未熟者の人間族 後編
「俺のなにがいけなかったんだ!」
頬にバンソウコウを貼ったクラウスはドンとテーブルを叩いた。
「だって俺は冒険者だ! 俺が案内できるところなんて、町の外ぐらいしかない! ふたりで冒険に行くのだって立派なデートになるんじゃないか! なあ所長!」
「えーと」
向かいに座るライルは少し思案した。ゆっくりと口を開く。
「じゃあ例えば、商工業ギルドの精肉担当の人がいるとして……、『デートしましょう』って誘われたらそこが家畜の屠殺場で、『わたしいつもここで仕事をしているんですよー、一緒に豚をシメましょうよー』って言われたらどうします?」
「こいつ頭おかしいな、って思う。つーかそれデートでもなんでもなくね?」
「……つまり、そういうことなんじゃないでしょうかね」
「え? ……え?」
クラウスはきょとんとした直後。
――凄まじい形相と化し、手で顔を覆った。
その目からは、滂沱の涙が流れている。
「うあああああああああ! 俺はミーナにそんなことをしてしまったのかああああああああああああ!」
「そ、そうですね」
「もうだめだだめだおれはだめだもうだめだほんとうにだめだもうだめだミーナに嫌われた嫌だいやだだめだおわりだおしまいだミーナにきらわれたもうだめだ俺はなんてダメなやつだああああああああああああ!」
「どうぞお茶です」
「ああ、ありがとう」
澄ました顔でミーナが入ってきた。ライルとクラウスの前にお茶を出して退出してゆく。いったい彼女はどんな気持ちでふたりの会話を聞いているのだろうか。
それはいいとして。
クラウスはそう悪い人ではない気がして、ライルは少し物腰を柔らかくした。しいて言うなら頭が悪いぐらいだ。
「だったら少しの間、僕と特訓をしてみませんか? そうして、改めてデートをやり直しましょう」
「えっ、……い、いいのか!?」
「ええまあ、ミーナさんは『勝手なことすんなメガネボケ』って言うかもしれませんが、僕がなんとか説得しますよ。せっかく相談所の門を叩いてくれたのに、このまま終わりというんじゃもったいないですからね。もちろん、クラウスさんが本気なら、ですが――」
言葉を言い終わる前に、ライルはぎゅっとクラウスに手を握られた。
「――ありがとう! あんたいいやつだな! 俺のことはクラウスって呼んでくれ!」
「は、ははは。ではクラウス、君が最高のパートナーと結ばれるように、僕もがんばるよ」
「よろしくお願いします! 師匠!!」
こうして二人三脚の日々が始まった。
クラウスは顔面などの素材はなかなか良いし、冒険者家業ということで収入が不安定な面もあるが、自らグイグイと女性を引っ張ってゆくことができる男だ。その積極性と、話好きなところは大きな長所だろう。
逆に、自分勝手で考え方が子どもっぽい部分もある。その辺りをライルは重点的になんとかすることにした。
「いいかい、クラウス。婚活相談所に登録をしたというのは、いわば冒険者ギルドに登録をしたのと一緒だ。そのままでは誰も君を強くしてくれない。自分で自分を鍛えて、成長するしかないんだ。わかるかい?」
「わかる、わかるぜ! お前の例えはすげーよくわかる!」
クラウスは頭が悪かったが、冒険者に例えるとなんでもすんなりと飲み込んでくれた。得意不得意がハッキリしている性格なのだろう。それもライルにはありがたかった。
「もちろん、女性はタイプによって好みが全然違う。君は水辺に棲む魔物と洞窟に棲む魔物を同じように倒そうとするかい? しないだろう。この人に合った攻略法というものがあるんだ」
「わかる、わかりまくるぜ!」
「僕はミーナさんの好みをよく知らないけど、それでも『だいたいのモンスターは火に弱い』のように、定番というものはある。それを押さえておいて、デートの流れによってやり方を変えるんだ」
「うおおおおおお、師匠おおおおおおおお!」
クラウスはノートいっぱいにメモを取る。そんなふたりのやりとりを覗くミーナは、「あのクラウスが変わるわけないじゃん……」というごく当たり前の感想を抱くだけだった。
こうして一週間に渡る特訓が終わり――クラウスは見違えた。
革鎧姿でデートに向かった彼はもういない。今の彼はスリーピースのスーツを着てビシッと髪を整えた、女子という名の魔物を狩るハンターだ。
「いってくるぜ、師匠。見事にミーナのハートを……、射止めてみせる!」
「うん、でもそんなに意気込み過ぎないでね。今回でどうにかしようと思うんじゃなくて、次に繋がることが大切なんだから」
「フフッ、そんなの知っているぜ。獲物は追い詰めて追い詰めて、そうしてもう抵抗する意志がなくなったところで仕留めればいいんだろ? 心配しないでくれ、俺は生まれ変わったんだ」
クラウスは両手を広げて天を仰ぎながら、叫ぶ。
「――俺は、婚活戦士ネオ・クラウスだ!」
その言葉の意味はよくわからなかったが、本人に自信があるというのは案外大事なポイントだ。ライルは微笑を浮かべながら見送った。
しかしここまで手を尽くしても、相手はあのミーナだ。どんなにやることをやっても、クラウスが人間族だというだけで、失敗は免れないんだろうけど……。
……まあ、挑戦することには意味があるはずだ。うん。
「……なんであたしが二回もあいつに付き合わなきゃいけないの」
ミーナは前回と同じ噴水前広場で待っていた。
もちろんミーナだって婚活を始めたのはつい最近だ。人にとやかく言うようなレベルにはまだまだ全然達していない。がさつだし、乱暴者だし、化粧だって得意じゃないし、おまけに嗜好は偏っている。
だからといって、クラウスだけはゴメンだ。
もともと彼はリンダにぞっこんで、そのために恋愛相談を受けたこともある。だが結局、生来のデリカシーの無さからいつもリンダの逆鱗に触れて、ミーナまでいらぬ面倒に巻き込まれたりしていたのだ。
なのに今さらリンダが結婚したから自分に来るとか、ありえない。さも前から好きでしたみたいな顔をしていたけれど、ミーナは覚えている。冒険後の打ち上げにリンダが参加していないと露骨にため息をついて『あーあ、こんな暴力女とふたりかあ……』とか言ってさっさと帰ったり。リンダとミーナが一緒のときに出くわすと、ミーナだけを追い返そうと姑息な手段を使ったり。
つまりクラウスはゲスな野郎なのだ。どんなに上手なリードをされたところで、彼の人間性をたっぷり知っているミーナがクラウスを好きになるはずがないのである。
と、待っているとだ。
「ごめんごめん、お待たせ」
通りの向こうからスーツ姿の男性がこちらに小走りでやってくるのが見えた。あんな知り合いはいなかったはずだが……。
よく見ればそれはクラウスだった。
「えっ、なにその格好」
「ははは、変、かな?」
「変」
クラウスといえばボサボサの髪で小汚い鎧を身にまとっているのがいつもの彼だ。こんなパリッとした格好だと違和感がすごい。格好自体は嫌いではないけれど、違和感がすごい……。
しかもクラウスのくせに時間ピッタリにやってきている! こいつが5分から30分も遅刻をしないだなんて! どういうことなのだ!
「ねえ本当にクラウス? ちょっと顔の皮引っぺがしていい?」
「やめろよ! お前に本気で引っ張られたらマジで剥がれるだろ!?」
その本気でビビる姿はまぎれもなくクラウスだ。
「ライル所長って、人を遠隔操作で操る魔法とかも使えるのかな……」
「俺だよ俺! 本気で俺だから! なんでそこまで言うわけ!?」
「あんたが過去にやってきたことを思い出しなさいよ……」
胡乱な目を向けると、クラウスは「ま、それはそうとして!」と話を変えた。
「じゃあさっそく劇場にいこうぜ。きょうは隣の町から楽団が来ているんだ。チケットはもう二枚取ってあるからさ」
「わかったわクラウス、あんた手際のいい悪霊に取りつかれているのね。大丈夫、あたしが今目を覚まさせてやるから」
拳に魔力を込めてゆくミーナの前、クラウスは必死で無実の証明をしていたのだった。
その後、交響楽団の大衆音楽に聞き惚れたふたりは、噴水通りを軽く散歩し、ちょっと洒落たお店でディナーを共にしていた。
パスタを犬のように食うことで有名なクラウスが、ナイフとフォークを操って綺麗に魚のソテーを味わっている。
ミーナも同じようにフォークを口元に運ぶ。そして舌鼓を打った。
「あ、おいしい」
「だろ? ここオススメの店なんだよ。なにか葡萄酒でも頼むか?」
「う、うん」
なんだかんだ楽しい一日を過ごしてしまい、ミーナは戸惑っていた。
クラウスがここまでスムーズにデートをこなせるだなんて、誰かがクラウスに成りすましているのか、あるいはクラウスが操られているのか、それともクラウスはとうに死んで彼の幻影をミーナが思い出しているだけなのか。
他にはものすごく低い確率で、ライルに鍛えられたクラウスが人間的な成長を遂げたのか。まさか、そんなバカな。あのクラウスがか。
上等な葡萄酒で軽く乾杯すると、クラウスはにっこりと笑う。
「どうだ、きょう一日。ちょっと本気の俺を見せることができたんじゃないか?」
「ま、まあ……、それは、そうだけど……」
正直見直した。ここまでできるとは思わなかった。
人間って変われるものなのかもしれない。ミーナは葡萄酒に口をつけて、クラウスを上目遣いに見やる。
クラウスは爽やかに微笑んでいる。
「俺、ミーナを見返したくてさ」
「……」
そのために努力をしたと言うなら、それは認めざるを得ないだろう。
一週間。自分のためにそこまでがんばってくれただなんて。
これでクラウスに恋心を抱くとかそういったことは微塵もありえないが、彼に誘ってもらえたらまた食事ぐらいなら付き合ってもいいかな、と思い始めていた頃だった。(彼にオゴられると身の毛がよだつため、割り勘希望だが)
クラウスは濡れた瞳でグラスを眺めながら、口を開いた。
「しかし、ライルの師匠には本当に感謝しているよ」
「うん……。あのクラウスがここまで成長するなんて、思わなかったよ」
「だろ? なんでもやってみるもんだよな。これでミーナにフラれても、また他の女に応用できるしさ」
「うん。……うん?」
ミーナの手がとまった。
葡萄酒を飲んでいい気分になったクラウスは、笑いながら言う。
「しかし女ってチョロいよな。行動パターンが決まっているモンスターと一緒一緒。攻略法さえわかっていればイチコロなんだもんな。つーか単純に本能で生きているって意味じゃ、モンスターとどう違うの? みたいな。やべえ、めっちゃウケる」
「……」
「あーあ、師匠にもっと早く教えてもらえてたら、今頃リンダと結婚しているのは俺のはずだったのになー。あの胸さ、見たことある? リンダって普段鎧を着ているからわからないけど、すげえいい胸していたよなー。あーあ、そんじょそこらの馬の骨にやるにはもったいねえ胸だったよなー。くっそー、悔しいなー。……ふっ、うへへへ」
そこでクラウスはミーナの視線に気づいたように手を振った。
「ああいや、ミーナもなかなかのもんだよ。うん。正直リンダに比べたらちょっと物足りないけど、まあいんじゃね? 結婚は妥協って言うし。及第点」
びしりとミーナの胸を指さして、クラウスはニカッと笑う。
「……」
「しかしこの店いいだろ? 師匠に教えてもらったんだぜ。やっぱ師匠はすげえよな。ミーナも師匠にちょっと特訓してもらったらいいんじゃね? ちったあ女らしくなると思うぜ。まあ努力じゃどうにもならない部分はあると思うけどさ、胸とか」
「……」
「あ、そうだミーナ。もしミーナがよかったら次のデートも――」
「――いいわけあるかー!」
ミーナは立ち上がった。その赤毛がメラメラと揺らめいている。
「えっ、えええええええええええええええ!?」
クラウスは目を見開いた。断られるとはまったく思ってもいなかった顔だ。ミーナはその態度にも腹が立った。
「えー、じゃねえわ!」
コップに入った水をクラウスにぶちまけ、そのままクラウスの顔面にコップを投げつけた。砕けたガラスが飛び散ってクラウスの顔に突き刺さる。
「あっ痛い! 痛い、痛いんですけど! なんだよ急にお前! どんな行動パターンだよそれ!」
「あたしはモンスターじゃないんだっつーの!」
ウェイトレスたちがオロオロと遠くて戸惑っている中、ミーナは叫ぶ。
「なにあんたさっきから胸胸胸胸胸胸胸胸って! うっさいのよ黙れ! 誰が及第点だ! そんなことを言われて喜ぶ女がこの世界にいると思ってんの!? それともやっぱりあたしをバカにするためにこんなところに呼び出したってのか!? ええ!? あんたの中身どうなってんのよ! さっきとは違う意味でその頭をカチ割りたいわよ!」
「は、はあ!? ちょ、ちょっと落ち着けよお前! 突然キレるとかみっともないぞ!?」
「どの口が言うか! もう二度とあたしの前にその面を見せんなよ! けっ!」
ミーナは財布から取り出した銀貨をクラウスの顔面に投げつけると、バックを掴んでその場から立ち去った。
残されたのは顔から流血をして茫然と座り込むクラウスである。
「……、い、いったいなんで……、俺はどこで間違えたんだ……」
ライルは一番最初に、女性に敬意を払うことを教えなければならなかったのかもしれない……。
***
その後の顛末である。
「そうか、彼はダメだったか……」
「先に根性を叩きなおすべきでしたね。根性だけは一生直りませんが」
「まだまだ若いからチャンスはあると思うんだけどなあ……」
とにかくミーナとはうまくいかなかったようだ。ライルは渋い顔でクラウスのミアイシャシンを見つめる。はっきりとプロフィールに『ナイスバディが好きです!』と書かれている。
ライルはため息をついてソファーにもたれ込んだ。ミーナはずっと険しい顔をしている。しばらく機嫌は直らなさそうだ。
「ん……、誰かお客さんが来たようだよ」
するとミーナは受付に向かった。すぐに誰かを連れて戻ってくる。
「所長、お客さんです」
「ん」
振り返る。そこには顔に包帯を巻いたクラウスが立っていた。
「ミーナにフラれたんで、俺にぴったりの女を紹介してください! 師匠!」
「お、おう」
婚活においてめげない心は大事だ。しかしそれ以上に大切ななにかを自分は彼に教えることができるんだろうか。ライルはミーナの冷たい視線を感じながら、乾いた声をあげたのだった。
ライルの業務日誌:クラウスくんよりも、ミーナくんのほうが結婚できなさそうだ……。
次回、錬金術士のエルフ、明日12時更新です。




