七
「はぁ~……」
コノハは花屋の店先で品物と一緒に並んで溜息をついた。
「おいこらコノハぁ! 怠けてねえでちゃんと仕事しねぇか!」
奥から親父の怒声が響いた。
「はいはーい。……いらっしゃいいらっしゃーい」
そんなやる気の無い花屋店員・コノハの許にも客は来る。
「やあやあ、コノハちゃんこんにちは」
と、初老女性が机に突っ伏すコノハに声を掛けた。
「はーい」
「どうしたんだい、今日は一層やる気が無いねえ」
「あ、分かっちゃいます?」「お客様に何言われてんだテメー!」
「どうしちゃったの、相談に乗るよ?」
「あー、ちょっと聞いて貰っちゃおうかな」「仕事中だろテメー!」
「うんうん、やっぱり、一緒に住んでる彼氏のこと?」
「か、彼氏だなんて……」「なんて話してんだテメー!」
「あらあら、赤くなっちゃって」
「い、いえ……あの……」「失敗に対してもそのくらい恥じらい持てテメー!」
「年の差なんて詰まらないことに縛られてちゃ駄目よ。わたしなんて、主人は八歳年上よ」
「うーん……。でも……」
「コノハちゃん、あなた、親代わりのつもりかしら?」
「う!」「図星かテメー!」
「おこがましいと思わない? 二十年と数年しか生きてこなかったあなたが、いきなり、どうやって十何年生きてきた子の親になろうって言うのかしら?」
「ぐぅ……」「耳かっぽじって聞いとけテメー!」
「まったく、半人前が大人になった気でいるんだから」
「……あいつも、多分わたしと一緒です。一人前に成りたいと思ってるんです。わたしの役になりたいと思ってるんです」「テメーはさっさと半人前くらいには成ってくれテメー!」
「あなたと一緒、ね。なら親代わりは益々無理ね」
「でもでも、わたしとは違って、あいつにはまだまだ無限の未来が」
「そんなもの無いわよ」
「…………」「お、お客様、あの、流石にそれはちょっと言い過ぎではテメー」
「〝紫鬼〟であるものが《秘宝》の世界で暮らしてきた、と聞けば、どんなことをしてきたか、一般人だって容易に想像できるわ。あの子だけじゃない……あなたたちふたりともよ。あなたたちふたりに、無限の道は拓かれていない。残念ながら。優しい人たちに囲まれてると忘れがちだけど、世界って、意外と残酷よ?」
「……わたしは……」「どーすんだこの空気テメー!」
「それだけの覚悟を持って生きなきゃならないの。あなた、自分が頑張ればニギ君だけでも普通に生きられるって、そう思ってない? 甘く思わない方が良いわ。そんなの、あなたの方からさっさと潰れてしまうわ。それか、そんなあなたに耐えられなくなったニギ君が、それなりの行動を起こす。……意味は分かるわよね」
「……だったら、どうしろって言うの? わたしがあいつを導けないことは、とっくに分かってる。その上、あいつを助けることもできないだなんて……わたしに存在価値がないって言うの?」「テメー本気で言ってんのかテメー!」
「……逆に聞くけど、あなたにとってニギ君の存在価値って何? お金もマトモに稼げないあの子に存在価値があるとでも?」
「ふざけるな!」
「あら、一丁前に怒れるじゃない。偉い偉い。もっとも、怒る対象が間違っているけどね。……ニギ君は、あなたにとって自分の存在価値がないって、そう思っているわけでしょう。なら、叱ってあげなさい。分かるまで何度も。そして、もっと頼ってあげなさい。必要としてあげなさい。コノハ。事実、あなたにはニギが必要なの。あなたが壊れてしまわないためには、あの子が必要なの。分かるでしょう。……あの子があなたの負担であるように、あなたもまた、あの子の負担になってあげるの。……長く居すぎたわね。この姿で居るの、結構疲れるのよね。それじゃ、善い報告を待ってるわ」
女はにっこり笑うと、花を持って、お金だけを残してその姿を煙のように消した。
コノハはむすっとした表情を浮かべ、もう一度机に突っ伏した。
「仕事しな」
奥から出てきた全身植物に塗れた主人が、コノハの頭を小突いた。
「……うー」
コノハは子供のように不満をはっきりと露わにした。
「あ、そうそう。忘れてた」姿もないのに先ほどの女の声がした。「ニギ君、《三原の山》に行ったらしいわよ。神同士の会議でそんな報告があったわー」
コノハはガバッと起きた。
「仕事してる場合じゃねえぞ!」
主人の言葉が終わらないうちに、コノハは走り出した。




