十一
日曜日、よく晴れた日、コノハはニギを誘って外へ出た。
「どこへ行くの?」
「墓参り」
誰の? とは聞くまでもなかった。
家から歩いて約十分、こぢんまりとした寺の裏手に墓石が群を為していた。桶と柄杓を持って、髪をばっちりと整えたコノハに続く。
嘘みたいに小さな墓石の前で足を止める。
「……時々来るの?」
墓の周りは小綺麗に掃除されている。
「いや。……実を言うと、前の仕事をし始めてから、一度も来ていなかった。掃除は、近隣の方々がやってくれているのだろう。……来る勇気が無かったんだ」
「……」
ふたり、花を活けて、線香を立てて、手を合わせる。
……こんなぼくを、コノハの《拾い主》はどう思うだろうか。なんて報告したら良いのだろうか。迷いながらも、
「こんな自分ですが、よろしくお願いします」
と挨拶する。
「……行こうか」
コノハはニギに微笑して帰路についた。
「……前のところに居たままじゃ」歩きながらコノハは口を開いた。「来ることはできなかったと思う。やっぱり、さ、あんな稼業じゃ、堂々と手を合わせたりはできない。……お前が、切っ掛けを作ってくれたんだ。だから……お前は、もっと堂々としていれば良いんだ」
ニギはコノハの後ろを歩いていたが、何となく、それではいけないと思い直して、コノハの隣に連れ立った。
「ねえ……コノハの《拾い主》がどんな人だったか、聞いて良い?」
「……ああ。わたしも、話したいと思っていた」
厳しい人だった。特に作法や立ち振る舞いや身だしなみには。とにかくきっちりしていて……わたしは、何かとそれに対して反発していた。
あまり、笑った顔は見なかった。いつもつんとすましたような顔をしていた。
それでもわたしは、あのひとの愛は感じていたから、満足だった。
それなのに……。
……コノハ?
……寒い日だった。詰まらないことで喧嘩してな。今となっては、どうしてあんなに怒ってしまったのか、まったく憶えていないよ。
家を出て、ぶらぶらと歩いて、夕方に帰るとおばあさまが……わたしの《拾い主》が倒れていた。元々からだの強い人ではなかった。それっきり、おばあさまは……。
本当に、馬鹿なことをしたよ。この世界で一番大切なあのひとを……。
コノハの頬を一筋、涙が伝った。
「あ、いや、これは……」
「……」
「すまない、こんな風にするつもりじゃなかったのだが、つい……」
「……」
この短期間でさまざまなひとのさまざまな説教を受けた。
深く考えるな、だの、しっかりと考えろ、だの、目の前のことだけこなしていれば良い、だの、五年後一人前になっていれば良い、だの。
みんな違うことを言っているように思えるし、同じことを言っているようにも思える。まあ、正直、細かい内容は憶えていない。
しかし彼は確信した。
そんな説教も全部含めて、あそこでの生活は……
いや、
今までの人生は、この瞬間のためにあったんだ。
君の涙を、今、拭くために。
ニギはコノハの涙をそっと拭いた。驚く彼女の唇に、背伸びして、そっと口づけを――。
「コノハ。こんなことしかできないけど……。ううん、こんなぼくでも、君の涙を拭くことはできるから。悲しみを受け止めることはできるから。……だから、君の隣に居るよ」
コノハの頬が、顔が、耳が、真っ赤に染まった。
「え? あ? え? はい?」
ニギが大人っぽく微笑して、コノハの手を引く。
「もっと、楽しいことを聞かせてよ。コノハと、そのおばあさまの。いっぱいあるはずでしょう? ぼくも、いろいろ話したい。それに……ぼくの、おじいさんのお墓参りにも、一緒に行こう。コノハっていう素敵なひとと出会えたこと、ちゃんと報告したいから」
「え? あ? う、うん。あ、は、はい……」
ニギは楽しげに、恥ずかしそうに歩くコノハの手を引いて、雪に足跡をつけていた。
雪は、もう降っていない。薄化粧も、やがては暖かな日差しに剥がれてしまうことだろう。
春は、もうすぐそこに。




