錬金術士のエルフ 前編
「はー」
ミーナは出勤途中、ロックのパン屋で購入したフランスパンを抱えながら、けだるいため息をついた。
前回のクラウスの一件で、ちょっとテンションが落ち気味なのである。
すべての婚活者があんな感じだとはまったく思わないが、しかしここ最近は彼の幻影がチラついてイマイチ仕事に身が入らないのだ。まあどっちみち客は来ないので、気合が入ろうが入るまいが変わらない話ではあるが。
ここらでひとつ、テンションのあがるようなことがあればいいのだが。
ミーナが婚活相談所に入って「おはようございますー……」と声をかけたそのとき、ちょうど応接室からライルが出てきた。
彼は「やあ」と手をあげると、いつもの軽薄な笑みを浮かべながらミーナに驚くべき言葉を口にした。
「今、婚活希望のエルフのお客さんが来ているよ」
エ・ル・フ!
ミーナは通勤用のバッグをその場に落とした。目を見開き、震え出す。灰色だった世界が一気に華やいだ。視界の端に薔薇が咲き誇る。天使がラッパを吹き鳴らす音がした。
神様はミーナの努力を見ていてくれるんだ。変なのに絡まれたミーナを憐れんで、エルフを遣わせてくれたのかもしれない。ありがとう、ありがとうございます神様。ミーナは幸せになります!
ミーナは応接室に飛び込んだ。するとこちらを見上げたエルフがビクッとして、ソファーの座る位置を入口から遠い場所にスライドさせる。猛獣を狙うようなミーナの血走った目が怖かったのだろう。
それはさておき。
その場にミーナは崩れ落ちた。
(女の子じゃないですか神様ー!! ちくしょうがー!!!)
エルフの少女の前、ミーナは泣いた。まるで童女のようにボロボロと涙をこぼした。世界が自分に優しくないことを知り、ミーナはまたひとつ大人になったのだった……。
「わたし、アイナノアと言います……」
内気そうな顔をして、緑色の髪をショートにそろえた細身の少女である。ミーナも嫁ぎかけていたときに村でたくさんのエルフに会ったが、こうして街中で見るとやはり信じられないぐらいの美少女だ。目なんて翡翠のようにぱっちり、光を反射してキラキラと輝いている。
しばらく夢に出てきそうなほどに美しい彼女はまだ四十四才だそうだ。人間の年齢に換算すれば、ミーナよりも年下である。
若い上に、森の宝石と呼ばれるような美貌をもっているアイナノアは、ミーナにとって天にすべての才能を与えられたかのような少女に見えた。
ミーナは恐る恐る声をかける。
「あの、つかぬことをお伺いしますが、どうしてこんな未婚者の行き着く墓場のような場所に……」
「最近お掃除してキレイになっただろ!? 君はクラウスのことを引っ張りすぎだよ! 登録者は彼みたいな人ばっかりじゃないからな!」
珍しくライルが声を荒げる。その声にもアイナノアはビクッと体を震わせた。どうやら見た目通り気弱な性格をしているようだ。
「あの、わたし……、エルフじゃないですか……」
「はあ」
「冒険者をやめたのも、わたしがエルフだからって声をかけてくる強引な男の人が多くて、それで人間関係が面倒になってやめたんです……」
「なるほど、ミーナくんの同族か。迷惑な話だな」
「あたしは時と場所をわきまえてますけど!?」
「面白い冗談だ」
アイナノアはぽつぽつと語る。
「それでネポア市の端っこで、冒険者時代に培ったスキルを活かして、ポーション屋を開いているんですよ……」
「えっ、そうだったんだ! このあたしがネポアに住んでいるエルフを把握していなかっただなんて!」
「…………、あの、それで、最近わたしが町はずれでポーションを売っていることが口コミでバレちゃって……、店にもわたし目当ての男の人がやってくるようになっちゃって……」
「念のために聞くけど、ミーナくんってお兄さんとか弟さんとかいない?」
「あたし一族の仕業にしようとするの、やめてくれません!?」
ショートカットを耳にかけて、アイナノアはため息をつく。
「だから、せめてわたしが結婚したらそういう人たちも減るのかなって思って……、噂を聞いてここにやってきました」
「エルフ専門家のミーナくん的にどう思う?」
「なんであたしに聞くんですか!? いい手だと思いますけど!」
あの、とアイナノアが小さく手をあげた。
「ミーナさんってもしかして、『あの』S級冒険者のミーナ=レンディさんですか?」
「え?」
あたしのことを知っているの? と聞こうとしたそのとき、アイナノアは青い顔でつぶやく。
「もしかしてエルフの村をいくつも滅ぼしたという、あの、生きとし生けるすべてのエルフを覆滅すべしでおなじみの、『拳神』ミーナ=レンディさん……?」
「待って! なにその噂! どういうことなの!?」
アイナノアは知り合いから『気をつけろ』と釘を刺されたらしい。今度はミーナが青い顔になる番だった。
「そんな噂が広がったらあたし一生エルフと結婚できないじゃん!!」
頭を抱えて叫ぶミーナ。
アイナノアは少しだけホッとした顔になる。
「あ、でも噂は嘘なんですね……、ミーナさん、お会いした感じだと、優しそうな方ですもんね……」
「村をひとつ滅ぼしかけたのは事実だけど!!」
アイナノアはソファーの後ろに隠れ、震えあがる。
ミーナはぐったりとしながら、ライルに頭を下げた。
「所長……、この仕事、どうかあたしにやらせてください……。あたしがエルフに優しいってことを世界にアピールしないと、このままじゃあたしの生きる意味がなくなってしまいます……」
「う、うん、わかったよ……。がんばってね……」
そんなミーナを見るライルの目は、なんだか可哀想な人を見るようなものだったという。
「さて、じゃあお相手ですなんですけどー」
「は、はい」
一対一になり、先ほどより少し緊張した面持ちのアイナノアに、ミーナは笑顔を向ける。
「だ、大丈夫ですよ。あたしは誠意を込めて、あなたの理想のパートナーを探してみせます。任せてください」
「はい、ミーナさん。すみません、よろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げるアイナノア。
お互いが少しリラックスしたムードになったところで、応接室のドアがバーンと開いた。
「ようミーナ! なんかめっちゃかわいいエルフの子が来たんだって!? うお、その子か! マジかよめちゃくちゃかわいいじゃん! この子に比べたらミーナとか泥まみれのカエルも同然だなオイ!」
満面の笑みでそう言い放つクラウスの腹に高速の蹴りをお見舞いし、ミーナは即座にドアを閉めた。そうしてにっこりとアイナノアに微笑む。
「大丈夫ですよ、アイナノアさん。今の人はただの通りすがりの頭の悪い男ですから。安心してください。ちゃんとした人を見つけてあげますから、ちゃんとした人を! ところでアイナノアさんってお兄さんとか弟さんとかいませんか?」
「……す、すみません、わたし独りっ子だったので……」
どさくさに紛れて質問をしてくるミーナに対し、アイナノアは不安そうに瞳を揺らしていたのであった。
ライルの業務日誌:クラウスくんは学習したほうがいいと思う。




