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宵の文目  作者: けら をばな
第三話 「こんなぼくでも、君の涙を拭くことはできるから。悲しみを受け止めることはできるから」
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 ニギは部屋で燻っていた。コノハの、寂しそうな声を思い出すと、何もできなかった。コノハの為に、と思い立った結果が、コノハを悲しませてしまった、という事実は、ある種、彼を縛める鎖だった。

 しかし同時に、コノハにあんな風に心配されたという事実は、彼の心を楽しくした。大切にされている。コノハに、少し痛いくらい抱き締められた感触を思い出すと、頬が自然と緩んでしまう。

 複雑だった、ように思えた。そんな思いがない交ぜになって、彼のからだを重くした。

 コノハは、居てくれるだけで良いと言ってくれた。でも、ぼくはもっともっとコノハの為に何かがしたい。コノハの役に立ちたい。

 思考は家の前に辿り着いたオートバイの音にかき消された。何事かと表へ出ると、

「ニギ、乗って」

 と、フヨウがニギにヘルメットを投げ寄越した。

「フヨウ!?」

 別れて以来会っていなかった。突然の訪問に驚いたが、とにかくフヨウの後ろに乗った。

「えっと……」

「ランダさんが、《イゾの(あそこ)》を去る。遠くへ行く。もう会えないかも知れない」

「え?」

 バイクは迷いを置き去りにして走り出した。


 カンカン帽を被ったランダはプラットホームで煙草片手に白い息を吐いていた。

 一応カタがついた。心配事は多々あれど、自分が出来ることはもう残っちゃいない。《イゾの(あそこ)》に居る理由がない。ようやく《秘宝》からも離れることが出来そうだ。成し遂げた達成感を胸に携えて、去れる。

 心に思い描くのは、紫頭の男の子だった。強がって意地っ張りで大人ぶって……まったく面倒臭いヤツだった。

 これじゃいけない、どうにかしなきゃ。と、積極的に話しかけたりしたものの、埒が明かない。精一杯尻尾振ってアピールしているくせに、いざ近づくと突っぱねられる。

 んで……そうこうしているうちに、結局はあのコノハってねーちゃんが現れて、いとも簡単に、水槽で溺れるあいつを掬っちまった(浚っていったようなモンだが)。

 オレは何も出来なかったなァ……。

 ランダは苦笑して、煙草を灰皿で潰し、瞳を閉じる。今頃あいつはどうしているだろうか。コノハとうまくやっているだろうか。

「ランダ!」

 突然自分を呼ぶ声に、驚いて顔を上げる。自分の許へ向かって走る、紫頭の男の子に、驚いて腰を上げる。

「ニギ! どうしてここに!」

「フヨウに教えてもらった。どこか、遠くへ行っちゃうって……」

 フヨウはニギの後ろについていて、ランダと目が合うといつも通りの眠たげな瞳のままVサインを出した。

「フヨウ? お前、どうして……」

「きっと、後悔すると思ったから」

 ランダは意味が飲み込めなかったが、フヨウは十分な説明をしたという風に、視線をランダから外した。主役はニギとランダだ。

「ちゃんと……言ってなかったから……」

 ニギは切実な表情で、ランダを見上げている。

「言ってないって、何を?」


「ぼく、ランダに〝ありがとう〟って、ちゃんと言えてなかった」


 驚いた。まさかの言葉だった。

「今まで、ランダに心配掛けて、いろいろとぼくのためにしてくれて、それなのに……何も返せなくって……」

 ニギは恥ずかしそうに頬を紅潮させて俯く。

 ……ただの、お節介だと思っていた。何もできていなかったと、そう思っていた。それが、言葉ひとつで報われた気がした。泣きそうになったが、どうにか我慢して、ニギの頭に手を乗せた。

「まったく……そんなかわいげのあること言えるようになりやがって」

 鼻声を誤魔化すように、やや乱暴にニギの頭を撫でた。

「……あのねーちゃんと、うまくやってるか?」

 と聞くと、ニギの顔に陰が出来た。

「どうした?」

「……コノハはぼくのためにいろいろしてくれている。けど……ぼくは、コノハの為に、何もできない」

 俯くニギに、ランダは苦笑。

「まったく、案外変わってないモンだな。お前、ちょっとは甘えることを憶えたらどうだよ」

「でも……」

「うん、確かに、お前はそーゆー性格じゃないことは分かってっけどよ……なァ、ニギ。焦るな。お前自身、自分が子供だってこと、厭になるくらい自覚してるだろう」

「……うん」

「……今は、いいんだよ。どうしようもねえんだ。五年後、六年後、ちゃんと、あのねーちゃんの隣に並べるようになれば、それでいいんだよ。焦ってコトをし損じたら元も子もない」

「ぼくは……」

「ああ、時間だ」

 列車がやって来た。お別れの時間だ。ランダは帽子を目深に被って列車に向かった。

「ランダ!」ニギはランダの後ろ姿に叫んだ。「ぼくは結局、アンタに何も返せなかった! 何もできなかった! 嫌なんだ、こんな風に終わっちゃうのは!」

「ニギ!」振り返ったランダは、今生の別れになるとは思えないほど、軽快に、小粋に笑った。「オレは、お前のありがとうってその言葉ひとつで、十分だ。本当だ。報われた。きっと、これからもうまくやっていけるだろうって、そんな気分になった。ニギ、オレもまた、お前に救われたんだ。少し前のお前じゃ到底出来なかった芸当だ。お前は成長した。自信を持て、ニギ!」

 ランダは列車の中へ入ると、二度とは姿を現さなかった。ニギとフヨウのふたり、じっと、過ぎ去る列車を見送った。

「ニギ」ニギはフヨウを見た。「本当言うと、二度と会わない方が良いって、そう思ってた」

「フヨウ……」

「……うん、今回は、正解だったかな。ランダさんのためにも、君のためにも」

「フヨウ……。君も、本当に今までありがとう。いろいろと。気づけなかった」

「うん、その言葉が聞けただけで、十分」

 フヨウはにっこりと笑った。

「ニギ、ランダさんも言ってたけど、焦らなくって大丈夫だから。っていうか、あんまり先に進みすぎてコノハさんを置いていかないであげて。あのひと、君が思ってるよりもまったくしっかりしていないから」

「えっと……」

「ふたりで、進んでいけば良いんだよ。……帰ろうか」

「……うん」


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