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宵の文目  作者: けら をばな
第二話 「よかったら、わたしと居てくれないか?」
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二十六

「コノハ! あなたの辞書にお淑やかと言う文字はないのですか!」

「無い!」

「威張りなさいますな!」

「あのねー、お婆さま。花の命は短いと言うでしょう? お淑やかに、やりたいこともやれずに時を浪費するのはいかがなものなのでしょうか」

「あなた、また下らない本の影響でも受けましたね?」

「くだらなくなんかないもん! お婆さまも少しは本読めばいいじゃん!」

「わたくしは、いいのです。細かい字を読むのは、もう億劫になってしまいましたし、老い先短いわたくしが知識を詰め込んだところで、どうにもなりません」

「…………」

「……コノハ?」

「……嫌い。すぐそんなことばかり言う」

「……コノハ。わたくしは意地悪でそんなことを言うのではありません。実際わたくしには、あなたが大人になるまでの時間など残されておりません。あなたには、しっかりとひとりで生きてゆけるように、――」

「嫌い! 嫌い! 大嫌い!」

「コノハ……あなたというヒトは……もう……」

 わたしは、嫌い嫌いと泣き叫びながらお婆さまに抱きついた。そんな出来事の、二年も経たないうちに、お婆さまは本当にお亡くなりになった。


 コノハは静かに目を醒ました。

 閉め切った障子から透いて這入り込む光は、コノハを包む布団と同様優しく温かいものだった。

 静かだった。己の呼吸以外、耳に入るものがなかった。わたし以外に何も存在しないようだった。

 ぼうっと、いつもの所作で頭の上を探る。無い。いつものところにいつものものが無い。ぼうっとしたまま、布団から起き上がる。失せ物は机の上に乗っかっていた。近寄って、それを掛ける。世界がはっきりと輪郭を持つ。

 ぼうっとしていた。心にもやもやとした違和感を感じていた。とにかく外へ出ようと思った。パジャマを脱いで、帯を締める。

 刀は……あれ?

 いつものところに掛かっておらず、襖に立て掛けてあった。コノハは首を傾げる。いくらぼうっとしていても、あんな風に無防備に置いたりするだろうか?

 とりあえず、それを帯に括り付ける。障子を開け放ち顔をしかめ目を細める。温かな陽の光は、一面の雪に反射して、きらきらと目映かった。顔を背けて、目が慣れるのを待つ。頭の奥がコツンコツンと痛む。

 いったいどうしたのか。どれだけ眠ったらこんなにも世界が真新しく思えるのか。

「あら、気づいたようね」

 メイド服を着た、褐色肌のかわいらしい女の子。

「……サクラ?」

「……あんた、どーしたの? まるで懐かしいひとに会ったみたいに」

「……夢の中では逢ってきた。なあ、サクラ、わたしは長いこと眠っていたか?」

「長いこと? 十一時間眠っただけで、眠り姫にでも成ったつもりかしら? おこがましい」

「あー、いや……何でもないんだ……」

 コノハはこんこんと自分の頭を叩き溜息をついてそこを去ろうというとき、

「ニギが追放されたわ」

 と、サクラの口から、ごく自然に語られた。

 息が止まる。ようやく夢から醒めたようだ。肌を刺す、容赦ない冬の寒さにようやく気づく。

「ぼーっとして、いつまで経っても埒が明きそうにないから教えてあげる。ニギは《イゾの会》から追放された。罪状は勿論《秘宝》の使用。あんたを助けるために《秘宝》を使用した。虫の息だったらしいわね。それしかなかったんでしょうね。あの子も覚悟の上だったみたいだわ。行く宛てなんてどこにもないのに、大人しく、ひとりここから出て行った」

「……フヨウは?」

「甘えないで」

 サクラはぴしゃりと突き放した。

「わたしたちは、他人を構って生きてゆけるほど強くはないの。あんたみたいに、好き勝手やって、誰かに情けをかけて余裕を持って生きて行くことなんてできないの。わたしたちは、ここを出て行ってまであの子を助けるつもりなんて無い」

「…………」

 コノハは俯いていた。ぽたりぽたりと、コノハの口から真っ赤な血が滴り落ちた。コノハは力強く歯噛みして、歯茎から血を出していた。

「……怒った?」

「ああ、自分自身に」

 コノハは口を拭って、

「サクラ」

 と呼んで、そっと彼女を抱き締めた。

「……今まで、本当にありがとう。お前達に会えて、本当によかった。どうか病気には気をつけてくれ」

「……うん、こっちこそありがとう」

 サクラもぎゅっと力強くコノハを抱き締め返した。

「フヨウとルベロスにも。本当に、世話になった」

「……うん。さよなら」

 コノハはそっと離れ下駄を履いて雪を踏みしめた。サクラは決して振り返らない背中を見送った。


 ルク。ルミネ。ダン。

四高翁(しこうおう)》のうち、妖魔ふたりとヒトがひとり、巨大な卓を囲んで座っていた。

 ぎぃ、と扉が開かれ、六つの瞳が集中する。かこんかこんかこん。下駄が鳴る。ダンの瞳が尖る。コノハの瞳はとうに尖っている。

「コノハ。この場で刀を引き抜くことの意味を、分かっているのだろうな」

「……ははは、実のところ、あまり良く分かっていないんだ。是非とも教えて欲しいものだ」

 ルクが溜息をひとつつき、ルミネは口を大きく開いて嬉しそうに口角を上げて声を上げずに笑っていた。

「……やつめのしたことは、我々にとっては大罪である。《秘宝》の収集を目的とした集団にとって、その《秘宝》の使用など、許せるはずがない。追放で済んだだけでも、どれ程有情な判断だと思っている?」

「ああ、分かっているさ。別に、わたしはお前達に恨みや意見があるわけじゃない。怒りは全部、わたし自身に向けられている。だからこれは……ただの八つ当たりだ」

 コノハは刀を引き抜いた。ダンの瞳がカッと開かれて、巨大な机をコノハ目掛けて蹴り飛ばした。机は微塵に切り刻まれて、その向こうから、ルク、ルミネ、ダンの三人がコノハへと襲いかかってきていた。

「本気で来い。今日は加減が出来そうにない」

 コノハは、舌を出してにやりと笑った。

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