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国家公務員のジョン 前編

「最近少しずつお客さんが来るようになってきましたねー」

「そうだね」


 ホクホクとした顔でお茶をすするミーナと機械をいじっているライル。ふたりは応接間にいた。もう少しで相談所の開店時間だ。


 ライルが点検している機械は、ミアイシャシンを取るためのカメラなるアイテムだ。どうも一般には流通していないらしく、S級冒険者のミーナも初めて見たものだ。なぜライルがそんな謎のアーティファクトを持っているのかは謎だが、ミーナの拳を謎の力で止めたことといい、彼は謎が深い。まあミーナはあんまり気にしていないが。


「少しずつ軌道に乗ってきたのか、口コミが広がっているようだね」

「ロックさんのパン屋のおかげですね!」

「アイナノアさんのポーション屋でも、宣伝してくれているようだよ。エルフの恋に破れた男性たちがそのままうちに入会してくれたらありがたいんだけどな」

「もっともっと婚活相談所の名声を高めて、世界中に轟かせましょう! 誰もが理想のパートナーと巡りあうことができるこのすばらしいシステムを世界中に!」

「エルフの里まで届くよう(せかいじゅう)に、だね」

「もちろんです!」


 ミーナはハツラツな笑顔を見せつつ、相談所の札をOPENに直そうと外に出た。


 前までは一週間にひとり新規のお客さんが来るか来ないかだったのに、最近では三日に一度はお客さんが来てくれる。もしかしたらきょうも新しい出会いがあるかもしれない。ましてや、今度こそ肉食系エルフの男性が自分を求めてやってくるかも……! なんちゃって! えへへっ!


 緩む頬を押さえたまま、外でぼーっとしているとだ。


「あの、すみません」

「はっ」


 慌ててよだれを拭いて振り返る。そこにはビシッとしたスーツを着た、人間族の青年が立っていた。


「こちらがライル婚活相談所だと聞いてやってきたんですが」

「いらっしゃいませ――って、ええ!?」


 ミーナは目を剥いた。相手の容貌を上から下まで眺める。上等なスーツを着た彼は、ライルほどではないが身長も高いし、スタイルもいい。それに髪を綺麗に整えていた。清潔感という言葉を具現化したような人物だ。


 ミーナは彼を連れて地下そうだんしょに降りてゆく。応接間のライルに「お客さんです」と紹介してから、彼に耳打ちをした。


「どうしましょう、所長……、うちみたいな場末の相談所に、こんな立派な感じの人が来ちゃいましたよ!」

「君はうちをなんだと思っているんだ」


 とりあえず青年を奥へと通し、接客はライルがすることにした。




 記入してもらったプロフィール欄を眺めて、ライルが「へえー」と関心した声をあげる。


「市議会の役人さんですか」

「ええ、まだ三年目の新人ですが。ようやく仕事に慣れてきたので、そろそろ身を固めたいな、と思いまして」

「生活課の苦情係だなんて、大変なお仕事ですね」

「いえ、僕の天職だと思っておりますから」


 青年の名前はジョン=クラウン。年は23才で、収入はなかなかのものだ。その上、ネポア市議会の役人というのだから、職業は安定している。


 清潔感のあるスラっとした容姿に加えて、酒も煙草もやらないようだ。その上に受け答えはハキハキとして明朗で、笑顔にも嫌味はまったくない。


 正直、ミーナではないが「どうしてうちに来たの?」と聞きたくなるようなスペックの男性である。


「このたび婚活を始めたのは、普段仕事をしているだけでは出会えないような人物と出会えると思ったからです。市議会は男性社会ですから、ほとんど女性がいないんですよね。それならお互いの条件を最初から明示して、無駄なくマッチングしてくださる婚活相談所を利用したほうが、効率的でしょう?」

「まったくその通りですね」


 ライルはウンウンとうなずいた。そうだ、つまりそういうことなのだ。聞いたかミーナよ。


 ミーナはふたりの前にお茶を並べると、警戒心丸出しの目つきでライルに耳打ちした。


「この人、ちょっと人格が立派すぎますよ……、怪しいですね、結婚詐欺師じゃないんですか……?」

「やめないか」

「?」

「いえ、なんでもありません。うちの受付はエルフを好きすぎてそれ以外の種族にまったく心を開いていないんですよ」

「それはそれは……。大変ですね。ご自身も人間族なのに……」

「できれば自身もエルフとして生まれたかったと常々言っております。それはともかく」


 ライルは後ろで不機嫌のオーラを出すミーナを無視して、名簿を机に並べた。


「まずは条件を聞きましょうか。どんな女性をお探しですか? ジョンさんのことですから、希望はかなりはっきりしていらっしゃるようにお見受けしますが」

「そうなんですよ」


 ジョンは笑顔を浮かべながら言った。


「ドSの女性を希望しています」

「どえ……、え?」


 ライルが顔をあげると、ジョンは実にいい笑顔をしていた。


 その笑顔はなにか、先ほどまでとは違う異質なものに見える……。


「いや実は僕、昔から人にけなされたり、怒られたり、虐げられたりするのが気持ちよくて仕方ないんですよ。それが高じて苦情係に就職したぐらいで」

「……」

「で、それだったら将来の伴侶もそういう人がいいな、って。ずっとずっと憧れていたんですけど、なかなかそういう人とは出会えないじゃないですか? そんなとき、渡りに船でしたよ! この婚活相談所っていうシステムは、まるで僕のために作られたようなものですね! あっ、すみません、ちょっと調子に乗ってしまいまして……、こんな僕、叱られてしまいますかね?」

「いえ、叱りませんが……」


 チラチラとなにかを期待するような目でこちらを見るジョンに、ライルはむしろめちゃめちゃ戸惑っていた。


 ミーナもまた、げっそりとした顔でつぶやく。


「久しぶりにまともな人が来たと思ったら、全然まともじゃなかった……」


 そのつぶやきに反応したジョンは、まるで少年のようなキラキラとした目をして振り向いてくる。


「あっ、そこの受付の人、今なんて言いました!? 僕のことを今、ゴミを見るような目で見ませんでした!?」

「い、いえ、そんなことは」

「本当ですか!? 本当に少しも気持ち悪いと思いませんでした!? 微塵も!? あなたはもしかして聖人君子ですかあー!?」

「ああもううっさい! あんたみたいなのを少しでもまともだと思ったあたしがバカだったわよ! ちょっと寄らないでよ! 吐き気がするわ! だいたいあんた自分が出会いさえあれば結婚できると本気で思ってんの!? ドSの人がいいってことは一方的に自分を楽しませてくれるだけの女性を望んでいるってことでしょ!? バカ言ってんじゃないわよ、なんであんたみたいな気持ち悪いのを好きで罵倒してやらなきゃいけないのよ! 怒るのだってカロリーを消費するんだから! おうちに帰ってママにでも叱られてなさいよ!」

「くっはー! しょ、所長! 呼吸をするように人を罵倒できるこの受付の人がいいです! この人と本交際を希望しますお願いします!」

「だそうだけど、ミーナくん」

「あんたなんて永遠に誰とも子孫を残せぬままただ一人で虚しく死んでゆくのがお似合いよ! 叱られたいだけだったら勝手にカネ払って風俗いってろ! バーーーカ!」

「あああああもうたまらない!」


 そのふたりに挟まれながら、ライルは遠い目をしていた。



ライルの業務日誌:理想の婚活相談所を目指してがんばってきたはずが、僕はどこか道を間違えたのだろうか。

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