未熟者の人間族 前編
メガネをかけた金髪の青年と赤毛の女性が、テーブルを挟んで向かい合っている。
「うーん……。こうして読むと、皆さんのプロフィールってなかなか『濃い』ですね……」
ミーナはぺらぺらとミアイシャインに添付されているプロフィール欄を読んでいた。どんな会員がいるかを改めて把握しようと思ったのだが……。
湯気立つコーヒーを口元に運ぶライルは、暇そうに壁掛け時計を眺めながらつぶやく。
「まあご本人が書いているものだからね。僕としても嘘を書かせるわけにはいかないから」
「嘘とオブラートに包むことは、また違うと思いますけど……」
例えばこんなプロフィールだ。
>種族 人間男性
>年齢 42才
>希望の相手 13~16才
>職業 商工業ギルドの事務員
>スタイルがよくてなんでも言うことを聞いてくれる人間族の女性希望です
>羊水が腐ったような年増の女はお断りします
プロフィールの二行に込められたインパクトの強さたるや。
「この人見たらあたし、顔面にパンチ入れてしまいそうな気がするんですが。なんで書き直しさせなかったんですか? 所長」
「絶対に譲れない条件があるなら、そこは明記してもらわないと彼も選んだ女性も不幸になるだけだから」
それにしたってものは言いようだろう。ライルはこちらと目を合わせないようにしている。その下のライルメモには『相手がお客様であるということを忘れないように』と書いてあった。自分に向けた励ましかなにかだろうか。
さらに適当にめくると。
>種族 獣人女性
>年齢 31才
>希望の相手 ±3才差
>職業 家事手伝い
>三食昼寝付きで養ってくれる人募集中ニャ
>年の割に若く見られて、めちゃめちゃかわいいって評判ニャ
>こんな人を奥さんにしたら、死ぬほど羨ましがられること間違いなしニャ
>貧乏人は声をかけないでくださいニャ
思わず「うわあ」と声が漏れる。
「寄生する気マンマンじゃないですか、なんですかこれ……」
「要望にはできるかぎりおこたえしたいとおもっている」
ライルは死んだ魚のような目をしている。彼には彼で相当な苦労があったのかもしれない。
しかしこんな会員ばっかりしかいないから、ロクな客もやってこないのではないだろうか……。ミーナは「ううむ」と首をひねる。
そのとき、受付の方から「すみませーん!」という声が聞こえてきた。
「所長、お客さんですよ!」
「そうだね。ていうか君、受付として雇われたのに基本的に受付にいないよね――」
「――あたしいってきますね!」
ライルの言葉を振り払うようにして、ミーナは受付へと走る。
そこにいたのは――。
浅黒い肌をしたヒューマンの青年。肩幅が広く、がっしりとした体格だ。精悍な顔つきをしており、まばらに生えたヒゲもワイルドな雰囲気を醸し出している。ライルとは正反対のイケメンである。
しかしミーナはその顔に見覚えがあった。
「あれ? クラウス?」
「み、み、み……」
クラウスは震える指でこちらを差し、そうして叫んだ。
「ミ~~~~~ナ! お前どうして俺に黙って、婚活なんてさあ~~~~~~~!」
「ええっ!?」
とりあえず中に入ってもらって話を伺うことになった。
「俺はクラウス。25才、独身だ。冒険者をやっている」
「はあ」
クラウスは正面に座るライルをギロリと睨みつけた。
「あんたがミーナをたぶらかしたのか。ったく、ひょろひょろしやがって。……ってあれ、あんたなんか王都にいたことないか? どっかで見覚えがあるような……」
「そうですか? わかりませんが、他人の空似でしょう」
しらっと答えるライルに、それはともかくとクラウスは怒鳴る。
「こんな男のなにがいいんだ、なあミーナ!」
「違うから!」
部屋の隅っこで待機していたミーナも負けじと叫ぶ。
「だいたいなんなのクラウス! あたしが婚活しようがなにしようがあんたに関係ないでしょ!?」
「関係ないわけがないだろ! 俺は、その、あれだよ! お前のことを、し、幸せに……、そう! 幸せにする義務があるんだよ!」
「だったらエルフ連れてきてよ今ここにエルフ! ほら早くエールーフー! エールーフー!」
ミーナがパンパンと手を叩きながらエルフコールをすると、クラウスは泣きそうな顔になった。
「えっと……、ふたりは知り合いなのかな?」
見かねたライルが助け舟を出すと、ミーナは片手をひらひらと揺らしながら。
「何度か一緒にパーティーを組んだことがあるだけで、ただそれだけの仲です」
「ま、待てよ! 告白したことだってあるだろ!?」
「あれだってあんたがリンダにフラれたから仕方ないなーって飲みに付き合ってやったら『なんか俺、本当はお前のことが好きだったのかも……。ようやく本当の気持ちに気づいたんだ……』とか都合のいいこと言っただけじゃん! 女なら誰でもいいんでしょ! あんまりあたしをナメないでくれる!?」
「ううう~~~~~!」
クラウスは今度こそさめざめと泣きだした。体格の割には女々しい性格なのかもしれない。
はあ、とミーナは大きくため息をつく。
「だいたいこいつとかかわるとロクなことないんですよ。じゃあ所長、こいつちょっとどっかに捨ててきますから」
「ま、待ってくれよ!」
そこでがばっとクラウスは顔をあげた。両手を差し出して、先ほどまで疎ましげに見やっていたライルを仔犬のような瞳で見つめながら、必死に言葉を紡ぐ。
「こ、ここ、噂の婚活相談所なんだろ!? だったら俺の相談にものってくれよ! なあ、いいだろ!? 俺は客だぞ! 客にそういう仕打ちをするのかー! ああー!?」
ライルは乾いた笑い声を漏らす。ミーナは盛大に舌打ちをしていた。
というわけで、改めて客としてソファーに座ったクラウスは、ニヤニヤした笑顔を見せながらライルの前にミアイシャシンを広げた。
「じゃあ、この人をお願いするぜ」
「あ、はい。ミーナ=レンディさんですか……」
ライルはちらりとミーナの様子を窺う。彼女は壁に背中を預けて腕を組みながら、厳しい顔をしていた。どうやら本当に彼のことが嫌いのようだ。
「はあ、まあ先方にも事情というものはありますので、必ずお返事をいただけるわけではないのですが……」
なんだろうかこの茶番は。
「お願いだ、所長! この人が俺の運命の人なんだよ! 一目見たときからビビッときたんだって! どうか一度でいいから会わせてくれ! 頼む!」
「会うだけならもうすでに……」
だがそういうことではないのだろう。
それから二時間、延々と頭を下げられて、先に根負けしたのはミーナのほうだった。
「ああもうわかりましたよ! これ以上居座られて所長に迷惑かけられちゃたまんないし! 一度お茶するだけだからね!? それっきりだよ!」
「やったー!!」
クラウスは涙を流しながら喜んだ。やっていることはほとんど押しかけストーカー同然の行為だったが。
そして翌週。
「おまたせ!」
太陽がさんさんと輝くお昼前である。ネポア市の第二区、市民の憩いの場所である噴水前広場にやってきたクラウスは、革鎧を身につけていた。
「……は?」
一張羅のかわいい格好をしてきてやったミーナは目を剥く。いったいこれはどういうことなのか。それともあれは革鎧に見せかけたおしゃれ着とかなのだろうか。
クラウスは白い歯を見せて笑いながら言った。
「きょうのデートプランは俺に任せてくれ! まずは街の近くのゴブリンを退治してから、洞窟のスライムを討伐しにいこう! 帰りは泉に寄ってギトギトの血や粘液を洗い流そうぜ!」
ミーナのうなる拳がクラウスの腹にめり込んだ。高々とふっ飛ばされたクラウスは、ぐしゃりと音を立てて地面に激突する。
「なんでデートでゴブリン倒しにいかなきゃいけないのよ!!」
その様子を影から見守っていたライルは「うーむ」と眉根を寄せた。
これでは彼の無念も晴れないだろう。お互いが気持ちよく別れるためにも、手を貸してほうがいいかもしれない。
というわけで翌週、二度目のデートが行なわれることになった。
ライルの業務日誌:ミーナくんはモテモテだなあ。
次回、後半は21時更新予定です。