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国家公務員のジョン 後編


 ジョンはウキウキとした顔で座っていた。


「きょうは僕のために、理想のパートナーを紹介してくださると聞いて、やってきました」

「ええまあ、はい」


 婚活相談所の応接間である。隅っこには観葉植物が置かれ、少しだけ部屋の雰囲気を明るくしてくれている。明るくない表情をしているのはライルだ。彼は目をそらしつつ、うなずく。


 しかし己の使命感に突き動かされ、再度、念を押すようにしてジョンに尋ねた。


「あの、本当にいいんですか? ドS以外に条件は必要ではないんですか?」

「はい!」


 ハキハキと応えるジョン。その笑顔にはいっぺんの曇りもない。


 ライルはついに目をつむった。彼の結婚相手に求める条件がそれだけなら、もはやなにも言うまい。自分にできることは、相手を紹介することだけだ。そこから先は、彼自身が決めることだ。


「ではひとりマッチングした相手がいます。相手方にはもうあなたのことを話しており、彼女は『会ってやってもいい』と言っています」

「会ってやってもいい!? どうせ自分も独身のくせに上から目線だなんて、なんて高飛車なんだ! 素晴らしいです! それこそ僕の探し求めている逸材だ!」

「その言葉、褒め言葉のつもりでも絶対本人に言っちゃだめですからね」

「はい!」


 礼儀正しい。その中身さえ知らなければ、ジョンは好青年丸出しである。まあ、今さらなにも言うまい。彼は婚活相談所を頼ってやってきてくれたんだ。ならば自分は全力で仕事をしよう。


 ライルはメガネの奥の瞳を濁らせながら、ミアイシャシンを差し出した。


「では、こちらの人です――」




 それから二日後。ネピア市第三区の大通りに面したカフェ『クアトロ』にて、ジョンは緊張した面持ちで相手を待っていた。


 もちろん相手に恥を欠かせないように、上等なスーツを着てきた。髪もきっちりと整えて、身なりもバッチリだ。


 いったいどんな人が現れるのだろう。ドキドキと不安が交互に襲いかかってくる。昨夜は楽しみにワクワクして眠れなかった。


 そこでコツコツという靴音がした。ハッとジョンは顔をあげる。そこにやってきたのは――。


「遅れてごめんなさい、仕事が長引いちゃって。あなたがジョンさんですわね?」

「あ、はい、大丈夫です! 僕も今来たところですから!」


 頭から突き出た二本の角は、由緒正しきドラゴニュートの証。彼女の名前はエリザベス=フォンボルト。猛獣じみた切れ長の瞳がジョンを見下ろす。路地で出会ったら思わず道を譲ってしまうような、迫力ある姿であった。


 うわあ、こええ!


 ジョンは身震いした。こんなのが苦情窓口にやってきたら平身低頭してしまうだろう。なんかもう睨まれるだけでチビってしまいそうである。


 エリザベスは頬に手を当てて、ぎこちない笑みを浮かべる。


「……所長がぜひと言うから来てみたんですが、なんというか、こう、味のある感じの方ですわね」

「あ、そ、そうですか? いやあ、よく言われるんですよあははー……」


 ジョンは愛想笑いを返す。するとエリザベスも微笑んだ。


 なんだか、あれ? と思うジョンである。ドSと紹介された割には、けっこう礼儀正しい方なんだろうか。


 エリザベスは向かいに座ってウェイトレスに紅茶を注文すると、髪を耳にかきあげながらくすりと笑った。


「ネポア市議会で、真面目な定職についていらっしゃるのはなかなかのポイントですわね。年収金貨百枚にはほど遠いですけれど……、今までに申し込まれた人の中では好条件の相手ですわ」

「そ、そうですか?」

「ええ、身なりも薄汚くなく、キチッとしていらっしゃいますもの。わたくしの隣に立ってもみすぼらしくない格好に……、じゃなくて、ええと、そう、きっとお似合いのカップルに見えるんじゃありませんかしら!」

「あ、ありがとうございます」


 ジョンは頭を下げた。


 ときおりエリザベスはメモ帳のようなものをチラチラと見ていて、そのたびに彼女は発言をぎくしゃくと訂正していた。まるで台本でもあるような素振りである。


 それからふたりは歓談を続けた。エリザベスは彫金ギルドでアルバイトをしながら生計を立てているらしい。もともと宝石が好きなので始めたバイトだが、まだ雑用同然のことしかさせてもらっていないなどなど。


「へえ、がんばっていらっしゃるんですねえ」

「そんな、わたくしなんでまだまだですわ」


 エリザベスは上品に微笑みながらカップを口に運ぶ。ジョンはその仕草に思わず見とれてしまった。


 まるで野生の竜のような荒々しい容姿をしているのに、中身は淑女。そのギャップにメロメロになりそうだ。マッチングしてくれたライルの見立ては間違いなかったのだ。


 一時間、二時間と雑談を続けてゆくうちに、ジョンは胸が躍っている自分に気づく。


 あれ……、いじめられたり虐げられたりしていないのに、楽しい……?


 話題を振って、話題を返してもらって。自分が軽く言ったジョークに笑ってもらえたりして。そんな当たり前のことが、なんだかすごく楽しかった。


 ジョンは今までドSの女性ばかりを求めていた。人に厳しくされたり、雑に扱われることに興奮を覚えた。一生この性癖は変えられないだろうと諦めて、だったらもういっそ結婚でもしてしまおうかと婚活相談所を訪ねた。


 しかし、ここでジョンは光明を見出した。


 もしかしたら――、自分は普通の一般的な女性とも付き合えるのではないだろうか!


 そのことを教えてくれたのはエリザベスだ。ジョンは思わず立ち上がって彼女に手を伸ばした。


「すみません、エリザベスさん……。僕はあなたと出会ったおかげで、変われました」

「な、なんですの急に」

「僕は今までロクに女性と話したこともなかった。でも、あなたの美しさに目が覚めた思いです。僕はどうしてドSの人ばかり求めていたんだろう……、視野狭窄でした……」

「……ジョンさん」


 一方、エリザベスもまた新鮮な驚きを味わっていた。


 前回の婚活にてライルにプライドをへし折られたエリザベスは、しばらくの間落ち込んでいた。とりあえず住むところと仕事を見つけ、ネポア市で結婚相手を見つけようとしていた矢先、ライルからこの顔合わせの打診があったのだ。


 そこで「金貨百枚じゃないからお断り!」だなんて子どもっぽいことを言い出す気はなかった。反省を活かし、エリザベスは人間的な成長を遂げた。圧倒的な成長だ!


 ライルに言われた通り、騙されたと思って人に少し気を遣ってみればどうだ、この通り。エリザベスは自分のポテンシャルが恐ろしかった。やはりこれが生まれながらの高等種族、ドラゴニュートの力なのだ。


 ジョンは今すぐにでもエリザベスに本交際を申し込んでくるだろう。そうすれば今のボロアパートとはおさらばだし、毎日もうちょっとマシなものを食べられるはずだ。


 やはり自分の婚活市場における価値は、金貨百枚の宝石にも等しい! それは言いすぎだが、ちょっと内面をごまかすだけでこの有り様だ。エリザベスの未来は今、バラ色に輝き出したのだ!


 そんな気持ちでワクワクとジョンの告白を待っていると――。


 ジョンは唐突に頭を下げた。


「だからすみません! 今回は僕からお断りさせてください!」

「ええ、もちろんよくって……、え?」


 エリザベスは目を丸くした。なぜ……? なぜ!?


 ジョンは照れたような笑みを浮かべる。


「いやあ、世の中の女性のことをもっともっと知りたくなっちゃって……。ホント、すみません! いや、エリザベスさんはおきれいな方だとは思うんですけど……、でもほら、そうとわかれば、エリザベスさんよりももっと僕にふさわしい人がいるんじゃないかって思えてきて……。ね? だからこの話はなかったことに!」

「あの」

「僕、今まで勘違いしていました! 女性って中身じゃなくて顔なんですね! 顔がよければ一緒にいて楽しいっていうか、僕これからもっともっと美人な人とマッチングしてもらえるよう所長にお願いしてくるんで、失礼します! あ、わざわざ来ていただいたんで、ここのお代は僕が払っておきますね! エリザベスさんぐらいのそこそこの顔立ちの人にとっては男性にオゴられる機会なんてめったにないでしょうから、ラッキーに思っていてくださ――フゴッ!」


 最後の「フゴッ」は言葉の最中でエリザベスに喉輪をされた際の「フゴッ」である。


 エリザベスは左手一本でジョンの体を持ち上げた。ドラゴニュートに流れる竜の血がもたらす怪力である。首を掴まれ宙に浮かされたジョンは、足をバタバタとしてもがく。突然の惨事に、ウェイトレスが「お客様!? お客様!?」と狼狽している。


「なっ、なにをっ、いきなりっ」

「わたくし、ここまで人にバカにされたのは、初めてですわ……」


 ギランと縦長の瞳孔が輝き、ジョンを射殺すようにして貫く。ジョンはガタガタと震え出す。


「あわあわあわあわあわ」

「このわたくしが、このわたくしがあなたに無礼を働かないようにと、細心の注意を払ってお付き合いをしてあげたのに、あなたがわたくしをコケにするんですのね……。でしたら、わたくしがあなたに狼藉を働いたとしても、それは仕方ないという話ですわね?」


 左手でジョンの体を持ち上げながら、エリザベスは右手の爪を伸ばした。まるで鋼鉄の壁をも斬り裂くような竜爪が、ジャッキーンと猟奇的な光を放つ。


「愚かな人間族の男め……、わたくしの名はエリザベス=フォンボルト……、その下劣な品性と低俗な脳みそに、偉大なる竜の力を思い知らせてあげますわ……」

「――っ!」


 その瞬間だ。青白い顔をしていたジョンの背筋に電撃が走った。彼は頬を紅潮させて叫ぶ。


「まっ、待ってください! 僕はあなたのような人を待っていたんです!」

「は?」

「その強気な顔……、人など塵芥のようにしか思っていない残虐さ……、雄弁で尊大な態度……、そうして鋭い爪……、まさしく、僕の思い描いた理想のドS! 僕の頭じゃなくて直接、心に響いてくるような説得力がたまらない! やっぱり人は顔じゃなかったんだ! ああっ、まさか一日で二度も人生観を変えられるだなんて……!」


 首を掴まれたまま、ジョンは恍惚の表情で叫んだ。


「あなたのようなドSの人を待っていたんだ! お願いです、エリザベスさん! どうか、どうか僕と本交際をしてください! あなたのそのSっ気で僕を幸せにしてください!」


 エリザベスは微笑んだ。その笑顔を前にジョンは自らの運命を察する。すぐさま、彼の腹に拳がめり込んだ。真っ赤な衝撃の中、ジョンは本懐を遂げる。


「――こちらから狙い下げですわ!!!」


 テーブルや椅子などをなぎ倒しながら吹っ飛んでゆくジョンに「お客様ー!? 困ります、お客様ー!」の叫びが届く。


 薄れゆく意識の中、ジョンは静かに微笑んでいたのだった……。





 ***





 その後の顛末である。


 エリザベスとジョンの顔合わせは破談で終わった。ライルは頭を抱える結果になってしまったが、しかしエリザベスはなにかを掴んだらしく吹っ切れた顔をしていた。「やはり自分を偽ってもいい結果は生まれませんわね」と言い、それからも積極的に婚活を続けているようだ。


 婚活相談所へ報告に来た彼女は、「今回の件は、いい反面教師になりましたわ」と尊大な笑みを浮かべて、カフェの弁償代のレシートをひらひらとさせながら胸を張って歩いてゆく。エリザベスの後ろ姿はなんだか妙に颯爽としていた。


 ここを訪れたばかりのときよりも、精神的にドンドンとタフになってゆくエリザベスは、もしかしたらそう遠くない内に理想のパートナーを見つけ出すかもしれない。


 そんな、少しずつ結婚への道を歩み出したエリザベスとは裏腹に――。


「ていうか、女は胸に決まってんじゃん」

「いやいや、女は顔ですよ。顔。それでドSなら申し分ないですね」


 翌日、婚活相談所の応接間にて、女性のミアイシャシンをめくっているクラウスとジョン。いつの間にかふたりは――年が近いこともあり――仲良くなっていたようだ。


 粗野なクラウスとスマートなジョン。正反対の外見をもつふたりは、正反対の意見をぶつけ合わせながら女性のプロフィールを眺めてゆく。


「はー、おっぱいがでかくて適度に頭の悪いような女はいねえもんかな。なあミーナ、婚活そろそろ面倒になってきたから俺と結婚しねえ? お前ぐらいのおっぱいでも勘弁してやるからさあ」

「なに言っているんですか、ミーナさんのような顔がそこそこ良くてドSな女性は僕がキープしているんですからね。何事も大事なのは保険ですよ。僕が理想なパートナーを見つけるまでは、横取りしないでくださいよ、クラウスさん」


 部屋の隅っこにいたミーナはにっこりと微笑みながら、渾身の力で拳を握り締める。彼女の足元から冒涜的な黒いオーラが立ち上っていた。


「所長、きょうはネポア市のゴミをお掃除しますね。大丈夫です。昔のツテで口の堅い死体回収業者を知っていますので」

「やめて」


 ライルは手のひらで顔を覆いながら静かに首を振った。




ライルの業務日誌:本日は何事もなく平和に過ごせた。なにもない日が幸せだなんて、どうして僕は忘れていたのだろう。

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