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金貨百枚のドラゴニュート 前編


 水の都ネポアは、短いスパンで雨季と乾季がやってくる。これは隣接したバーリー川の守護神が二柱存在しており、彼らが交互に恵みをもたらすからだと言われている。


「大丈夫ですかね、ここ雨で沈んだりしませんかね」

「いくら婚活相談所が地下にあるからって言っても、そこまでひどいことにはならないよ。……たぶん」


 本日のライルはミアイシャシンの整理をしていた。登録者の情報を常に更新し続けるのも大事な仕事だと言っており、その意見自体にはミーナも賛成なのだが、彼の場合はただの暇つぶしの大義名分のためにそう主張しているのではないかと思うこともある。


 ミーナは肩を拭いて、髪をアップにまとめた。通勤途中に突然降り出したのだ。今回は精霊気象ギルドの発表が遅かったため、この有様だ。体が頑丈なミーナは風邪など引かぬが、化粧が落ちてしまうのが嫌だった。


「神さま、機嫌悪かったんでしょうかね」

「さあね。とにかくこの分なら、きょうはお客さんが来なさそうだ」

「きょうはっていうか、きょうもですよね。しいて言うなら、明日も明後日もですよね」


 半眼でつぶやくミーナだが、そんな事実を言ったところで空しくなるだけだ。小さくため息をつき、さてきょうはどこのお掃除をしようかと考えを巡らせる。考える間でもなく、婚活相談所はどこもピッカピカになってしまったのだが。


 ライルが自分をここに置いてくれる気になったことはありがたい話だ。しかしそれにしたって、婚活相談所にふたりでいる意味はあるのだろうかと思わずにはいられない。だからライルも今まで人を雇わなかったのだろう。自分が彼でもそうする。


「あたしが就業時間の終了まで時計を見続けるだけの仕事をするようになるなんて、思わなかったな……」


 元S級冒険者ミーナ=レンディはけだるく息をついた。雨季に気分が落ち込んでくるのは、水の守護神タオヤワが同時に憂愁を司る神だからと言われている。さぞかし私生活ではため息が多い人なんだろう。


「晴れたら、観葉植物でも買ってきていいですかね」

「いいんじゃないかな。少しは婚活相談所の雰囲気も変わるかもしれない。経費で落としていいよ」

「あ、同じ植物なら、店舗の前を通る人を無理矢理引きずり込むツタを生やしているとか、どうですかね?」

「意見を求められているのなら、どうかしていると言わざるを得ないよ。もちろん君の頭がね」


 そうかなあ、と首をかしげるミーナ。


 とりあえず形だけでも受付に立とうと思っていると、ミーナの前でドアが勢いよく放たれた。


 そこにいたのは、憂愁とは生涯無縁ではないかというほどに覇気のある顔をした、真っ赤なドレスをまとうひとりの女性だった。


「聞きましたわよ! ここに来れば年収金貨百枚の男性を見つけてくださると! このわたくしにふさわしい人を紹介してくださいまし!」


 腰に手を当てて威張りくさった顔をした彼女の頭からは、立派な二本の角がにょっきりと生えている。


「ドラゴニュートのエリザベス=フォンボルト! それがわたくしの名ですわ!」


 なんかすごい人がきたなあ~~……とミーナは愛想笑いを返した。




 応接間に通されたエリザベスは、まあだいたいその見た目と態度通りの人物であった。


「年齢? 忘れましたわ」


 あっけらかんとそう言い放つエリザベスに、ライルは「はあ」と生返事を返した。長命種族の場合、こういう人が意外といる。


「じゃあ一応、外見年齢だけ書いておきますね」

「ええ、十八歳と書いてくださいまし」


 ライルは静かに『三十二歳前後』と記入した。


 エリザベスはゴージャスな金髪をもつ、スタイルのいい女性だった。両腕に生えたまばらな鱗は鉱石のように輝きを放ち、決して他者と慣れ合うことのない鋭い目は金剛石のようだ。


 ドラゴンという種族全体がもっている雰囲気は二通りに分けられる。賢者としてひっそりとした洞窟などに住まう知的な雰囲気と、空の覇者として君臨する凶暴で野蛮な雰囲気だ。エリザベスは明らかに後者であった。どちらが人気とは言い難いが、それがいいという男性も中にはいるだろう。


「ええっと、エリザベスさんはどういう男性をお探しで?」

「決まっていますわ、年収金貨百枚以上の男性。他の条件はともかく、それだけは譲れませんわ」

「金貨百枚って……」


 ライルは思わずうめく。単純計算でも、三日で金貨を一枚稼ぐ男だ。そんな男がいたら婚活相談所など使わず、とっくにハーレムでもなんでも築いていると思う。


「さすがにそのラインは厳しいと思うんですよ。もう少し、現実的な範囲でどうにかなりませんかね。うちは特権階級の人をターゲットとしているわけじゃないので……」

「金貨九十九枚に妥協しろと? あなたはこのわたくしにそうおっしゃいますの?」

「いえ、できればその条件は全廃してもらいたいぐらいで……」


 エリザベスはふんぞり返りながら胸に手を当てた。


「我々誇り高きドラゴニュートは、輝く宝石が大好きなんですわ。ほとんどのドラゴニュートの女性は自らの力で宝を見つけ、あるいはお金を稼ぎ、好きなだけ宝石を買い集めております。しかし、わたくしは気づいたんですの! そんな面倒なことをしなくとも、たくさん稼ぐ男さえいればいいと!」


 オーッホッホッホ! とエリザベスは高飛車に笑う。


「確かに竜の血統に連なる一族の方々は、光りモノが大好きですよね……。それは僕も知っているんですけど、旦那に稼がせるっていう方は初めて聞きましたね……」

「そうでしょう? わたくし以外のドラゴニュートは皆、少々頭が足りていないんですわ。こんなに簡単なことにも気が付かないだなんて。今の時代、女は家を守るものなんですよ」


 ライルはちらりとミーナを見やった。部屋の端っこに立っていて、いつになく静かな彼女は無表情だった。不穏すぎる。


 とりあえずライルは適当なミアイシャシンを引っ張り出してきた。


「ええと……、たぶんこの辺りの方々が、当方でもかなり高給取りの部類に入る方々だと思うんですけど」

「その中に年収金貨百枚以上の方はいらっしゃいますの?」

「さすがにひとりも」


 いるわけがない。エリザベスは呆れたようなため息をつく。


「婚活相談所に来れば誰でも理想のパートナーを見つけられると聞いて、こんな雨の中やってきましたのに……。あなたたち、ちゃんとお仕事に誇りをもっていらして? 客の要望に応えるのがあなたたちのお仕事でしょう?」

「いやあ、ははは……」


 その言い草には、ライルもじゃっかんイラッとしてしまう。ものには限度があるのだ。無茶を言わないでほしい。


「わ、わかりました。とりあえず何人かご用意しますので、そこから先は会ってお話をしましょう。もしかしたらお金以上に大切ななにかが見つかるかもしれませんし」


 するとエリザベスはちゃんちゃらおかしいとばかりに、鼻で笑った。


「ま、そんなのがあったら驚きですけど。あなたがたはそれよりも、年収金貨百枚以上の方に話を付けるほうが手っ取り早いと思いますけどね」

「ははは」


 ライルは乾いた笑い声をあげた。背中の方から膨れ上がってくるミーナの闘気は今にも爆発しそうで、今はなによりもそれが一番恐ろしかった。




「わかりました、所長」

「え、なに」


 エリザベスが帰ったあと、資料を作成していたライルにミーナが据わった目で告げる。


「世の中ナメてるあの人を踏んじばって、金貨百枚が報酬でもらえるクエストに引っ張って行こうと思うので、四か月ほどお暇をください」

「待って」

「南方大陸のザルボア大洞窟の最奥に、常闇公ナハトムジークが棲むと言われています。彼の討伐報奨金が金貨百枚だったはずなので、昔のツテを集めてただちにパーティーを結成しますね」

「いやホントに待って」


 拳を握り固めながら伝説級の偉業を達成する決意を秘めた婚活相談所の受付を制止し、ライルは焦りながら言う。


「この件は僕に任せてくれ。悪いようにはしないから」

「え……」


 ミーナが驚きに目を丸くした。


「所長自ら、常闇公ナハトムジークを退治しに……?」

「やらねえよ」


 ライルは珍しく雑な口調で、バトルモードに突入したミーナをたしなめた。うちの受付は血の気が多すぎる。




ライルの業務日誌::悪いようにはしないよ、悪いようにはね。



次回、本日21時更新です。

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