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宵の文目  作者: けら をばな
第三話 「こんなぼくでも、君の涙を拭くことはできるから。悲しみを受け止めることはできるから」
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 ふたりは、こぢんまりとした家屋の前に佇んでいた。途方に暮れていた、と言う方が正確かも知れない。

 ここは、コノハの実家である……と言えば聞こえは良いが、彼女が出て行ってからというもの、ほとんど寄りつかず、空き家のままずっと放置されていたものだから、ほとんど廃墟である。

「えーっと……」

 ニギはジトッとした湿度のある瞳でコノハを見た。コノハは顔を背けた。

「いやー、こんな風になっていたとは……」

「〝住むところならわたしに任せろ〟だっけ? よくあんなことが言えたね」

「いやー、いやー、流石にこんな風になっているとは……。でも、案外家の中は綺麗だったりするのかも知れないぞ?」

 気を取り直してコノハは玄関の扉を開けた。鼠数匹と、蜘蛛と蜘蛛の巣と、干からびた虫の死骸に迎え入れられた。

「えーっと……」

 言葉がない。取り繕おうにもからだは傷だらけで格好がつかない。

「どうしよう……。コノハをこのままにはできないし。無一文じゃ病院にも行けないし。早いこと掃除して、どうにか休める場所だけでも確保して……」

 と、その時一台の黒塗りの車がふたりの許に止まった。助手席から、小さな老人が出てきた。どこかで見たことがある、とニギは警戒しながら思った。

「お前は、アァラのところの……」

 とコノハが言ったので、思い出した。《()(こう)(おう)》アァラのすぐ隣にいた、小さな老人だ。ぺこりと一礼して、

「コノハ様、アァラ様よりお届け物でございます」

 と言って、茶色のアタッシェケースを二人の前に出した。

「……なんだこれ。爆弾か何かか?」

 と言いながら、特に警戒もなくそれを開けた。中には、……札束、札束、ぎっしりと敷き詰められた、札束。

「「…………え?」」

 ニギとコノハの声が揃った。驚きと疑問。

「コノハ様が先日ご融資なさいましたものでございますが、この度ようやくお返しできる目処が立ちましたので。元金と利子と、どうかご確認下さい」

 老人は紙切れをコノハに渡した。

 コノハは唖然としていた。この状況、いち早く正気に戻ったのはニギだった。

「じーさん!」ニギは老人の肩を掴んだ。

「はい、何でございましょうか」老人は冷静に受け答える。

「お願いがある」と言って、アタッシェケースから札束をひとつ取り出した。「この金で、コノハを病院に連れて行ってくれ。今すぐに!」

「畏まりました。融通の利く、腕の良い医者を紹介いたします」

 老人は一礼して札束を受け取ると、一部引き抜いて、残りはニギに戻した。

「ニギ様、これからは報酬というものをしっかり考えなければなりません。多すぎれば愚か者ばかりが近づき、少なすぎれば優秀なものから離れてゆきます」

 老人の急な進言にニギは少々面食らう。こんな、ヒトらしい反応は予期していなかった。が、すぐに気を取り直して頷いた。

「……うん、分かった。気をつける。ありがとう」

「って、おいおい、ちょっと待て。勝手に話を進めるな。わたしはコイツらの助けを借りるわけには」

「言ってる場合か!」ニギはコノハの言葉を遮った。「助けを借りるわけじゃない。金銭での契約だ。こんな状況だ。今は、格好なんてつけてる場合じゃないでしょ?」

「う……まあ……」

 ニギはコノハの背中を押して、無理矢理車に乗せた。

「家は、帰ってくるまでにはどうにか住めるようにしておくから、ちゃんと治して。ね?」

「……ああ、分かった」

 バタンとドアは閉められて、車は発進した。

「言い忘れました。トランクにコノハ様の持ち物が一部ございます」

「……わたしの持ち物はすべて《イゾの会》に没収って話じゃないのか?」

「コノハ様の口座は、残念ながら《イゾの会》の共有財産となってしまいました。そしてコノハ様の所有していたものについても《イゾの会》所有のものとなりましたが、そのうちサクラ様他、コノハ様へ譲渡したいと仰る方が多数ございましたので」

「……なーんか、うまくいきすぎじゃないか? 裏がありそうだなー」

「表があれば裏がございます。世の真理。サクラ様のご活躍もありましたが……とあるトカゲの妖魔のご尽力も相当……ああ、口が滑ってしまいました。いけないいけない」

「……ふーん」

 コノハは座席に深く座り、体重のすべてを預けた。後ろを見る。ニギは、いつまでも心配そうにコノハを見送っていた。

「……しっかりしなきゃな」

「よろしくお願いいたします」

「なんだよお前、さっきからニギの心配しやがって」

「これはこれは、失礼いたしました。あのひたむきな態度が昔のアァラ様に似ていらっしゃるので、ついつい」

「……おい、それマジで言ってんのか」

「さて、どうでしょうか」

 はぐらかす老人に、コノハは嫌そうに眉を顰めた。


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