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金貨百枚のドラゴニュート 後編


 その日、ライル婚活相談所には創業以来の人だかりが押し寄せてきていた。


 彼ら男性陣は、たったひとりの女性に会うためにやってきた者たちだ。


「なんでこんなにたくさんの人たちが……?」

「特に人を集めたわけじゃないんだけど、集まってしまったね。ドラゴニュートと言ったらお金持ちで有名だから、ほとんどは逆玉の輿を狙っている人たちだろう」

「えっ、マジですか」


 ミーナが急に眉根を寄せた。まるで軽蔑するような目で男たちを眺める。人間族や亜人族たちは、わくわくと順番を待っている。そのほとんどがエリザベスの資産目当てなのだろう。エリザベスも含めてこの地下を水没させてやりたい気分だった。


 そんなミーナのイライラには気づかないフリをして、ライルは微笑みながらミーナの肩を叩く。


「立ち合いは僕がやる。君は受付の仕事を頼むよ」


 初めて受付の職務が全うできる喜びがあるとしても、ミーナは不承不承という顔だ。あのエリザベスが生理的に受け付けないのだろう。


 しかしそんなことはライルもわかっている。


「大丈夫さ、悪いようにしないと言っただろ?」


 彼の眼鏡の奥の蒼い瞳は、笑っていなかった。





「次の方入ります」


 ミーナの声とともに、応接間のドアが開いた。入室してきたのは人間族の男性だ。髪を短く切り揃えており、日焼けした精悍な体つきは彼が肉体労働者であることを示していた。


 正面にはライルが座っており、その右隣に足を組んだエリザベスがいた。エリザベスの衣装は男を挑発するような扇情的なものであり、はっきりと胸の谷間が顔を覗かせていた。ボリューミーである。


 そのサイズ感をしっかりとチラ見しつつ、男は緊張した面持ちでソファに腰掛ける。


「は、初めまして、人間族のゲイリーです。この街の大工ギルドの副班長をしております」

「エリザベスよ」


 気位の高いドラゴニュートは頬に手を当てながら男を観察する。彼女としては人間族の男はみんな似たような顔に見える。ドラゴニュートの多くは男を顔ではなく角の形や太さ、ねじれ具合や色艶で判断するものだ。角なしの顔をどうやって見分ければいいのか、エリザベスにはよくわからない。


「ではこちらがゲイリーさんのプロフィールです。エリザベスさんのプロフィールもどうぞ」


 ライルが互いにプロフィールを書いた紙を渡す。エリザベスは目当ての項目を一瞥した。年収の欄だ。日当がデンゼント銀貨一枚。今までの男たちの中ではマシなほうだが、それでもエリザベスの理想に比べたら端金もいいところだ。全然ダメダメでお話にもならない。よく自分の前に顔を出せたものだ。


 ボロボロにけなして断ってやろうじゃないか、とエリザベスが思った矢先――。


 エリザベスのプロフィールを眺めたゲイリーが、顔色を変えて首を振った。そのまま彼はプロフィールをテーブルに置くと、ぺこりと頭を下げた。


「すみません、あの……、この話はなかったことに……」

「ああそうですか、わかりました。お手数をおかけしてすみません」

「……え?」


 エリザベスは呆気に取られた。自分が断るより早く、ゲイリーが自分を断ったことが理解できなかったのだ。あんな薄給のニンゲン男が、ドラゴニュートである自分を蹴るだなんて。


 彼が退出した後、エリザベスはすぐにライルを睨みつける。


「ど、どういうことなんですの!? 今の人もわたくしのプロフィールを見て、お断りをしましたわ! あなたなにか人間族にだけ伝わるような悪口を書いているんじゃありませんの!? あることないことを!」

「そんなことしませんよ。僕は事実しか書いていません」

「貸してくださいまし!」


 顔を真っ赤にしながら、ドラゴニュートの娘はテーブルからプロフィールをひったくるようにして掴む。目を通す。彼女は再び顔をあげて、眉根を寄せながらライルを睨んだ。


「人間族の文字は読めませんわ! あなたが読み上げてくださいまし!」

「いいですよ」


 様子を見に来たミーナにしばらく待ってくれるよう手を挙げ、ライルはプロフィールを読み上げた。


「エリザベス=フォンボルト。種族はドラゴニュート。年齢は不詳。職業は無職。将来的に働く意志は無し。家事の経験も無し。相手に望むものは種族問わず、年収金貨百枚のみ。また、両親は健在だがあまりにも働かずに暮らしていたため、現在はほぼ勘当処分中であり、財産も特になし。趣味は宝石を磨くことと、大量に服を買うこと」


 淡々と読み上げたライルは、エリザベスを一瞥する。彼女はぷるぷると唇を震わせていた。ライルはにこやかに首を傾げる。


「どうかしましたか? すべて間違いなく本当のことですよね?」

「そっ、それは――そうかもしれませんけどっ!」


 バンと机を叩きながらエリザベスは立ち上がる。


「だからって! それをそのまま箇条書きで連ねたら、悪印象になるに決まっているじゃありませんか! あなたも仕事なら、もうちょっとマシな嘘をついたらいかがなんですの!」

「勘違いされているようですけれど、僕の仕事はあなたの結婚相手を見つけることじゃありませんよ。あなたが結婚相手を見つけるための手助けをすることです」

「同じじゃありませんの!」

「いいえ、違います」


 激昂したエリザベスの息に火の粉が混ざる。しかしライルは譲らず、冷静に告げる。


「結婚相手を選ぶのは確かにあなたですよ、エリザベスさん。しかしあなたも自分が選ばれる身であるという自覚をもたないといけません」

「……どういうことですの」

「そのままの意味ですよ。客観的に見れば、あなたの婚活市場での価値は先ほどのゲイリーさんにも釣り合いが取れません。よほどの物好きでもなければ、ご自身のことしか考えていないあなたに本交際を申し込もうとは思わないでしょう」

「なっ!」


 ライルは眼鏡を軽く上げ、微笑する。


「しかし僕はそれでも、双方にとって理想のパートナーを見つけたいと願っています。たとえあなたが相手に差し出せるものがなにひとつなかったとして、ありのままのあなたを気に入ってくれる年収金貨百枚の大富豪がもしかしたら現れるかもしれませんからね。どんなに条件が厳しくてもあなたに譲る気がないというなら、とにかく顔合わせを続けるしかありません」

「ですがこんな、生き恥をさらすような真似!」

「それは自己責任というものでしょう?」


 ライルは冷たい目で微笑む。


「あなたがお考えを変えるまでは何百回だって何千回だってお付き合いしますよ。次の方はドワーフの彫金師らしいですよ」


 エリザベスはがくがくと体を震わせながら、目を見開いた。彼女はくしゃっと顔を歪めて泣きそうに目を潤ませると、大声で叫ぶ。 


「――もうけっこうですわ!!」





 ***





 その後の顛末である。


 結局、あれだけ人を集めたにもかかわらず、エリザベスの相手は見つからなかった。一日の疲れでソファに沈み込むライルの前、ミーナは拳を握って満面の笑みを浮かべていた。


「やるじゃないですか、所長! あたし胸がスッとしましたよ!」

「そうかい。僕は少し言い過ぎたかな、と反省しているのだけどね」

「えっ!? なんでですか? あの悔しそうに顔をしかめながら去ってゆくエリザベスさんの泣きっ面、見ててすごく爽快だったじゃないですか!」

「いやあ……」


 ライルは頭をかく。ミーナが淹れてくれた熱めの茶に口をつけてから、彼はつぶやいた。


「あのままでは彼女は、永遠に結婚できないだろう。しかしだからといって妥協した幸せを手にするというのは、あまりいいことではないんだよ。どうすれば心から彼女が幸せになれるのか、それが僕にはどうしても見えなかった。まだまだ精進が足りないな」

「そういえば所長あたしにも、エルフを諦めたほうがいい、みたいなこと最初に言ってましたね」

「会員が本当はなにを求めているのか、それを気づかせるのも僕たちの仕事だよ。単純に収入と言っても、持ち家が必要なのか、日々の食事の豪華さか、子育てに困らないぐらいなのか、そういった本当の声を聞かせてもらわなければならない」

「所長は生真面目ですねえ」


 ミーナの言葉に、ライルは口元を緩める。


「だから、ここに来た人は、誰でも一度はプライドをへし折ってやるんだ。みんな建前ばかり言うからね」

「うわあ」


 うめくミーナ。


 本当に恐ろしいのは所長かもしれない、と彼女はそのとき初めて思ったのだった。




ライルの業務日誌:自分が見えていない人は、現実的な自分の幸せも見えていないからね……。



次回、人間族の未熟者 前編、明日12時更新予定。

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