まあまあ不器用な子と耳の聞こえな子の恋物語。
「おはよう。良太。今日もいい朝だね」
顔に死相を張り付かせて両足を引きずるように学校に向かった。校門をくぐると早速アメリカ人が話しかけてきた。横には啓介もいた。二人もとやたらと心配そうな顔をしている。
「ちょっと聞いてくれよ。昨日あの後家に帰ったらなんと家に外人がいたんだ。最高にびっくりしたよ」
「お前って奴は、俺に言わせればお前が外人なんだよ」
「そうだった。わははははは」
僕を励まそうと無理に明るく振る舞ってくれる二人。
「全然おもしろくねーよ」
口から自然と毒がこぼれ落ちた。
「やばい。良太がやさぐれてしまった」
「だから、俺は告白なんて辞めた方がいいって言ったんだよ」
「おい!外人。なんてこと言うんだ。ふざけたこと言ってないで、パレスチナとイスラエル仲直りさせろよ!」
「それは国連の人に言ってよ」
僕の横で二人は揉め始めた。いつものことだ。
始業まですこし時間がある。トイレに行っておこう。
昨日からまったく何も食べてなくとも排泄行為をしなくてはならないなんて、人間は不便だな。
手を洗い鏡に写る自分の顔を見てみる。なんて酷い顔をしてるんだろう。目の下は酷い隈が出来、頬はこけ、それに顔面蒼白。恋をしてこんなことになるなんて想像もしなかった。片思いの方が遙かに幸せだった。
教室に戻ると二人は未だに言い争っていた。しかも、大きな声でクラスメイト全員に分かるように僕が昨日告白して振られたことが知られてしまった。
落ちるときは、とことん落ちるもんだな。
その日は放課後まで、クラスの全員に慰めてもらったり、質問されたり、笑われたり、ちょっとした人気者になった気分だ。
それに何人かの友達がバカなことをして笑わせてくれたり。落ち込んだ気持ちも少しは盛り返した。お昼ご飯も少しは食べたし、これからも人生は続く。凹んでばかりもいられない。今日もいつもの様にバイトだ。
「おーい。一緒に帰ろうか。たまには」
昇降口にいたら後ろから啓介が話し掛けてきてくれた。まだ、僕に気を使ってくれてるようだ。
何も言わずにみっちゃんもいた。
「みんなで帰ろう。僕の心の傷を癒してよ」
「元気出せよ。やはり失恋の傷を癒すのは、新しい恋だぞ。この子なんてどうだ」
「何度も言うようだが、俺は男だし、男とは付き合わない。それにお前は俺のことを人に紹介するって、お前の愛はそんなもんなのか?」
「焼き餅か。冗談だよ。啓介が一番だから心配しなくていいよ」
「・・・そうか」
啓介は頬を赤らめ嬉しそうだ。そのうち陥落するだろう。
三人揃って談笑しながら学校を出た。
失恋は本当に辛いが、いい友達がいる僕は、そのうち立ち直るだろう。それにいつか好きな人も出来るだろう。もしかするとこんな僕のことを好きになってくれる女の子がいるかも知れないし。
「なぁーおい、あれって?」
みっちゃんは校門の外の車を指刺す。その車は高そうなセダンだ。
「あの車見たことあるけど・・・え!」
車のドアが開き運転手の方が降りて来て、後部座席のドアを開ける。そこからなんとセーラー服を着た彼女が降りてきた。
「なんで?」
「あれって、ひょっとして良太に会いに来たんじゃないの?」
「でも、なんでだろう。まったく思い当たる節がないけど」
「分かった。お嬢様はドSで良太にとどめ刺しに来たんじゃないの。愚民に身分の違いを分からす為に。いざとなったら走って逃げろよ」
「いくらドSでも、そこまではしないだろ。あの人どんだけ暇なんだよ」
にしても、ここにわざわざ来る理由が分からない。
車から降りてきた彼女は下を向き、なんだか恥ずかしそうだ。
「良太。とりあえず行ってみなよ。まさか命までは取られないと思うから」
「そうだね。行ってくる」
彼女の方に向かって進む。もう彼女とは会えないと思っていたのに、まさか昨日の今日で会えるとは。しかも、向こうから会いに来てくれるなんて。
一秒でも早く忘れようと思っていたが、やはり僕は未だに大好きなようだ。
どうでもいいけど最高にドキドキするな。これから告白するみたいだ。それに下校時間まっただ中、みんなが僕に注目している。
「こんにちわ」
と、シンプルに挨拶してみる。
すると顔を上げる。その顔は真っ赤で恥ずかしそうだ。他校の校門の前で一人でいたら誰だって恥ずかしかな。それだけが理由じゃなそうだが。
ちらりと僕を見たら一通の手紙を渡し、何も言わずに車に乗り込んだ。
状況を理解しないまま、車は走り去って行った。僕はその場に固まり、静かに車に乗った彼女を見送った。
渡された手紙はピンクの可愛らしい封筒で裏には『京野百合香』と書かれているだけだった。
「それって、もしかしてラブレターじゃね。ほら見てみハートのシールが張ってある」
啓介が封筒に触ろうとした。
「ちょっと。触らないでこれは・・・あれだから」
くはっ。嬉しいかも。
鼻血が出そうなほど嬉しい。
「見せてよ」
「彼女に悪いから見せないよ。家に帰ってから一人で見るから。やっぱ、今日はごめん。それじゃ」
結局逃げてしまう。嬉しくて仕方ない。どうしよう『結婚してください』って書いてあったら、どうしよう。考える必要なく結婚するが、って元々そのつもりだったし。
それに知りたかった名前が知れた。百合香。なんていい名前なんだ。百合の香り。百合がどんな匂いかぶっちゃけ知らないが、いい匂いであることは知っている。しっかり脳みそに刻み込んだ。
しかし、どうしたんだろう。昨日はバツってやったのに、今日はわざわざ学校まで会いに来てくれて、どう心代わりしたんだろう。
それに一言も声を聞いていない。相当な人見知りなんかな。そう思うと合点がいく。
だいたい普通に考えて分かるが、相当な箱入り娘だろう。家族みんなに大事に育てられているのだろう。その弊害で激しい人見知りになっても不思議でない。
一瞬たりとも足を緩めずに家にたどりついた。もちろん誰もいないが、扉に鍵を掛けてトイレに入り鍵を掛ける。二重の保険だ。誰にも邪魔される訳にはいかない。この手紙に『死ね』と書いてなければ、おそらく人生のターニングポイントになるはずだ。それを誰にも邪魔させない。
丁寧な手つきで封筒を開ける。中に入っていたのは一枚の手紙だった。枚数よりも書いてあることが大事だ。
二つ折りの手紙を開く。自分の手汗が尋常じゃない。紙が汚れてしまう。
大きく深呼吸してから覚悟を決めて読む。
なんてことはない携帯のメールアドレスと『待ってます』の一言だけ。それだけで充分だ。この世に未練がない。
制服のブレザーのポッケから携帯を取り出し震える手でアドレスを入力する。それから本文を考える。まったく手が進まない。
なんてことだ・・・僕は女の子とメールをしたことがない。それどころかメールすらしたことがない。一度だけ啓介からメールが来て、『わかった』とだけ返したことがあった。
トイレから出て、バイトの準備をしながら考える。とりあえず連絡先を登録する。自分の携帯の中にお母さん以外の女性が入ることが嬉しい。『京野百合香』なんて清楚な名前なんだろう。なんだかそれだけで自分の携帯が輝いて見える。素敵だ。
そのまま、何もしないままバイトに行く。
「おぉはぁようござぃいます。高橋さん」
「どうした。テンション高めだね。なんかいいことあったの?」
「実は言うと、憧れのあの子のメアドゲットしたんですよ。くはぁー喜び!」
「すげぇーな。やるじゃん。何があったの?」
それから作業をしながら昨日からのことを話した。にやけ顔全開で。
「そんなことがあったんだ。それでメールした?」
「それがですね。何てしたらいいか分からなくて。高橋さん教えてくださいよ。それなりに恋愛してるんですよね。一応は」
「あったりまえだ。百戦錬磨だぞ。ただ、今は彼氏もしくは、それに準ずる何かがいないだけで、その気になったらすぐだから。アタシくらいになったら」
「そうなんですか。じゃーいつその気になるんですか?」
「で、メールだっけか。自己紹介からいけば間違いないじゃん。誕生日聞いたり趣味聞いたりすれば」
軽く無視されたな。僕の不信感すらも無視して続ける。
「相手に『僕はあなたのことが気になって仕方ありません』って感じをアピールしたらいいよ。暇があったら『何してるの?』朝起きたら『おはよう』寝るときは『おやすみ』。おやすみメールを送ってから電話するの、で『声聞きたいから電話した』って言えば、もう最高に完璧」
なるほど。伊達に僕より十年も長く生きてないな。
「質問なんですけど。メールって一日何通くらいするんですか?」
「人それぞれだけど、付き合いたての人は20くらいかな」
「それ以上したら、しつこいって思われますかね」
「そんなことないと思うけど。でも、人によっては50くらいするのが当たり前ってこともあるからね。お互い様子を見ながらでいいんじゃないの」
「なるほど。為になります。それから一刻も早くデートに誘いたいんですけど、それって急ぎ過ぎですかね」
「大丈夫じゃない。好きな人に会いたい、って気持ちはあって当たり前の感情なんだから、思い切って誘っちゃえばいいんじゃん」
「ありがとうございます」
高橋さんとの会話は僕の恋愛レベルを上昇させる。
「最高に初々しいな。アタシにもこんなときがあったのね。今は汚れてしまったわ」
「どんまいです」
「どっかにいないかしら、アタシに首ったけな男。別に贅沢は言わないわ痩せマッチョでお金持ちで誠実で絶対に浮気しなくて、超優しくて家事も全部してくれて、料理も上手くて、出来たらイタリアンなんかが出来るといいわね。それから車は以外に思うかもしれないけど国産車でいいわ。若いの外車に乗ってる奴ってただの見栄っ張りが多いのよね。それに環境のことも考えてる人がいいわ。それから・・・」
どんどん具体的になってくるな。
高橋さんをそこに残して他の仕事をしに行く。心からの感謝をそこに残して。
バイトが終わり。家に帰ってきた。啓介とみっちゃんから、どんな感じかと電話が来たが、まだ何もしてないと言ったら呆れられた。
僕だって一秒でも早くメールしたいが、ちゃんと体勢を整えてからでないと出来ない。彼女とのメールを何かの片手間になんて考えられない。それほど神聖なことなんだ。
いざ。
最初に打つメールは決めていた。まずここは自己紹介に限る。
『手紙ありがとございます。僕の名前は三浦良太といいます。高校一年です』
と、無難に送る。ちょっと堅い気がしたが、いきなりため口は危険だろう。と判断した。
送信ボタンを押してから正座して返信を待つ。
すぐにメールが届いた。彼女専用の着メロを奏でる。
『遅かったね。ワタシは京野百合香。高校二年だよ。ワタシの方が一つお姉さんなんだね。今まで何してたの?』
なんとも言えない喜びが体中を駆け巡る。僕の打ったメールよりも長文で返ってきた。そんでこんなことが嬉しいのか、理解不能だが、死ぬ程嬉しい。
『今までバイトしてました。覚えてますか、スーパーマーケットイオナって。そこで京野さんを見かけて、綺麗な人だなって思って。それで告白しました』
くぅー。僕リア充。ちなみに僕は爆発しませんので。
『そうなんだ。やっぱりあれって告白だったんだ。急のことで聞き取れなかったんだよね。あのときは、なんて言ってくれたの?』
そうだったのか、聞き取れなかったんだ。緊張のあまりカミカミになってしまったのかな。自覚はないけど。
『なんだか恥ずかしいな。「世界で一番好きです。付き合ってください」って言いました』
『へぇーそんな恥ずかしいこと言ったんだ。ワタシのこと好きなの?世界で一番』
『はい。好きです』
メールしながら赤面。どうなの、これって。かなり大胆だな。
『嬉しい。ありがとう』
メールって凄い。今までこれをしなかったなんて僕はクソだな。楽し過ぎるでしょ、これって。かなり興奮してきた。ちょっと調子に乗ってみるか。
『あの。京野さんって彼氏いないんですか?』
このメールを送った瞬間に一気に興奮が冷めて冷静になってしまった。それに急にガクブルだ。どうしよう彼氏がいたら。最悪の質問をしてしまった。
『うん。いない。今まで一度もいたことないよ。三浦くんは?』
良かった。だと思ったんだよ(急に調子に乗る)でなきゃ僕に手紙なんて渡さないしね。
『僕も一緒です。一度も彼女がいたことありません。ちなみに、人を好きになるのもこれが初めてなんです』
『初恋の相手がワタシなんて光栄。ありがとう』
そんなことを僕に言ってくるなんて、京野さんのことを好きななって良かった。数通メールをしただけだが、いい人で良かった。僕は女を見る目があるな。
『僕は京野さんと付き合いたいです』
って僕。どうしたんだ。顔が見えないし、調子いいな。勇気ありありだな。それにいい返事がもらえる気がする。今はそんな流れだ。
おや。返信が遅いぞ。
お互い絵文字も使わず、要点だけを端的に伝えるメールのやりとりをし続けてる。返信も一分も待たないで帰ってくる。ストレスのないレスポンスだった。
それが、早速このありさまだ。地雷を踏んでしまったのかな。まさかこれで終わりなのかな。
携帯を何度もパカパカして、問い合わせしまくり。落ち着かない。動悸がしてきた。死にそうになる。
来た。
『うーん。どうしようかな。ワタシは三浦くんと仲良くしたいけど・・・。ワタシは三浦くんとは釣り合わないと思うの。ワタシはいろいろと複雑で大変なの。もう少しお互いを理解して、それでもワタシへの気持ちが変わらなかったら、もう一回告白して』
へぇー。気になるな。無理にでも聞きたいけど。
このときは、あまり深く考えなかった。
『分かりました。京野さんのことをもっと理解出来るように頑張ります。それに京野さんのさんのことを僕は絶対に受け入れられますから。きっと上手くいくと思います』
誠心誠意メール返しつもりだが、実は逃げた。本当は激しく追求したい。でも、メールの返信が遅くなるのは心労が半端ない。それにいい流れを止める訳にはいかない。
メールって難しい。でも、楽しい。
それからは、当たり障りのない会話をしてメールを終えた。
僕の初恋は今のところ順風満帆だ。
おやすみとメールしてから、すぐには興奮して寝れなかった。朝起きたら、おはようと共に『興奮して寝れなかったよ』ってメールしたら『ワタシも』と返ってきた。なんと語尾にハートが付いてきた。このタイミングで絵文字を解禁してきた。しかもハートって。早速悶絶した。
人生で一番清々しい朝だ。はぁー会いたいな京野さんに。
学校に行ってからも僕は全校生徒の注目の的だ。当然だろう運転手付きの超絶美少女から手紙を受け取ればそうなるか。
「どうだった。どうだった。彼女出来た?」
「教えてよ。何が起きたから教えてよ」
それから京野さんとのやりとりから最初のメールから、すべて説明した。事細かに、このメールを送ったときは何を考えたかとか、すべて説明した。
「最初にしては上出来だろ。お前すごいな。それにちょっと押せば彼女になってくれそうじゃん」
「ぶっちゃけそうだね。自分でもかなり手応えを感じてるよ」
正直時間の問題だろう。(もはや別人。調子にのりすぎ)
「ってかさ、やっぱり。これが気になるな」
と、みっちゃんが厳しいところを指摘してきた。
「良太と付き合うのに障害があるって、何だと思うよ。俺が思うに彼女は実は男の娘なんじゃないかな。どう思う?」
そんなことってあるかな?いくらなんでも・・・。
「もしかすると・・・そうかも知れない。彼女って結構背高いし。なんかミステリアスだし。それに声だ。お前一度も彼女の声聞いたことないだろ」
「そういえば聞いてない」
「絶対にそうだよ。めちゃくちゃ声が低いんだよ。喉仏どうだった?」
「そんなとこ見てない」
なんだか不安になるな。僕の不安とは裏腹にみっちゃんはテンション高めでニヤニヤしながら話てくる。本当に男の娘好きだな。
「でも、実際に謎は多いよな。なんで一回バツを出して、わざわざ会いに来たり。高校生にもなって車で送り迎えってちょっと大袈裟すぎる気もするし。それに一番は制服だよな。昨日の姿を俺も見たけど、あんな制服見たことない。もっと近代的で清楚な制服を着てるのが似合いそうだけど、あの彼女にはちょっと不釣り合いというか。普通過ぎるだろ」
啓介の指摘はあまりにも的をへている。本当に男なのかな・・・。
「はっ!もしかしてコスプレなんじゃ」
みっちゃんが大げさな動作を添えて言った。そんな奴いないだろ。そう言いたいが、誰もみっちゃんをつっこめない。
「まぁ。深く考えなくていいんじゃないか。時間が解決してくれるよ」
「そうかな」
「だってそうだろ。最初はみんなお互い誰だって知らないもん同士なんだから。別にお前らだけじゃないだろ。それにもし仮に本当に男だったとしても、別に今すぐ結婚する訳じゃないんだから、気楽に考えたら。高校生の恋愛なんだから」
「うん。ありがとう。そうするよ」
なんとなく。そんな感じの会話だった。心の負担が軽くなったような。重くなったような。そんな感じだった。
でも、本当の男だったらどうしよう。みっちゃんから男の娘の魅力を指南してもらおう。僕も意外といける方かも知れない。
今日もいつも通りのバイトに行って帰ってきたらすぐにメールだ。どれほどこの時間を楽しみにしてたか。携帯を開きメールをしようと思ったら、すでに一通のメールが来ていた。
『まだバイトしてるの?』
もちろん彼女からだ。
『今帰ってきました。京野さんは何してるんですか?』
『君のことを待ってた』
くぅー。もうどうにでもして。あなたが男でも僕が絶対に幸せにします。
『死ぬほど嬉しいです。京野さんに会いたいっす』
どうしたんだろうメールの魔力にやられぱなしだ。
『まだ早いよ。心の準備が出来てないから。もうちょっと待って』
『早く会いたいな。京野さんとデートしたいです。いい子にして待ってますんで、心の準備が出来たら教えてください』
『うん。待っててね』
今日もレスポンスは早く、順調だ。着実に愛をはぐくめてるだろう。
『少し気になったんですけど、京野さんの家ってお金持ちなんですか?』
『そうかもね。家大きいし、別荘もあるし、運転手付きの車で登下校してるし。ワタシの周りにそうゆう人いないし』
『京野さんって大事にされてるんだね』
『うん。でも、うっとしいときあるよ。前にも話したけどワタシは人と違うから、パパが相当の心配症でね』
『もしかして、僕が京野さんと仲良くしてると危険ですかね』
『はっきり言って危険ね』
嫌だ。そんなの嫌だ。ぶっ殺されるの嫌だ。
『お父さんって何してるんですか?』
『お医者さん』
『ちなみに恐いですか?』
『ワタシのこと諦めるの?』
ずるいな。そんなこと言われたら僕は釣られちゃうよ。
『京野さんのお父さんが恐い人でも、僕の気持ちは変わりません』
『へぇーそんなにワタシのこと好きなの?』
『死ぬほど好きです』
簡単に釣られ過ぎでだろ。それに、どう考えても誘導尋問だろ。言わされてる感が強すぎだ。
『ありがとう。ワタシも・・・一緒かな』
くぅー。こぼしてくるな。もう男でも絶対に結婚する。もう嬉しくて涙出ちゃうよ。どしてくれるんだ。壺売られても絶対に買うし。お父さんにボコボコにされてもいい。むしろそれぐらいで許してもらえるなら超ラッキー。僕は世界で一番幸せに違いない。
『京野さんのこと好きになりすぎて辛いです。何があっても受け入れられます。絶対に僕は裏切りませんから』
『本当に・・・?』
『命掛けられます。本当に好きなんです』
『ワタシも三浦くんなら信じられそうだけど。でも、やっぱり、ちょっと恐い』
僕らの関係にとって障害になることなのかな。障害と呼べるモノってなんだろう。まわりの高校生のカップルでこれがあるから付き合えないって、そんなことあるかな。まさか援助交際してるとか、麻薬中毒とか。あんなお嬢様には関係なさそうだし。日光に当たれないとか、複雑なアレルギーを持ってるとか。まったく見当外れであろう想像しか出来てないだろう。
それにしたって今日の僕なんか凄いな。イタリア人ばりの愛情表現だな。実際に会ったときにギャップにガッカリされてしまいそうだ。それはそれで恐いな。
『少し電話で話しませんか?』
一か八か。僕のことを知ってもらうチャンスになるし。純粋に声も聞きたい。
あら、おかしいな。メールが返ってきませんけど。再び地雷を踏んだかな。また、嫌な緊張が体を支配する。逃れらなさずぎる。
『今週の週末。ちょっとだけ会おうか』
ずいぶん時間が掛かったが返信が来て良かった。このメールをどう捉えるか。
『日曜日空いてますか?』
とりあえず土曜がバイトなので、空いてる日曜を押してみる。ダメなら誰かにバイトを変わってもらうまでだが。
でも、僕とは電話出来ないなんて、京野さんは僕と話したくないのかな?それも恐くて聞けないけど。やっぱり気になるな。
『うん。いいよ。服買いに行かなきゃね。三浦くんに会うんだから』
嬉しいこと言ってくれるな。
とりあえず初デートの約束を取り付けた。それに僕らを関係を進展させるのには絶対に必要なことだろう。
それから、学校でのことを話し合ったり、たわいもないことで盛り上がった。京野さんとのやりとりは時間が一瞬で過ぎてしまう。
京野さんとのメールは、僕にとってあまりにも甘美な時間だった。最初の頃は何を話していいか分からずに、手探り状態からのスタートだったが、今では話題は尽きず。どれだけメールを交わしても時間が足りなさすぎた。
もちろん困ったこともある。
生まれて初めてのデート。それは僕を大きく悩ませた。絶対に上手く話せないし、それどころか自然に振る舞うことすら出来ないだろう。
いや、緊張して目を合わすことすら出来ないだろう。メールでは結構ぐいぐい行ってるのに、実際に会ったら目すら合わせない。
彼女から見た僕はどんな風に見えるのだろう。もしかすると少し上に思われてるかも知れない。実際は相当たいしたことないのに。危険だ。
それに服だ。何を着ていけばいいか分からない。って分かることがない。そうゆうときは・・・。
「ってことなんですよね。1から指導してくださいよ」
「えぇーめんどくせぇーよ。2ちゃんねるでレス建てろよ。運がいいと書籍か狙えるから」
「教えてくださいよ。先生。本当に困ってるんですよ」
「アタシって先生?そうかな?」
「はい。僕からしたら憧れの恋愛マイスターです。とても美人でスタイリッシュな」
「でしょー。そうじゃないかと薄々感づいてたのよね。どう考えてもアタシの存在ってこの店の中じゃ他を圧倒してるし、ぶっちぎりでいい女だし」
そりゃそうだろう。この店の中でくらべたら、たいていの人はそうなる。おばさんしかいないからな。
「それに洗練されてる感もハンパないですしね。あと朝だけいい匂いだし」
「匂いのことはいいわ。で、何を教えてほしいの?」
教えて欲しいことを紙書いてきた。聞き忘れたら偉いことになる。
「うん。つまり全部教えて欲しいのね。めんどくせぇー童貞だな」
「はい。すみません」
「まずは、そうね。服装か、まず予算にあったカジュアルな服装をするのね。思うんだけど、逆にかっこつけ過ぎちゃダメよ。お店の人と相談しながら決めたら、ジーズにTシャツでベストってどう、それで外さないと思うんだけど」
それを聞きメモに取る。貴重な情報だ。
「それと良太は、こんだけバイトしてるんだから、結構お金あるでしょ。基本的にデートに掛かるお金は男が払うのよ。絶対に」
「でも、彼女死ぬ程お金持ちなんですよ」
「そんなの関係なの。あの子のことは何もしらないけど、女の子は初デートのときに無駄に気合いが入るもんなのよ。きっと、良太の為に洋服を絶対に買ってるしね」
確かに。
「それに、女の子は男の為に髪の毛や爪に化粧までしてるんだから。それに対して男のは服くらいしかお金使わないんだから、女の子には、どんどん奢りなさい。それにせこい男だと思われたくないでしょ」
なるほど。一理あるな。
「それから基本的に彼女のことをずっと考えてればいいわ。でも、あんたみたいなスケベ男は他の女の子をチラ見するのよね。女の子はそうゆうの絶対に見てるから、気を付けなさい」
「はい」
「それから人間として出来て当たり前ことは絶対にしなさい。遅刻はしない。席に付くときは椅子を引いて彼女が先に座ってから自分が座る。ソファーの席は彼女に座ってもらうこと。ハンカチとテッシュは持つ。どんなに雨が降っても風が強くても、家まで送る。最後に『今日は楽しかったよ。ありがとう』って言いなさい」
これ重要。言われなくとも僕には分かる。
「そうすれば『また、デートしたい』って思わせられるわ。でも、どうせやっても3回目のまでしか気を使わないんだけど、ほとんどの男は。あんたは違うわよね」
「はい。もちろんです。僕は優しいだけが取り柄の男ですから」
「本当かよ。みんな最初はそう言うんだよ」
「万引き犯じゃないんだから」
「でも、優しいに過ぎるってことは無いんだから、がんばりなさい。それから自分が話したことは前もって紙に書いておく、どうせ彼女の前に言ったら舞い上がって、頭が真っ白になるんだから」
「はい。分かりました。他に気を付けることはありますか?」
「それぐらいかな。女の子はお茶するのが好きだから、喫茶店とかコーヒーショップみたいなとこに行ったらいいんじゃない。ゆっくりおしゃべり出来ると思うから。前もってネットでおしゃれで評判のいい、おしゃれなカフェを調べておくと喜ばれるかもね」
「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
「よし。とにかく死ぬ程働いて恩を返せ」
それから高橋さんがやるはずの雑務までもこなした。
なんとなくだが、生まれて初めてのデートは上手くいくような気がする。
出来ることは全てやった。
デートは僕らの住む近くで一番大きな街で会うことになった。
僕はあらかじめネットで映画館で上映している映画と時間を調べたり、近くの水族館への道順に、ゲームセンターの場所などすべて把握している。もちろん、高橋さんに言われたおしゃれなカフェも抑えておいた。
会う時間は午後二時とゆう中途半端な時間だ。彼女がその時間がいいと言ってきた。どうも僕と会うことに未だに抵抗があるようだ。僕としてはもっと早くから会って、少しでも長く一緒にいたいのだが、彼女は違うようだ。
今日とゆう日を頑張ってまた遊びたいと思わせれば、次は朝から一緒にいれると最高だ。
早速待ち合わせ場所に着いてしまった。気が早い、まだ一時間前だ。当然彼女の姿は見えない。
早く会いたい。けど、来たらきたで緊張してしまう。どうしようかな。
今日の目標は彼女を携帯のカメラで撮影して、それを待ち受けにする。クラスで恋人がいる人は結構やってる。僕もリア充らしく、いいところは取り入れていこうと思う。想像しただけでニヤけてしまう。
はぁー後三十分で彼女が来る。携帯のゲームも小説も、まったく集中出来ない。ただ、街ゆく人を見てるだけだ。
僕の目の前には大きな公道があり、そこは曜日に関係なく車の大来が多い。目の前に黒塗りの高級車が止まる。この車に見覚えがあった。
その車の後部座席のドアが開き京野さんが降りて来た。まだ三十分もあるのに、僕はまだ心の準備が出来てないのに。
どうでもいいけど、最高に可愛いな。今日が一番だ。前回は清楚なワンピースで綺麗な印象だったが、今日はカジュアルな装いで可愛い感じだ。短めのチェックのスカートにロンTにストールなんて巻いて、本物のモデルさんみたいだ。
やっぱ、好きだ。ついうっかり『結婚してください』って言わないように気を付けないといけない。
彼女はゆっくりとした足取りでこちらに向かって来る。一歩また一歩と僕との距離が縮まっていく。どうしよう。困ったな。いろいろと考えていたが、すでに頭は真っ白だ。
ついに二人の距離は1メートルを切ってしまった。
「こんにちわ」
自分では普通に言えたと思う。ちょっと声がうわずったかもしれないが、許容範囲内だろう。
彼女は軽くペコリと頭を下げて僕にまた手紙を渡してきた。
それを受け取り、目で読んでと訴えてくる。
封筒から手紙を出して読む。そこにはこう書いてあった。
『こんちにわ。今日はデートに誘ってくれてありがとう。ワタシは三浦くんに言わないといけないことがあります。実はワタシは・・・耳が聞こえません』
え!はぁ?耳が聞こえない。
「京野さんって耳が聞こえないの?」
すごく申し訳なさそうに、コクリとうなずく。そもそも言葉では伝わらない。それが、あまりのことで理解出来ない。
どうしよう泣きそうな顔の京野さん。なんとかしなきゃ。
「とりあえず・・・あそこ行かない。座って喋りたいし」
って言っても聞こえないんだよな。なんて思っていたが、彼女には通じたようだ。僕が指刺したのは外資系のコーヒーショップだ。そこに向けて二人で並んで歩く。その姿が店のガラスに映り込む。その姿を見て僕には明らかに不釣り合いな女の子だ。どう考えても圧倒的な存在感だ。
すれ違った男が振り返った。
今の男の人は彼女の耳が聞こえないことには気付かなかっただろう。
ちらりと彼女の耳を見てみる。凄く綺麗な耳で形も完璧だろう。耳たぶには綺麗なピアスが付いていてキラキラと輝いてる。この耳が正しく機能していないなんて信じられない。
今にして思えば、数々の謎がすべてここで解けた。
告白したときにの口にバツ。これはしゃべれないのサインだったのか。それに電話でも会話も出来ないのも。一番の謎だった、僕の見たことないセーラー服は僕らと違う学校に通っているのだろう。しかるべき学校に通っているおだろう。確かに僕らの学校には耳の聞こえない生徒は一人もいない。
コーヒーショップはとても賑わっていた。二人で列に並ぶ。すぐに無言になってしまう。その数分感ですら間が持たない。どうしようもないほど気まずい。緊張してしまう。
それもこれも僕の横には、耳が聞こえない女の子がいる。正直それがどれほどのことなのか高校一年生の僕には正しく理解してないだろう。
ってか、彼女はコーヒー飲めるのか?かなり初歩的なことだが、今更彼女にそれを聞くことすら難しい。
「いらっしゃいませ。いかがいたしますか?」
どうしよう。耳が聞こえない人はどうやって注文するんだろう。などと疑問に思っていたら彼女は僕の袖を引いてキャラメルフラペチーノのグランデサイズを指さしている。そういえば僕も初めて来た、何を注文したらいいか分からない。それにグランデって、彼女も緊張して喉が渇いてるのかな。
「すみません。キャラメルフラペチーノのグランデを二つください」
のかってしまった。彼女の好きなモノと同じモノが飲めるのでいいとしよう。
コーヒーを受け取り、空いている席に付く。その席は外を見ながら座るタイプのカウンター席だった。
言われた通りに椅子を引いて彼女に座ってもらってから僕も横に座る。そのときに膝と膝がぶつかった。それだけで嬉しく思えた。
席についてたら彼女がバックから一冊の大学ノートを取り出して、次にボールペンを二本取り出して、一本を僕の前に置いた。
『筆談で話しましょ』
なるほど。準備万端だ。
『はい』
『ワタシのことどう思った?』
『今日は可愛いなって思いました』
『ありがとう。って、そうじゃなくて耳のこと』
『正直に言うと驚きました。でも、それがどれほど大変なことなのか、僕には理解出来ません。周りに耳が聞こえない人がいませんから・・・』
僕って楽観的過ぎるかな。
『気にならないって言うのは、あまりに無責任かも知れないけど、京野さんが耳が聞こえないって分かっても、それはたいした問題じゃないように思えます。僕の気持ちは変わりません』
書いてからちらりと顔を伺う。目が合ってしまい赤面してしまう。お互いに。
『今でも凄く京野さんのことが好きです。今日会ってから、もっと好きになりました。僕は頭が悪いからなのかも知れませんが、今のところ障害にはならないと思います』
それが今の僕の気持ちだ。正直にそう思えた。
『すごく嬉しい。ありがとう』
『ってか、逆に今日の僕はどうですか?がっかりしませんか?』
『ううん。思ってた通りだった。ワタシは障害者だから普通に恋するのも難しいと思うんだけど、恋愛してみたかった。普通の女の子みたいに。ワタシをちゃんと全部理解してくれる人じゃないと無理だから。三浦くんなら大丈夫なような気がして。学校まで行っちゃって迷惑じゃなかった?』
『全然そんなことないです。むしろ僕みたいなダサイ奴は京野さんとは釣り合わないから、今日で振られて、絶望のあまり自殺するんじゃないかと思ってました。だから、助かりました。京野さんは命の恩人です』
僕のクソくだらない冗談で笑ってくれた。笑顔可愛すぎだろ。心臓が跳ねる。
『実は言うともう一つあるんだよね。大事なこと』
何?恐い。二人の間にある柔らかい空気が、一気に緊張する。
『ワタシの家は四人家族なの。ワタシのママもワタシと一緒で耳が聞こえないの、生まれつき聞こえないの。パパとママの間に子供が生まれるときに遺伝しない、と思ってたけど、ワタシには、それが遺伝した。兄がいるんだけど兄は耳が聞こえるけど』
その話が僕になんの関係があるのか分からない。
『つまり、先のことは分からないけど。もし、そのーあの。三浦くんとワタシの関係が、良好なまま続いたら、いづれは結婚とか・・・その出産とか・・・わかる?』
ガタ。思わず思い切り立ち上がってしまい、椅子を派手に倒してしまった。だって初デートで子供の話なんて不潔。
まぁ。僕も男だ。いづれは、そのあれだ。いやなるべく早くそうなりたい。そうじゃなくって、あれだ。
すごい顔が熱い。誰かが僕の顔にドライヤーで熱風を掛けているようだ。
大きく深呼吸をしてから、周りの人に頭を下げて、椅子を直して座る。更にもう一度大きく深呼吸する。その様子を見て彼女がクスりと笑う。
『耳の聞こえない子供が生まれるかも知れないのってこと』
と、ノートの書き込んだ。
『はい。正しく理解出来ました』
『子供欲しいです。大人になったら』
今日一番の赤面だ。まったくもってド変態だな。
『そうじゃなくて』
『わかってます。耳が聞こえないが大変なことも。それに自分が父親になるなんて想像できないですし、綺麗事みたいなことしか言えませんけど。僕は京野さんのお父さんにみたいになろうと思います。きっと、お金持ちにはなれないと思うけど、自分の子供を凄く大事にしようと思います』
書いていていまいち的をへてないような気がする。が、今の僕にはこんなことしか言えない。
『それに大変なことも京野さんとなら大丈夫な気がします』
僕の目を穴があくほど見つめる。
『ワタシのこと今日から百合香って呼んで』
それは合格のサインなのかな。喜んでいいと思う。
『僕のこともこれからは良太って呼んでください』
『良太。これからは敬語禁止だよ』
『わかった』
なんかすごくいい感じだな。
『今日は、良太にプレゼントがあるの』
と、言ってバックから一冊の本を取り出した。その本は「入門手話」と書いてあった。
『筆談って大変じゃない。手話覚えてくれると嬉しいかな』
『うん。百合香ともっと話したいから覚えるよ。教えて』
右手で三本指を立て手の甲を見せる『ゆ』。人差し指と中指を下におろして『り』。親指と中指をくっつけてKのような形を作る『か』。これが僕が一番最初に覚えた手話だった。
それから筆談と手話を交えて話は尽きなかった。
コーヒーショップを後にして水族館に向かった。
歩きながらだと筆談が出来ないので携帯のメールで文を作ってそれを彼女に見せた。
『鞄持つよ』
バックを受け取り。左手を横に倒して、右手を左手の手首から上にあげる動作『ありがとう』。それを僕が理解出来たのが百合香は嬉しそうに笑ってくれた。
これだけのコミニュケーションだけどすごく嬉しい。もっと覚えたかった。
人生初デートは終始笑顔で過ごせた。水族館では何枚も写真を撮ったし、プリクラも撮った。あたりが暗くなり彼女に『帰る?』と聞いたら『まだ帰りたくない』と言われたのでイタリアンの店にも行った。その店も事前に調べておいて、店員さんにお願いして広めのテーブルに座りノートを広げて筆談や手話で話をした。
もちろん、お会計は僕が払った。コーヒーも水族館もプリクラもすべて僕が払ったが、彼女は終始申し訳なさそうな顔をしてくれて財布を出してた。財布の中にはお金がもの凄くたくさん入っていて若干引いてしまった。
『今日は楽しかったよ。家まで送るよ』
『いいよ。遠くなっちゃうでしょ』
『少しでも一緒にいたいから』
『ワタシもそう思ってた。送って』
少し頬を赤らめて、はにかんだ笑顔を見せてくれる。最高だ。それしか言うことがない。こんなに可愛い生き物見たことない。
二人で携帯で文章を作り見せ合いながら進む。
彼女は電車に乗るのが久しぶりだと言った。それに駅から家まで歩くのは初めてだと言った。僕といると世界が開けてくる。らしい。
僕の住む世界は酷く一般的な、どこにでもある風景に思えたが、彼女には違うようだ。それは僕も同じでお金持ちで耳の聞こえないお嬢様の日常は、まるで異世界と言える。それに僕は彼女に恋をしている。もっと知りたいとゆう欲求が止まらない。
帰り道はあっとゆうまだった。本当に楽しい時間はあっとゆうまだ。
『ちょっと寄っていかない?』
思わぬ申し出に驚く。
どうしようお父さんに鉢合わせしてしまったら、いきなり殴られるかも知れない。そんなことが起こる可能性は非常に高いと思う。
『パパいないから。ね』
『じゃー。ちょっとだけ』
僕の心にある迷いを一刀両断してくれた。
この判断がよくない方へ進む。
彼女がボタンを操作する、重々しい門が開いた。中は思っていた通りに綺麗な庭園になっていた。家の中に何本も街頭があって、その下には決まって綺麗な花が咲き乱れていた。ベルサイユ宮殿みたいだ。(よく知らないけど)
家はもちろん大きくて三階建てのようだ。これでコンビニの店員の家の訳がない。
「おじゃまします」
家に誰がいるか知らないが、礼儀正しくして損はないだろう。
世の中に本当にこんな家があるのかと思うほどでかい。どんだけお金稼いでるんだろう。
スリッパを出されてそれを履いて廊下を進む。廊下も長い、学校みたいだ。
百合香に手招きされて部屋に入る。そこはリビングなのか、何人掛けのソファーなんだ、そこを小型犬が駆け回っている。
ソファーに一人の女の人が座っている。おそらく母親だろう。
両方の手の人差し指折る。さっき覚えた手話。『こんにちわ』今は確実に夜だし、『こんばんわ』か『初めまして』の方が適切だろう。
すごい笑顔をでペコリと深く頭を下げてくれた。
「初めまして。百合香さんと仲良くさせてもらってます。三浦良太です。よろしくお願いします」
百合香はキッチンの方へ行ったようで、そこで二人で超高速な手話のやりとりで赤面したり笑ったりしてる。後で何て言ってたか聞いてみたい。
プレートにお茶のセットを持ってくる。もちろん僕が持つ。
袖を引かれる。その前にお母さんに一度お辞儀をして退室する。
袖を引かれて二階に上がる。なんだか距離が近い気がするし、なんだか凄い楽しそうに見える。
部家の扉に百合香と書かれている。間違い無く彼女の部家だろう。扉を開けた瞬間すごいいい匂いがした。
広い。とにかく広い。僕の部家ってゆうか家よりでかい。すごい作りだ。すごいでかいテレビに機械がたくさん備わってる。お茶の入ったプレートをテーブルに置く。この部家にも五人掛けのソファーがある。
この部家には階段があって、二階があるようだ。素晴らしいオシャレな部屋だ。オシャレ感が強すぎて女の子の部屋のイメージとちょっとかけ離れてる。
この部屋は百合香のホームに間違いないだろう。アウェーな感じにならないように気を付けなくては。あまりに金持ち過ぎて萎縮してしまっている。
こんなにもお金持ちのお嬢様な人が世の中にいるなんて。
そう思うと、百合香は最高だ。よくよく考えたら、こんなにいい子がいる訳がない。めちゃくちゃ綺麗で可愛くて、優しくて趣味がお菓子作りなんて。それにオシャレで服のセンスもいいし。耳が不自由なせいかもしれないが、ここまで控え目で一歩下がってて、こんな完璧な子がいるなんて。しかも、僕に心を開いていてくれる。
それに今日のデートだって、あまりにもトントン拍子で進み、恋愛初心者の僕にはしては上出来すぎるくらいだ。
そんなことある訳ない。何もかもが上手くいきすぎていて感覚が麻痺していたようだ。
ソファーに座り部家を観察していたら、百合香が僕の横に座る。二人の距離はゼロだ。綺麗にくっついてる。腕に軽くおっぱいが当たってる気がする。ちらりと見たら気のせいだったけど。
二人の目の前に再びノートを開く。
『そういえば、ワタシになんか言うことないの?』
『今日は本当に楽しかったです』
『違う。全然違う。他にないの?』
『次はいつ会えるかな?』
うっ!みぞおちに激痛が走る。百合香の肘が綺麗に入った。
『ワタシたちの関係って何?』
なるほど。そゆうことか。
『ちゃんとしてくれないと嫌なの。ちゃんと言って』
『世界で一番好きです。付き合ってください』
『嫌。こんなノートの紙きれなんてやだ。ワタシのことがいかに好きか手紙書いて、今すぐに書いて』
手を引かれて勉強机に座らせられて便箋とボールペンと鉛筆を出される。
なんとなく、この部家に入ってから百合香の様子が変わった気がする。すこし、危険な感じがする。ドSが出てきている気がする。やはりお金持ちのお嬢様のドS説は否定出来ないようだ。
それにしたって変わりすぎだろう。
『ちゃんと鉛筆で下書きしてから清書してね。待ってるから』
と、言ってソファーに戻りカップにお茶を入れて持って来てくれた。紅茶のようだ。
それからソファーに座りパソコンを起ち上げデジカメの写真を整理してるようだ。
仕方ないからラブレターを書く。まさか、こんな形で手紙を書くとは、最初の告白を素直にラブレターにすれば良かった。全部あいつらのせいだ。だから、最初からタブレターで行こうとあれほど主張したのに、告白にしろとゴリ押ししてきた啓介が悪い。結局二度手間だ。それにラブレターを書いていれば面倒なことは起きなかったんだ。
書き終わるのに三十分くらいかかった。
それを両手で百合香に提出する。すぐに目を通す。読み終えるまで直立で待ってる。
読み終えたらソファーの横の席をポンポンとする。座れの合図。
『よろしくお願いします』
どうやら合格のようだ。
立ち上がり大きくガッツポーズをしてから再び座る。本当に嬉しい。彼女が出来た。まるで夢みたいだ。自然と涙が流れてきた。いろいろあったがその苦労はすべて報われた。
「ありがとう」
上を見上げ誰かにお礼を言った。(誰かは不明)
今が人生のピークだ。間違いない。この後金メダルと取ったとしても今が人生のピークだ。
『こちらこそ、よろしくお願いします』
あやうく土下座しそうになってしまった。それくらい感謝していた。
『二人のルール決めましょ。まず浮気したら殺す。これいいよね』
もの凄い笑顔を添えて。
『で、問題はどこからが浮気かを決めましょ。まず携帯見せて』
すでにちょっと恐いな。素直に渡す。すぐに僕の携帯を開き。それを見て僕の頭をいい子いい子してくれた。携帯の待ち受けを水族館で撮った百合香の写真にしていた。これはかなり高ポイントだろう。
『待ち受けが勝手に変わってたら浮気になるから気を付けてね』
僕は携帯を持つの辞めようかな。
百合香から百合香への変更は自由にしていいそうだ。至って単純。ここまでは。
『それから、異性のアドレス登録禁止って・・・別に普通よね』
普通ではないと思うけど。やはり世の中の常識とは大きくかけ離れているようだ。元々一件も入ってないから大丈夫だけど。
僕の携帯をパソコンに繋ぎなにやら作業を始めた。
『何してるの?』
『アドレス写してるの。もし、ワタシを騙そうと、女の子のアドレスを男の子の名前で登録してたら最悪でしょ。だから、アドレスが増えてたらワタシが確認するから。安心してね』
これで僕に何を安心しろと言うのか。
これから束縛生活がはじまるな。でも、僕みたいな中の下の男が、こんな可愛い子と付き合えるんだから、これくらい可愛いもんだ。そう思いたい。
『ワタシの携帯も見ていいかね。いつでも見ていいよ』
せっかくなので見せてもらう。元々耳の聞こえない百合香は一般的な人に比べたら携帯の利用頻度はかなり低いだろう。アドレスを開いても数人しか入ってない。それに携帯番号は家族の父親と兄だけ入ってるだけだ。ちなみに僕の番号は入れておこう。その方が特別な感じがして嬉しい。ちなみに待ち受けは僕だった。かなり恥ずかしい。でも、死ぬほど嬉しい。
『ラブラブだね。ワタシたち』
『そうだね』
手を絡ませるように握ってきた。
『そういえばデート中に嫌なことがあった』
今度はなんだろう。嫌な予感がビンビンだ。
『ワタシが横にいるのに他の女の子を何回もチラ見したでしょ』
『してないよ。百合香のことしか見てないよ』
『嘘つくのね』
『嘘じゃないよ。僕が百合香のことだれだけ好きか』
『謝って』
高橋さんに言われたことだ。自分では気を付けたと思ったんだが、違ったようだ。僕の百合香への思いは本物なのだが、それだけではチラ見してしまうようだ。
『早くして』
「デート中に他の女の子見てすみませんでした」
悪さをした政治家のように深く頭を下げた。反省を全身で表現できたと思う。
むすっとした顔でノートに書き込む。ちょっと恐い。
『良太が見たのは全員、化粧の濃い露出の多い女の子ばかり見てた。ギャル好きなの?』
『そんなことないよ』
指摘されてことに完全に思い当たる節があった。でも、僕ぐらいな歳の子なら露出の多い女の子を見ないなんて、酸素を我慢するくらい難しい。
『ワタシにもあぁゆう格好して欲しいの?』
再び腕を絡め手を握ってくる。恐ろし飴と鞭。
『嫌です。今のままで充分可愛いから。それに誰かに見られるのやだよ』
嬉しそうな笑顔を作ってから、ノートに書き込もうとしてから、一度手を止める。躊躇ってから書き続けた。
『良太のこと好きになりそう』
自分の頬をつねってみる。こんなことするのは漫画やドラマだけだと思っていたが、実際にやってしまった。それで夢でないことを確認出来た。どうやら僕の人生にはまだまだ幸せの先があるようだ。
『好きになって』
と、返す。僕の肩に頭を乗せて甘えてくる。なんともいい感じだ。それからどれだけの時間が過ぎたか、もう遅くなったし、そろそろ帰らないとお母さんが心配するし。
『そろそろ帰るよ』
う!再びみぞおちに衝撃が走る。
『なんで何もしてこないの?』
今度は何が気に入らなかったの?
『帰らないで。泊まっていきなよ』
「そんな。まずいよ」
思わず言葉で伝えてしまう。それでも百合香は理解したようだ。
僕の手を取り、手を引いて部家の入り口の反対側につれていかれる。ガラ。と扉を開けたら、そこにはシャワーがあった。そのと隣はトイレだそうだ。お金持ちの家には部屋の中にこんなものがあるなんて知らなかった。必要ないだろう。ってか、この家にはトイレが何個あるんだ。確か四人家族と言ってたが。
また、手を引かれてソファーに座る。
『ねぇ。だから、誰にもばれないから』
いきなりすぎるでしょ。出会って間もないし、それにばれたら地獄過ぎる。即死ならラッキーで最悪はナチスばりの拷問をされては終わりだ。
『いい。僕は世界で一番百合香が好きなんだ。だから、大事にしたいんだ。それに急ぐ理由はないでしょ。これからもずっと一緒にいれるんだから』
・・・。シンキングタイム。
『なら、一回だけでいいからギュって抱きしめて。それで「好きだよ」って言って』
『言葉にして言うの?』
『それで体に音が響くから』
体に音が響く。そんなこと考えもしなかった。百合香にとって当たり前のことは僕にとっては普通でないことだ。僕は未だに『耳が聞こえないこ』とを正しく理解していないだろう。
これからは百合香と共に、『耳が聞こえない』こと生きていかなくてはいけない。それが百合華を知ることにも繋がるだろう。
百合香はその場に立ち上がり両手を広げた。
「では、失礼します」
僕も両手を広げ近づく。抱きしめ合う。最高に柔らかい感触に包まれて、ダイレクトに百合香を感じられる。きっと、僕の早打ちする心臓を音も伝わっているだろう。
「好きだよ」
たくさん伝わるように大きな声で言った。
百合香の高い鼻で僕の首筋を撫でてくる。その仕草の可愛いこと。僕の彼女は最高に可愛い、世界中に自慢出来る彼女だ。
「世界で一番大好きだ!」
更に大きい声で叫ぶ。
やっぱり僕は百合香が大好きだ。好きな気持ちは、こんな方法でしか伝えられない。だから、全力でいく。
最初のデートで不安一杯だったが、両方の腕で彼女をきつく抱きしめていることで、全身で幸せを実感出来てる。神様ありがとうございます。誰かに感謝せずにはいられない。
百合華が首を話して僕の目を見る。今日一番の超近距離だ。頬を赤らめ、なんだか色っぽいな。
ガチャ。
いい感じの二人を壊したのはドアが開く音だった。その方向に気をやる。ドアがゆっくりと開く。このとき、もちろん百合香には聞こえない。以前両方の腕は僕の腰に巻き付いている。
どうでもいいが、ノックはしないのか。
百合香の部家に入って来たのは、茶髪でところどころに金髪のメッシュを入れてて、全体的に頭の悪そうな雰囲気を醸し出してる人だ。たぶん、お兄さんだろう。そう考えるのが無難だろう。
「おい。誰だでかい声だしてるの・・・」
と、慣れた手つきで手話をしながら、入ってきて僕を目が合って硬直する。百合香のお兄さんだけあって、超ハンサムだ。スタイルも百合香同様に最高だ、特に足が長く見える。
状況を理解できないまま、次第に顔に怒りの色が濃くなっていき、おでこに青筋が浮かんできたのが、次の動作への合図になった。
「ぶっ殺す」
その言葉もご丁寧に手話がついていた。
未だに僕は百合香にロックされたまま、顔に飛びけりを食らってしまった。
顔が痛い、口の中が鉄の味がする。などと感じていたらお兄さんは馬乗りになり、僕を殴り続ける。もちろん防御してはいるが痛みは続く。
僕の上に乗るお兄さんを今度は百合香が思い切り蹴る。その蹴りはあまりに美しくお兄さんの首にヒットした。
ありがたいことに床に倒れている体勢の僕に、百合香のパンツが見え、一瞬にして痛みが消えた。水色のギンガムチェックの柄だった。
「おい!百合香のパンツ見たな。ぶっ殺してやる」
今度は手話なしで再び襲ってきた。今度は体勢を立て直して逃げる。
「逃げるな。殺さないから一発殴らせろ」
「ごめんなさい。ごめんなさい。許してください」
逃げ惑う僕、それを追う兄。どんだけ妹が大切なんだ、目には涙が浮かんでる。それを見てなんでか知らないが、罪悪感を感じてします。
百合香の部屋を一週してから扉から出て階段を下りて急いで靴の踵を踏みながら履いて走って逃げる。そのまま門から出てしまった。
「痛い!」
「戻ってこい。殴らないから」
分かりやすい嘘を付きながら叫ぶ。
僕の後頭部に革靴がヒットした。もちろん投げたのはもちろん兄だ。百合香のお兄さんの靴なのに安っぽい靴履いてるな。
「すみません。今日はこれで失礼します」
と、大声で叫び走って家に向かう。お兄さんの影が見えなくなってから携帯を開いてメールを打つ。
『今日は帰るよ。お兄さん大丈夫?』
実際には僕が大丈夫じゃないが。
『大丈夫じゃない。今ちょうど耳のちぎってる最中だから。本当にゴメンねさい。気を付けて帰ってね』
『僕は別に怒ってないから。耳は勘弁してあげて』
これどこまでマジなの?今朝までの百合香はおしとやかで清楚なイメージしかなかったが、先ほどまでやり取りで、前世はもしかすると殺し屋かも知れない、と疑ってる。
お兄さんには正直、頭にくるが、あの涙を見てしまうと、何とも言えない気分になってしまう。僕は一人っ子だけど妹とゆう存在は、想像すら出来ないが、あれほどキレるのだからよほど大切なのだろう。父親だけが危険だと思っていたが、お兄さんも危険だ。猪突猛進が過ぎるし、分物理的にかなり危険だ。
百合香は本当に家族に大事にされているのだろう。
百合香と手を握った。僕の手にはまだ百合香の感覚が残っている。手を見ただけで幸せな気分になれた。
未だに頬と後頭部は痛むがあったが、終始ニヤニヤしながら帰った。きっと警察に会えば職質を掛けられるから、警察が近づいたらお兄さんの顔を思いだそう。
次はいつ会えるんだろう。早く会いたい、そのときは出来るだけ長く一緒にいたいもんだ。
家に着くとお母さんが肘をついてテレビを見ていた。
京野家から我が家に来るとギャップがでかすぎて悲しくなってしまう。
「ただいま」
「おかえり。遅かったね。ご飯食べたの?」
「うん。食べてきた」
お母さんは普段忙しいくて見れないテレビドラマを録画し、週末にまとめて見ることを楽しみにしていた。今見てるのもテレビに釘付けだ。ちらりともこちらを見ない。
「ちょっといい?」
「うん。どうしたの?改まっちゃって」
「実は言うと好きな女の子が出来たんだ。今日はその子と初デートして来て、付き合うことになったんだ」
「凄いじゃん。あんたもそんな歳になったんだね」
僕はこれほど興奮しているのに、母は淡々としている。ドラマの方がさぞおもしろいのだろう。
「うん。それでね。その子さぁ、耳が聞こえないんだよね」
初めて目が合った。
「そう。今度連れておいで」
「ありがとう」
それからお互い何も言わない。そのまま風呂に直行する。
良かった。本当に良かった。
もし百合香が、普通の女の子なら、お母さんには言わないけど、耳が聞こえない子と付き合うことで、もしかすると迷惑を掛けることがあるかも知れない。そんなときの為に報告しておいた。
自分の中で想定していた「大変なんじゃないの?」「大丈夫なの?」とか不安に感じると思っていたが、違っていた。僕は間違いなくお母さんの子供だな。
今度機会があったら家に招待しよう。あまりに小さい家でびっくりするかも知れないが。
今日は本当にいろいろあったが、最高の一日になった。