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宵の文目  作者: けら をばな
第三話 「こんなぼくでも、君の涙を拭くことはできるから。悲しみを受け止めることはできるから」
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十一

 日曜日、よく晴れた日、コノハはニギを誘って外へ出た。

「どこへ行くの?」

「墓参り」

 誰の? とは聞くまでもなかった。

 家から歩いて約十分、こぢんまりとした寺の裏手に墓石が群を為していた。桶と柄杓を持って、髪をばっちりと整えたコノハに続く。

 嘘みたいに小さな墓石の前で足を止める。

「……時々来るの?」

 墓の周りは小綺麗に掃除されている。

「いや。……実を言うと、前の仕事をし始めてから、一度も来ていなかった。掃除は、近隣の方々がやってくれているのだろう。……来る勇気が無かったんだ」

「……」

 ふたり、花を活けて、線香を立てて、手を合わせる。

 ……こんなぼくを、コノハの《拾い主》はどう思うだろうか。なんて報告したら良いのだろうか。迷いながらも、

「こんな自分ですが、よろしくお願いします」

 と挨拶する。

「……行こうか」

 コノハはニギに微笑して帰路についた。


「……前のところに居たままじゃ」歩きながらコノハは口を開いた。「来ることはできなかったと思う。やっぱり、さ、あんな稼業じゃ、堂々と手を合わせたりはできない。……お前が、切っ掛けを作ってくれたんだ。だから……お前は、もっと堂々としていれば良いんだ」

 ニギはコノハの後ろを歩いていたが、何となく、それではいけないと思い直して、コノハの隣に連れ立った。

「ねえ……コノハの《拾い主》がどんな人だったか、聞いて良い?」

「……ああ。わたしも、話したいと思っていた」


 厳しい人だった。特に作法や立ち振る舞いや身だしなみには。とにかくきっちりしていて……わたしは、何かとそれに対して反発していた。

 あまり、笑った顔は見なかった。いつもつんとすましたような顔をしていた。

 それでもわたしは、あのひとの愛は感じていたから、満足だった。

 それなのに……。


 ……コノハ?


 ……寒い日だった。詰まらないことで喧嘩してな。今となっては、どうしてあんなに怒ってしまったのか、まったく憶えていないよ。

 家を出て、ぶらぶらと歩いて、夕方に帰るとおばあさまが……わたしの《拾い主》が倒れていた。元々からだの強い人ではなかった。それっきり、おばあさまは……。

 本当に、馬鹿なことをしたよ。この世界で一番大切なあのひとを……。


 コノハの頬を一筋、涙が伝った。

「あ、いや、これは……」

「……」

「すまない、こんな風にするつもりじゃなかったのだが、つい……」

「……」

 この短期間でさまざまなひとのさまざまな説教を受けた。

 深く考えるな、だの、しっかりと考えろ、だの、目の前のことだけこなしていれば良い、だの、五年後一人前になっていれば良い、だの。

 みんな違うことを言っているように思えるし、同じことを言っているようにも思える。まあ、正直、細かい内容は憶えていない。

 しかし彼は確信した。

 そんな説教も全部含めて、あそこでの生活は……

 いや、

 今までの人生は、この瞬間のためにあったんだ。


 君の涙を、今、拭くために。


 ニギはコノハの涙をそっと拭いた。驚く彼女の唇に、背伸びして、そっと口づけを――。

「コノハ。こんなことしかできないけど……。ううん、こんなぼくでも、君の涙を拭くことはできるから。悲しみを受け止めることはできるから。……だから、君の隣に居るよ」

 コノハの頬が、顔が、耳が、真っ赤に染まった。

「え? あ? え? はい?」

 ニギが大人っぽく微笑して、コノハの手を引く。

「もっと、楽しいことを聞かせてよ。コノハと、そのおばあさまの。いっぱいあるはずでしょう? ぼくも、いろいろ話したい。それに……ぼくの、おじいさんのお墓参りにも、一緒に行こう。コノハっていう素敵なひとと出会えたこと、ちゃんと報告したいから」

「え? あ? う、うん。あ、は、はい……」

 ニギは楽しげに、恥ずかしそうに歩くコノハの手を引いて、雪に足跡をつけていた。

 雪は、もう降っていない。薄化粧も、やがては暖かな日差しに剥がれてしまうことだろう。

 春は、もうすぐそこに。


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