錬金術士のエルフ 後編
「ええと、新しい人が何人かいるんですが、見てみます?」
「お、見る見る」
ミーナの向かいに座るのは、大工ギルドの副班長ゲイリーだ。彼は仕事終わりや休みの日など、こまめに婚活相談所に通っていた。現在二十六才である。収入も悪くない。かなり熱心な会員なので、成婚退会もそう遠くはないだろう。
ゲイリーはミーナから渡されたミアイシャシンを眺めて、おっ、と顔色を変えた。
「おー、すごい。この人はエルフじゃないか。へえー、エルフかあ……」
「やっぱりどの人もエルフに引かれるんですね」
「そりゃそうだろう」
自慢の髭を撫でながら、ゲイリーはウンウンとうなずく。
「なんたってべっぴんさんだし、理知的で聡明。おまけに長命種族だから、いつまでも若くて綺麗な嫁さんがそばにいてくれるってわけじゃねえか……、っていやいや! 俺は人間族の相手希望だから別にそういうのは気にしちゃいねえんだけどさ! 一緒に年を取っていくのってステキじゃん!? ま、一応な、一応! 申し込みはしてみっかな!」
「はあ……。わかりましたけど……」
ミーナの白い目に気づいて、ゲイリーは慌てて両手を振った。
白い目をしていたのは、別にゲイリーに呆れていたわけではない。ミーナ自身彼のような理由でエルフの相手を望んでいるので、まるで自分の願望を鏡で見ているような気分だったのだ。
ゲイリーが帰っていったあと、大量の申込者の束を眺めて、ミーナはため息をつく。
「どの人もどの人も、エルフが好きですよねー……」
そこらへんすべて自分に跳ね返ってくる台詞なので、あまり強くも言えない。
「ひょっとしてライル所長には、あたしもこう見られているのかな……」
「大丈夫、君はもっとおぞましいなにかだよ」
応接室にライルがやってきた。
「お客さんだよ、お通しするね」
「は、はい!」
ミーナはビシッと背筋を正した。アイナノアにがんばると誓ったのだ。自身の醜さをつきつけられた程度でへこたれてはいられない。
と、そこでライルに連れられてきたのは、帽子をかぶった老人男性であった。上等なスーツを着た彼は、ひょいと帽子を外す。白髪混じりの髪が見えた。
体格は細すぎず太すぎず。スマートな若木を思わせる彼は、ミーナに「やあ」と渋い声をかけてきた。
「あっ、ヴァンキンスさん」
「どうも、ミーナさん。今空いているかな?」
「ええ、もちろんです。どうぞどうぞ」
ヴァンキンス=シールライトは、ネポア市の衛兵を五十才まで務めあげ、昨年定年を迎えた男性だ。
若い頃にはやんちゃをしていて結婚する機会を次々と逃し、恥ずかしながらこの年になってしまったのだという。今は同年代の、茶飲み友達感覚で付き合える女性を探しているらしい。
ミーナはそそくさと応接室を片付けて、ヴァンキンスを招き入れた。アイナノアの相手を探すのも大事だが、通常業務は通常業務ですごく大事なのだ。
何枚かミアイシャシンを見せている間に、自然とアイナノアの話になっていった。
「へえ、エルフの娘さんがね。珍しいこともあるもんだ」
「でしょうでしょう? それで今、いろんな人にオススメをしているんですよー」
「実は僕、エルフと熱いロマンスをしたことがあってね。なんだかちょっと懐かしい気持ちになっちゃうな」
ヴァンキンスは昔を懐かしむように目を細めた。彼の話はどこまでが真実かわからないから、ミーナはたいてい笑って聞き流すことにしている。
「といっても僕はもうこんなおじいちゃんだからね。未来ある若い人は、若い人同士くっつくべきだと思うよ」
ヴァンキンスはそう言って穏やかに微笑む。ヒューマンの寿命が平均六十才ということを考えると、あながち間違いでもないのかもしれない。立ち振る舞いが若々しく見えるので、つい忘れてしまいそうになるのだが。
「でもどんな人があの人に似合うかわからないんですよね……。たぶん、彼女は自分を守ってくれるような人を希望していると思うんですけど……」
「ミーナさんがリストアップしたものを、その子に直接見てもらえばいいんじゃないかな。そこからなにか運命を感じたりするかもしれないしね」
「運命、ですか」
怪訝そうな顔をするミーナに、ヴァンキンスは肩を竦める。
「ま、僕の場合はその相手がいなかったからこの年まで独り身だったわけだよ」
「それで運命をたぐり寄せるために、うちにやってきたんですか?」
「そうだね、何事も努力が大事だ。なーに、きっと一年以内には理想のパートナーを見つけてみせるよ、はっはっは」
老いてますます盛んとは、この人のためにあるような言葉だなあ、とミーナは笑顔で相槌を打ちながら思っていた。
その日の午後、ミーナはアイナノアの店へと向かった。
リストアップしたファイルを小脇に抱えて、てくてくと町はずれまで歩いていくと、ちょっとした林の奥にぽつんと立っている店があった。
景観といい雰囲気といい、なかなかいい感じのポーション屋に見えるのだが、辺りでたむろする好色そうな男たちがムードをぶち壊していた。
「きょうはアイナノアちゃん店番に出てこないのかなあ」
「奥でポーション作っていて、出てきてくれないよなあ。一目顔を見たいんだけどなあ、ぐへへ」
「……すいません、ちょっと通ります」
男どもをかきわけて、ミーナは店内に押し入る。許されるものならそいつらを全員ちぎっては投げ、ちぎっては投げていきたいものだが、それはきっとアイナノアに迷惑がかかってしまうだろう。自重する。
ミーナはカウンターの奥、工房へと迷わず入ってゆく。
「あのー、ごめんくださいー」
工房の奥からガラガラッというなにかが崩れるような音がした。ミーナは慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あっ、み、ミーナさんでしたか。すみません、ちょっとびっくりしちゃって」
「…………」
倒れたビンなどを元に戻し、アイナノアは立ちあがる。その姿を見て、ミーナは思わず言葉を失った。
スリムなズボンをはいた彼女は大きな帽子をかぶり、ぴったりとしたシャツを着ていた。その上からエプロンをかけ、はにかんだ笑みを浮かべる。
アイナノアは男装をしていた。
とてつもないエルフの美少年がそこにいた。
「あ、この格好ですか? こういう姿なら、冷やかしの人たちはがっかりして帰るかな、って思って……、あの、ミーナさん、ヨダレ垂れてますけど……?」
「はっ」
口元を拭く。気を失うかと思った。
「アイナノアさん、だめだよその格好は。特別に危険だよ。そういうのが好みで好みでたまらない人も中に入るんだから、火に油を注ぐ結果になりかねないわ」
「そ、そうなんですか?」
「間違いないわ……。ぐっ、沈まれ、沈まれ、あたしのハート……! だめだわ! このままではあたしの中のなにかが暴れ出しそうになって……! ううっ……! にげ、逃げて、アイナノアさん……っ!」
「ミーナさん!?」
火に油を注がれ、両手で頭を押さえながら悶え苦しむミーナが大人しくなるまで、一時間ぐらいかかった。
「というわけで、気になる人はいました?」
「んー……」
ポーション屋の店内にて。アイナノアは何度もぺらぺらとミアイシャシンを眺め、難しい顔をした。
「こういうのって、なにを基準に選んでみたらいいんでしょう……」
「年齢、ご職業、あるいは相手方の条件とかですかね。種族に関して好みとかは?」
「優しい方なら特に問いません」
なるほど。アイナノアの場合は好みの幅が広いから、さらに決められなくなってしまっているのかもしれない。その辺りを狭めるためにアドバイスをしたほうがいいだろう、とミーナは口を開く。
「だったら一度会ってみましょうよ。何人かに会って、それから少しずつ絞っていきましょう。お手紙を書いていただければ、こちらでお届けしますので」
「……わかりました」
アイナノアは暗い顔でうなずいた。
「わたしも、元は冒険者の端くれです。ふたりきりのデートは不安ですが、爆発ポーションなどをしっかり用意すれば自分の身ぐらい守れます。がんばりますね」
「アイナノアさん、もうちょっと相手に心を開いていきましょう! ね!?」
エルフが町中で暮らすのは大変なんだなあ……、とミーナは改めて思う。
だが、事態は思わぬ好転を見せた。
「……あ、この人」
アイナノアの手が止まった。それはヴァンキンスのミアイシャシンだ。あれ、持ってきた覚えはないのに。そういえば出掛けにライルが「これも」と言って上に載せてきた気がする。慌ただしくしていたのですっかり忘れていた。
パッとアイナノアは顔をあげた。彼女の頬には赤みが差している。
「こ、この人でお願いしても、いいですか?」
「えっ? いいですけど、だいぶ年齢が離れていませんか?」
「お願いします!」
これまでにないアイナノアの勢いに押されつつも、ミーナはうなずいた。その疑問は翌週のデートで晴れることになる。
***
その後の顛末である。
待ち合わせ場所でヴァンキンスと会ったアイナノアは、まるで初めて恋をする少女のように顔を真っ赤にして押し黙っていた。その様子を前にしたヴァンキンスも「参ったね、こんなじいさんなんかに」と少し恥ずかしそうにしていたものの、まんざらではないようだ。
実はふたりは、かつて一緒に冒険をしていた仲だったという。
まだ当時、新米冒険者だったアイナノアの面倒を見ていたのが、若き日のヴァンキンスだという。今から三十年前の出来事だ。
かくしてふたりは、婚活相談所で再び出会った。それがヴァンキンスの言う『運命』というやつだったのかもしれない。
「はあ、素敵な話ですよねー……」
「そうだね」
婚活相談所の営業時間が終わり、ソファーに向かい合うミーナとライル。
「そういえば所長知っていたんですか? あのふたりが昔、親しくしていたことを」
「ん、特にそういうわけではないよ。ただ、ヴァンキンスさんは元衛兵だったからね。アイナノアさんを守る力があるだろうと思っただけさ。なにか化学反応を期待していたことは事実だけど。ポーションの調合のようにね」
「はあ、まあ全然うまくないですけど、なるほど……」
「……」
ライルがじゃっかんイラッとした顔で眉根を寄せる。
ぼんやりとした顔で中空を見つめていたミーナは、ふいにハッと顔をあげた。
「ということは、ヴァンキンスさんとアイナノアが成婚した際に、その息子さんをあたしが一から育てていけば、三十年後には……!」
「この件を君に任せたの、やっぱり間違いだった気がしてならないよ」
しかしアイナノアの助力もあって、エルフ殺しの汚名は返上されつつあるようだ。めでたしめでたし。
ライルの業務日誌:ポーションの調合の件は、別に狙って言ったわけじゃないです。