人の女性だ。年齢は三十一才だが、一応獣人なので人間族よりは若く見られる。亜麻色の髪と、ロイヤルミルクティー色の肌をもち、スタイルはいい。この年で脚を露出してもみっともなく見られないのは、獣人族の特権だろう。


 頭についた猫耳がピコピコと揺れているさまは、動物好き男性の庇護欲をそそるものがあるかもしれないが、それだけで結婚などやっていられないのが世の中の厳しさである。


 若い時はそれなりに遊んでいて、この年まで恋人に不自由したことがないリラも、気づけば三十を超えていた。恋愛と結婚ってもしかしてまったく違うんじゃないかと思い、慌てて婚活相談所に駆け込んだのはいいが、しかしいまだに世の中を舐めた態度を続けている。


「はー、どこかに十分なカネもってるイケメンは落ちていないかニャー……」


 ミーナは思う。下手に若い時モテていたから、年を食ってもこの有り様なのだと。その気になれば自分などいつでも結婚できると思っているのだろう。


 しかしこれは、自分の将来の姿なのかもしれない……。


 エルフを追い続けるあまり、三十を過ぎ、四十を過ぎたミーナ。いまだにエルフエルフ言っているが、しかしエルフどころか同種族にんげんの男性もミーナのことが眼中にない。そして最終的にミーナは自宅で孤独死……。


 思わずゾゾゾと背筋が冷たくなる。


「り、リラさん! ちょっと本気で結婚相手探しましょうよ! あたしも力になりますから!」

「ええー? ウチはいつだって本気ニャ。条件のいい人が見つかったら、すぐにでも結婚するつもりニャ」


 その条件のいい人っていうのが、お前にとって虫がよすぎる人なんだろうが! と叱りつけようと思った矢先である。リラが「あ、そうニャ」と顔をあげた。


「ライル所長はどうかニャ? あの人たぶん独身だろうし、顔もけっこうハンサムだし、カネもたくさんもっているに違いないニャ!」

「えっ?」

「婚活相談所の所長なら、悩める女の子にきっと手を差し伸べてくれるはずニャ! そうニャ、それがいいニャ! 今すぐライル所長に本交際を申し込むニャ!」

「そ、それってどうなんでしょう」


 一応聞いてみることにはした。




「申し訳ないけれど、お断りさせていただくよ」

「ですよねー」


 その日の営業が終了して、ミーナはライルにお茶を出す。応接間のソファーに座るライルは「ありがとう」と言ってお茶を受け取った。


「所長もやっぱりアレですか、お目当ての種族がいる系ですか? もしかしてそのために婚活相談所を開いた系ですか? 気持ちわかりますー」

「違うから。悪いけれど、積極的に同類を探そうとするのはやめてくれないかな」

「じゃあどうして結婚しないんですか? 相手がいないってわけでもなさそうですし、なにか事情でもあるんですか? 人には言えない系ですか?」


 きょとんとした態度で聞いたミーナは、すぐに「あ」と口に手を当てた。小さく頭を下げる。


「すみません、所長。なんか踏み込んだことを聞いちゃって」

「いや、いいよ。僕たちはこんな仕事をしているからね。気になるっていうのもわかる」

「えーと、じゃあどうしてですか?」

「んー、そうだな。僕にとっては今、この仕事のほうが大切だから、かな」

「あ、それって働き盛りの男の人がよく言うやつですね。でもダメですよそれ。そう言っているうちに婚期が伸びて、相手が見つからなくなっちゃうんですからね。ほどほどのところで観念したほうがいいですよ」

「そうだね、心に留めておくよ」


 腰に手を当てるミーナに、ライルは苦笑いする。ミーナもずいぶんとズバズバとモノ言うようになった。


「だったらキミにもオススメの人がいるんだけど」

「えっ、種族は何ルフですか!?」

「人間族の男性ふたりだ。先日から熱烈アピールを受けていてね。片方の名前はクラウ――」

「それ以上言ったら相手が所長でも本気で怒りますからね」


 本気で怒られたくはないので、ライルはパタンとミアイシャシンを閉じた。


「それじゃあ、きょうは帰ろうか。明日は少し寄るところがあるから、遅れるよ。鍵を渡しておくので、相談所を開けておいてくれてもいいかな?」

「おっ、なんだかんだ言って所長、あたしを信頼しているんですね、へっへっへー」

「そうかもしれないね」


 肘でつついてくるミーナに、ライルは肩を竦めた。


「少なくともキミは嘘をついたり誰かを騙したり、陥れたりできるような性格ではないだろう。その辺りは信じているよ」

「でもあたし冒険者時代には悪事を為す山賊共を」

「さーて帰ろうかなー!」


 ライルは振り向かずに歩き出した。





 その翌日、いつもより三十分早く出勤したミーナは受付や応接間の掃除を終え、ついでに観葉植物に水をやったりして、相談所の札をOPENに変えた。


 ライルのことはあまりわからなかったが、しかし婚活相談所の仕事に誇りをもっているんだろうな、というのは感じ取れた。


 どちらかというと、ミーナは真面目な男性が好みだ。要領よく仕事も遊びもこなしてみせる男性よりは、不器用でも仕事に打ち込んでいる男性のほうがタイプなので、ライルの好感度は少しあがった。まあ人間族の好感度があがったからといってなんだという話だが。


 いつもどおり受付に座ってまだ見ぬ来客を待っていると、だんだん眠くなってきた。昨夜はエルフに好かれるために、季節の野菜サラダを作る練習をしていたのだ。


 どうせお客さんも来ないんだし、少しぐらいは寝てもいいだろう。うつらうつらするぐらい。


 こんな寂れた地下にやってくる泥棒なんて、いないだろうし……。


 船を漕ぎ始めたミーナは、婚活相談所に三千人のエルフが押し寄せてくる夢を見た。その誰もが肉食系のイケメンエルフ。そして実家と同居していない一人暮らしだ。もうたまらない。選り取りみどりのバーゲンセール。ああ、婚活相談所で働いていてよかった!


「あのー」

「ハッ」


 ミーナが目覚めると、そこは元の寂れた地下にある婚活相談所だった。当然エルフの姿はない。なんて悲しい現実なんだ。うなだれるミーナの前には、ひとりの女性が立っていた。


 はっ、お客さんだ。


「あ、えと、新規ご入会にいらっしゃった方ですか?」

「ええ、人を探していて……」


 彼女は二十代前半っぽい、すらりとした背の高い美人だった。琥珀色の髪が腰まで伸びていて、よく手入れされていることが一目で分かった。


 もしかしたら貴族だろうか。少なくともミーナの回りにはいないタイプの女性だ。あと初対面の人にこんなことを思うのは失礼だが、じゃっかん幸薄そうな印象を受けた。女性よりも男性に好かれそうな雰囲気をもっている。


 彼女は丸みを帯びた青い瞳でミーナを見つめながら、蕾のような唇を開く。


「ライル=ハウルという者を捜しているのですが」

「え? あ、それってもしかしてライル所長のことですか?」

「ああ、やっぱり……」


 彼女は感極まったような声をあげた。


「ようやく見つけました……、ライルさま……」

「あの、もしかしてうちのライルになにか用が……?」

「『うちの』?」

「え、いや、その、あたしここの職員でして」

「あらやだ、ごめんなさい……、勘違いしてしまって……」


 己を恥じるようにして目を伏せる。ふんわりと揺れるまつげが風になびく様は可憐だが、なんだろう、勘違いでなければ今ミーナは威嚇された気がする……。


「申し遅れました」


 そして彼女は胸に手を当て、世の男性が惚れ惚れするような可憐な笑みを浮かべる。


「わたしはマルグリット。ライルさまの『婚約者』です」

「は……、はあ?」


 いや、そんな堂々と言われても……。はいそうですか以外の感想がないんだけど……。




ライルの業務日誌:きょうは朝から印刷ギルドにお邪魔して、たくさんビラを刷ってもらいました。これでもっともっとお客さんが来るようになればいいなー。

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