二
ふたりは、こぢんまりとした家屋の前に佇んでいた。途方に暮れていた、と言う方が正確かも知れない。
ここは、コノハの実家である……と言えば聞こえは良いが、彼女が出て行ってからというもの、ほとんど寄りつかず、空き家のままずっと放置されていたものだから、ほとんど廃墟である。
「えーっと……」
ニギはジトッとした湿度のある瞳でコノハを見た。コノハは顔を背けた。
「いやー、こんな風になっていたとは……」
「〝住むところならわたしに任せろ〟だっけ? よくあんなことが言えたね」
「いやー、いやー、流石にこんな風になっているとは……。でも、案外家の中は綺麗だったりするのかも知れないぞ?」
気を取り直してコノハは玄関の扉を開けた。鼠数匹と、蜘蛛と蜘蛛の巣と、干からびた虫の死骸に迎え入れられた。
「えーっと……」
言葉がない。取り繕おうにもからだは傷だらけで格好がつかない。
「どうしよう……。コノハをこのままにはできないし。無一文じゃ病院にも行けないし。早いこと掃除して、どうにか休める場所だけでも確保して……」
と、その時一台の黒塗りの車がふたりの許に止まった。助手席から、小さな老人が出てきた。どこかで見たことがある、とニギは警戒しながら思った。
「お前は、アァラのところの……」
とコノハが言ったので、思い出した。《四高翁》アァラのすぐ隣にいた、小さな老人だ。ぺこりと一礼して、
「コノハ様、アァラ様よりお届け物でございます」
と言って、茶色のアタッシェケースを二人の前に出した。
「……なんだこれ。爆弾か何かか?」
と言いながら、特に警戒もなくそれを開けた。中には、……札束、札束、ぎっしりと敷き詰められた、札束。
「「…………え?」」
ニギとコノハの声が揃った。驚きと疑問。
「コノハ様が先日ご融資なさいましたものでございますが、この度ようやくお返しできる目処が立ちましたので。元金と利子と、どうかご確認下さい」
老人は紙切れをコノハに渡した。
コノハは唖然としていた。この状況、いち早く正気に戻ったのはニギだった。
「じーさん!」ニギは老人の肩を掴んだ。
「はい、何でございましょうか」老人は冷静に受け答える。
「お願いがある」と言って、アタッシェケースから札束をひとつ取り出した。「この金で、コノハを病院に連れて行ってくれ。今すぐに!」
「畏まりました。融通の利く、腕の良い医者を紹介いたします」
老人は一礼して札束を受け取ると、一部引き抜いて、残りはニギに戻した。
「ニギ様、これからは報酬というものをしっかり考えなければなりません。多すぎれば愚か者ばかりが近づき、少なすぎれば優秀なものから離れてゆきます」
老人の急な進言にニギは少々面食らう。こんな、ヒトらしい反応は予期していなかった。が、すぐに気を取り直して頷いた。
「……うん、分かった。気をつける。ありがとう」
「って、おいおい、ちょっと待て。勝手に話を進めるな。わたしはコイツらの助けを借りるわけには」
「言ってる場合か!」ニギはコノハの言葉を遮った。「助けを借りるわけじゃない。金銭での契約だ。こんな状況だ。今は、格好なんてつけてる場合じゃないでしょ?」
「う……まあ……」
ニギはコノハの背中を押して、無理矢理車に乗せた。
「家は、帰ってくるまでにはどうにか住めるようにしておくから、ちゃんと治して。ね?」
「……ああ、分かった」
バタンとドアは閉められて、車は発進した。
「言い忘れました。トランクにコノハ様の持ち物が一部ございます」
「……わたしの持ち物はすべて《イゾの会》に没収って話じゃないのか?」
「コノハ様の口座は、残念ながら《イゾの会》の共有財産となってしまいました。そしてコノハ様の所有していたものについても《イゾの会》所有のものとなりましたが、そのうちサクラ様他、コノハ様へ譲渡したいと仰る方が多数ございましたので」
「……なーんか、うまくいきすぎじゃないか? 裏がありそうだなー」
「表があれば裏がございます。世の真理。サクラ様のご活躍もありましたが……とあるトカゲの妖魔のご尽力も相当……ああ、口が滑ってしまいました。いけないいけない」
「……ふーん」
コノハは座席に深く座り、体重のすべてを預けた。後ろを見る。ニギは、いつまでも心配そうにコノハを見送っていた。
「……しっかりしなきゃな」
「よろしくお願いいたします」
「なんだよお前、さっきからニギの心配しやがって」
「これはこれは、失礼いたしました。あのひたむきな態度が昔のアァラ様に似ていらっしゃるので、ついつい」
「……おい、それマジで言ってんのか」
「さて、どうでしょうか」
はぐらかす老人に、コノハは嫌そうに眉を顰めた。




