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宵の文目  作者: けら をばな
第三話 「こんなぼくでも、君の涙を拭くことはできるから。悲しみを受け止めることはできるから」
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 さあ、君はバスと私鉄を乗り継いでここへやって来た。

 コノハには内緒であるから多少気後れすることはあるが、コノハの役に立っていないという負い目から、やがて覚悟を決める。麓から眼前にそびえる山を見上げる。標高は高くないと聞く。

 が、それでも頂まで大きな木が隈無く生えていることに、君は違和感を感じる。つい三月ほど前は年中花が咲いていたというのだから驚きだ。

 さて、話によると、その守り神である竜は頂を越えた向こう側に棲んでいるという。見上げていたって始まらないから、足を前に進める。

 じろり。君は警備の者に睨まれる。山は警備と鉄柵とに守られている。いや、違う。と君は思う。

 向きが逆であるような気がする。どちらかというと、山から街の側を守っているように見える。君は、山が妖魔の巣窟となった、という依頼主の言葉を思い出す。君は警備員のひとりに話しかける。

『あの、すみません』

警備兵「何だ」

『ここに、守り神様がおはすと伺いました』

警備兵「この山は禁足地である」

『存じております。また、神の御姿を拝見するなどと大それたことをいたそうとは思っておりません。ただ、わたしは此の地へ移り住んだものの最低限の礼儀といたしまして、参拝に参った次第であります』

 そう言って君は深々と頭を下げた。

警備兵「……神殺しが参拝か。おかしなこともあるものだ。ま、それならあっちに社がある。行くといい」

 くさい芝居かとも思ったが、警備兵の面々は、狙い通り君を観光客のように扱いはじめる。君は堂々と山を眺めることができた。

 柵は流石に全部を取り囲むことはできないと見えるし、警備だって満遍なく敷き詰められてはいない。また前述の通り視線は山の方へと集中している。君の能力なら容易い。社へ入って、形ばかりの参拝を済ませ、実行に移す。

 君は真っ白な服を着ている。そして紫の髪も、真っ白な布で覆い隠す。鞄さえ真っ白だ。勿論雪に溶け込むためだが、これだけ真っ白な恰好でも怪しまれないのは、これがとある有名なカルト教団の衣装でもあるからだ。参拝と聞いて警備のものがすぐに納得したのもその所為である。

 さて、君は持ち前の身体能力で、自分からすべての視線が外されたその一瞬に、いとも簡単に塀を乗り越えてしまった。そして雪の中を音もなく走る。寡黙な風となった君は、小さな足跡だけを残して天辺を目指す。

 十分もしないうちに、君は頂上へ辿り着いてしまう。山が低いと言うよりは、君の能力が人並みをかなり外れている、と言う方が正しい。

 さて、そんなことはどうだって善い。頂上の向こう側は盆地になっていた。眼に映じた光景に、君は息をのむ。〝死の森〟という呼称が恐らくぴったりだろう。広がっていたのは真っ黒な森だった。芯からどす黒く染まったような木々に、僅かばかりの雪で薄化粧。盆地の中心は更に闇夜のように真っ黒だった。君はあそこに何かがあると確信する。

老人の声「あそこへ行くのかい?」

 突然君の耳許に入ってきたしゃがれた老人の声に身構える。声がするまで姿などなかったし、君が、こんなに近づかれるまで気配に気がつかないなどあり得ないからだ。見た目はヒト族そのものなのだが、ヒトとは違った、まるで宙にでも浮き上がっているかのような感じがする、全身真っ白ずくめの変わった老人だ。禁足地であるこの山で出会ったのだから、ただものじゃないことは分かりきっている。妖魔か、はたまた神か。警戒しながらも君は聞く。

『あそこに、山が変わった原因があるなら、行かなきゃならない。あそこには、いったい何があるんだ?』

老人「ほっほっほ。分かりきったことを聞く。竜が居るさ」

『……その昔、この山は冬でも一面春のように花が咲き乱れていたという。守り神である竜のお陰だったという。それがこの有様だ。その竜に異変が起こったというのか』

老人「異変か。花は色づき枯れるもの。木々は葉を成し落とすもの。年中うららかなれば、それこそ異変であろう」

『……まあ、ぼくだってそう思うけどさ。でも昔はそうだったんでしょ? それが変わっちゃったならその方が異変じゃないか。余所者だから良く分からないけど』

老人「分からぬなら分からぬままの方が良いと思うが……で、ヌシは原因を突き止めて如何するつもりか」

『原因も分かってないのに、そんなの分からないよ。聞かれても困るよ。何なのアンタ』

 なんだかすぐに馴れてきた君は、老人の胡乱な口調にうんざりする。

老人「……原因がその竜であったなら、ヌシはどうする。竜の所為でこの光景が成されていると分かったら、ヌシは竜をどうする。長年この地を豊かにしてきた竜が、今、この地を苦しめようとしていると知ったら、ヌシはどうする」

 君は老人から目を離して眼下に広がる光景を眺める。こうなってしまったのが、守り神であったはずの竜によるものだとしたら。

『どうにかならないか、説得してみるって言うのはどう?』

老人「どうにかならないとしたら?」

『アンタさー、たらればで相手を追い詰めるの、褒められた態度じゃないよ。神だか妖魔だか知らないけど。……言っておくけど、アンタがぼくから引き出そうとしている言葉は、予想できる。でも、そう言うことはしないって約束したんだ』

老人「ほっほっ! 平和的な解決、ねぇ。できるかねぇ。楽しみにしてるよ。誰も殺さずにいれるか。ほうっほっほっほっ。ヌシにできるかな。殺す以外に何も為したことがないヌシが」

 老人は笑い声だけを残して、からだは雪のように解けた。

『……殺す以外に何も為したことがない、か。そいつはまたよくご存じで。何ものかさっぱり分かりゃしなかったけど』

 君もまた、溜息ひとつだけ残して風となって峠を駆け下りた。

 それを成し遂げるために、ここに来たんだ。

 君の決意は固いものだった。

 凶暴っぽい妖魔がそこら中に居たような気がしたが、特に気に留めることもなく走り通り過ぎて、どうやら死の森の中心、ここがこんな風になってしまった原因のある場所へと辿り着いてしまった。

 さて、君は眼前の光景に息を飲む。

 そこにあったのは、全身真っ黒に、煤のような苔に覆われて、じっと寝そべる翼竜の姿であった。

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