六
「……で、偽物の《秘宝》だけ持ってノコノコ帰ってきたわけかい」
傷ついたニギを前に、でっぷりと太り顔にも肌にも年齢を何層も重ねた女が、忌々しそうに吐き捨てた。ニギは女を前にして跪いて頭を深々と下げている。
「……申しわけありません」
ニギは体を震わせながら消え入りそうな声で許しを請うた。女はヒステリックに顔をゆがませ、ニギの持ち帰った灰色の――女が〝偽物〟と称した灰色の珠を、床に叩きつけた。
「申しわけありませんだぁ!? 何度こんなヘマをすりゃ気が済むんだ糞ガキャあ!」
叫びながら尖ったハイヒールでニギの体を踏みつぶした。それでも気が済まないのか手元の燭台やワイングラスや、椅子や机を持ち上げて悪態を吐きながらニギにぶつけた。
「この糞ガキッ! 誰のお陰で飯を食えていると思ってんだッ! 誰のお陰で雨風しのげて布団にくるまって寝ていられると思ってんだッ! この恩知らずの無駄飯食いがァ! 何が世界最強の種族だ役立たずのゴミ屑がッ!」
ニギに容赦なくぶつけられる言葉と物の嵐。彼はそれを震えながら受け止めていた。
早く、早く時間よ過ぎてくれ。
切に願った。こんな怒りが一時間も続くはずがない。どんなに今苦しくっても、二時間後にはきっと自室のベッドで横になっていられるはずだ。とにかく今を堪え忍ぶことだけを考えた。
どうか、どうか……。
「このッ! 何回でも裏切りを繰り返してきたッ! 貴様をッ! このわたしがッ! 目を掛けてやっているのだぞッ! それをッ! 貴様ッ! 分かっているのかッ!」
しかし一分一秒がとてつもなく長かった。叱責の一言一言が彼に響いた。投げつけられた花瓶が頭蓋を揺らした。血が出て、その上中の水が彼を濡らした。室内に居ながらも、十二月の冷気は確かに這入り込んで、彼の体から温度をじわじわと奪い続けた。
彼はこの女の何もかもが嫌いだった。それでも耐え続けた。耐える以外の選択肢を見出せなかった。
この世界を一人で生き抜くには、彼はあまりに強すぎて、寂しすぎて、それでいて優しすぎた。
「あのぉー……」
不意に、扉がギイと開く音がして、次いで間抜けな声が部屋を木霊した。それは、最近になってようやく聞き慣れた声だった。
ニギは床に額ずきながら声の主を心に描いた。ヒトの背丈ほどある巨大なトカゲ姿の、二本足で歩く、とぼけた瞳をした男だった。一応ヒト族で、ランバルダという種族の男だった。
「……ランダ。どうした今取り込み中だ」
女は不遜に振る舞いながらも、どこかバツの悪そうな口ぶりで応えた。ランダは頭を掻きながらとぼけた表情と声で、
「えーっとですねぇー。ニギの治療を任されたんですが何処にも姿が見えなくってー。何かー、えーっとー、ご主人の部屋に行ったって聞いたものですぐに駆けつけたんですけどー……」
と首を傾がせた。
説明しよう。
ニギはこの女にとって貴重な戦力である。故に本来乱暴な扱いは極力避けるべきである。女もそれは分かっている。分かっていながらこうして感情に身を任せて、長らく暴力を働いてしまい、更にそれを見られてしまったのだから、何となく気まずくなってランダに背を向けたのだった。
ランダはニギへそそくさと近寄って、
「えーっと、んじゃあ、この子持ってきますねー」
とぼけた顔でニギに肩を貸して歩く。ランダのひんやりとした鱗の感触がニギの肌に伝わる。そそくさと部屋を出て、バタンと後ろ手に扉を閉める。
出た途端にランダは舌打ちして毛のない眉を顰める。
「ッたく、あンの糞女、好き勝手しやがって。……平気か? 歩けるか?」
「……助けたつもりか? 余計なことを。お前はいつもいつも、――」
「あーはいはい。そーゆーのいいから。黙って自分の体を治すことに専念すること。いーね?」
「…………」
ニギはぶすっとしながらランダの肩を借りて歩き続けた。




